第33話 『決着』
「グァ〜ハッハッハッハッ!! ヒーラー風情が、俺を殺すだと!? そんな事できるわけねぇだろォォッ!! オメェみてぇなヒーラーは後ろでチマチマ傷でも舐めてりゃいいんだよ!!」
グレインの嘲笑が洞窟に響く。
だが俺は、その嘲笑に何も返さず、ただ歩く。ゆっくりと、一歩……そしてまた一歩。
そのたびに、両腕へ<ブラッド・ドラグアーム>が形成されていく。
顔には感情の欠片もない。ただ、処理すべき対象へ向かうだけ……まるで、何百回と同じ手順を繰り返してきた死刑執行人のように。
その無表情が、グレインの神経を逆撫でした。
洞窟の壁に立てかけられていた、普通の人間なら両手でも持てないほどの巨大戦斧を乱暴にわし掴んだ。
「上等じゃねぇか……小僧ォ……!! テメェのその舐め腐ったツラ……今すぐ叩き潰してやるよ!!」
巨体とは思えない速度で、戦斧を振り上げながら突進してくる。
確かに速い。速いのだが……リュミナの連撃時の踏み込みや、ケルベロスの急加速を見てきた身からすれば、その動きはあまりにも鈍すぎる。
「死ねェえええッ!! 小僧ッ!!」
斧が垂直に振り下ろされる。
軌道も、重心移動も、呼吸の乱れさえも、全部スローに見える。
……ほんとうに元C級がこの程度なのか……悪いが、ただの素振りにしか見えない。
俺は半歩だけ横に避け、振り下ろされた斧風の余波を体で受ける。
「<生命魔法・筋繊維強化>」
詠唱と同時に、回避の勢いを殺さず踏み込みへ変える。
左足を軸に腰を鋭く180度捻り、右足が地面にめり込んだ斧の刃上をかすめて通過、そのまま最短距離でカウンターの回し蹴りをグレインの胴へ叩き込んだ。
「あ、がぁぁぁ……ああああああ!!」
重い手応えのあと、巨体が信じられない速度で吹っ飛んだ。
三メートルを超える獣じみた肉塊が、背後の岩壁ごと粉砕しながらめり込んだ。
「イザナ様……すごい……あいつ、ちょっとだけ強いのに……」
「まるで、質量を無視してるような一撃クマね……」
リュナもクマノも思わず目を丸くする。
グレインは血反吐を吐きながら、戦慄する。
「……は? て、め……今の……何の、力……だ……?」
それも当然だ。
自分のほうが圧倒的に大柄なはずなのに、この男のどこにそんな力があるのか理解できず、ただ茫然と固まっている。
俺はゆっくりと歩み寄りながら、冷たく見下ろした。
説明する義理はない――いや、そもそもこいつと話す意味は、もうどこにもない。
理由も、対話も、情けも、感情も必要ない。
なぜなら、こいつは……これから処分する対象でしかないのだから。
壁にめり込んでいた巨体が、血を吐きながら再起する。
元戦士としてのプライドと意地だけを頼りに、ふらつきながら前へ踏み出した。
「……げほッ……ッは……! 誰が……倒れたままで終わるかよ……ッ! グク……ハァ……ッハハハハハ!! 小僧ォ……! 調子に乗んじゃねぇぞォ……!! このオレを……鉄壁のグレインをよォ……ッ! こんな程度で倒せると思ったかぁ!? 舐めてんじゃねェぞ――小僧ォォォォお”おおおおおおおおおおッ!! クラッシュ・インパクトォォォ!!」
巨大な斧が洞窟の天井をかすめる勢いで、再び一直線に振り下ろされる。
……斧は刃さえ避ければいい。
柄の根元まで潜り込めば、斧使いは何もできない。そして何より、その方が、最短距離で最速のカウンターを叩き込めると俺は判断した。
もちろん、普通の冒険者なら絶対に考えない選択だろう、戦士の斧の懐に入るなんて、通常ならあり得ない。
だが、グレインの振りは大きく、重い……この程度なら間に合う。
俺は迷わず踏み込み、拳に魔力を集中させる。
「――黙れよ……ゲスが……」
「な……!? バ、バカな……斧の死角に踏み込むだと……!? 正気かァッ! 小僧ォォッ!」
グレインの表情に再び戦慄が走る。
まさか斧の根本まで踏み込んでくるとは思わなかったのだろう。
「<生命魔法・筋出力限界突破>」
<筋出力限界突破>とは……かつて暴牛王の血を飲み、偶然覚醒した、<筋繊維強化>の上位魔法。
握り締めた拳の隙間から、白い蒸気がシューッ……と噴き出す。
そしてその拳は、一直線の軌道で、グレインの鳩尾へ叩き込まれた。
「ぐっ……ぼあああああッ!!」
苦悶の声を漏らす暇もなくふたたび宙を舞う。
俺はそのまま、懐から拳銃を取り出し、ためらいなく引き金を引いた。
――三発、狙いは脳天、寸分の狂いもない。
ただ、それでも、グレインは反射的に左腕を前へ出し、弾丸を受け止め、ふらつきながら立ち上がる。
「……イザナ殿の一撃を受けて、まだ動くクマ……? 本来なら即死級クマよ……」
「ひぃ……ヒーラーが……自分の体を強化して……こんな戦い方するなんて……普通……ありえねぇだろ……」
「そうだよ、俺は一応、回復キャラ要因として転生したんだわ」
「転生ッ!? 訳わかんねぇ事ほざくんじゃねぇッ!! ヒーラーが……ヒーラーがこんな馬鹿げた力を持つはずがねぇ!! 持つわけがねぇんだよおおおおッ!! 俺より細ぇ体でッ……なんでだ……ああ!? ふざけんな……ふざけんなよォ!!」
その疑問は、グレインだけじゃなかった。
後方で震えていたクマノも同じ顔をしている。
――そう、この男はヒーラーなのだ。
クマノも、彼が<ハイヒール>を使うまでは、魔法戦士や、魔闘士、魔剣士の類だと思っていた。
そもそも、前衛として戦える魔法職というだけでも、とんでもなく特殊なケースだ。
ましてやヒーラーとなれば、なおさらあり得ない。
ヒーラーとは本来、前衛職に守られる前提で育成される為、戦闘能力は基本的に低い。
ゆえに、ヒーラーが自分の体を強化して前衛で戦うなど、常識的に言えばあり得ない。
その常識は、クマノにとっても、グレインにとっても、同じ認識だった。
「魔闘士は、魔力回路を腕部に偏らせてるから中距離魔法の投射が苦手だ、だからお前、その……魔道具で誤魔化してんだろォッ!!」
グレインはもう、俺がヒーラーなのか魔闘士なのかすら分からなくなっていた。
「ああ……拳銃のことか……殺し屋時代の癖で使っちまったわ。でも、俺、中距離魔法も普通に得意なんだわ。
――<全方位・ブラッド・バレット>」
約三百発の血弾が、グレインの周囲を完全に包囲し、一斉に射出される。
止まることなく、無作為に降り注ぐ容赦のない弾丸の嵐が、巨体を削り、筋肉を貫き、地面ごと肉片を撒き散らす。
気づけばグレインの身体は、考える暇もなくミンチへと変わっていく。
「があああああああああッ!! いでぇッ!! いでぇよおおお!! お、俺は……認めねえ!! ヒーラー風情が……こんな……そんな力……クソがあああああッ!!」
全身から血を撒き散らしながら、グレインは絶叫し、獣のように突進してきた。
もう、痛みすら感じていない……ただ、俺を殺すという執念だけが、その身体を前へ押し出している。
「その力も……本当は、誰かを守るために使ってたんだろ」
「守る相手だァ? そんなもん……もうどこにもいねぇんだよッ!! 全部失った! 地位もッ! 誇りもッ! あいつらもだッ!! だから俺は……奪うしかねぇんだよッ! 霊魂鍛治師の力もッ!! 取り戻すためには……! もうこれしか道がねぇんだよおおおおおッ!!」
俺はため息すらつかず、右手の人差し指をまっすぐ、グレインの眉間へ向けた。
「そうか……なら……もう、楽にしてやるよ……
――<ブラッド・ショット>」
指先から放たれた血弾は、正確無比に眉間を貫いた。
巨体は一歩、二歩……とよろめき、まるで糸の切れた人形のように静かに倒れた。
「……はぁ……」
長く吐き出した息に合わせて、胸の奥に張りついていた殺し屋の感覚が静かに消えていった。
「グ、グレイン……動かないクマ……こ、これで終わりクマね」
俺は倒れたグレインではなく、牢屋区画へ視線を向けた。
「いや……終わりじゃねぇ……セシアの妹を元に戻す」
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