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予言

 清乃が国際電話を掛けさせて欲しいと頼むと、ルイーザは古い型の電話の場所を教えてくれた。

 日本の両親は、まだギリギリ就寝前の時刻だ。こんな夜中に、と叱言を始めかける母を制し、要件だけ伝えて電話を切る。

 母には、清乃の今の状況は伝えられない。

 日本にいれば言ったであろう「お母さん助けて」の言葉を、無駄に心配させるだけと分かっていて言うことはできなかった。

 大丈夫だ。あと少しだけかくれんぼを続けて、エルヴィラの助けを得られたら、誠吾とふたり土産を持って帰ることができる。


 清乃がわずかに滲んだ涙をバスローブの袖でぬぐってダイニングキッチンに戻ると、ルイーザは同じ場所でハーブティーを飲んでいた。

【今日は突然押しかけて申し訳ありません。あなたにお訊きしたいことがあって来ました】

 目線だけで続きを促されたから、先ほどの椅子に座り直して、清乃は続けた。

【昨日あなたがおっしゃっていた、男を誘う魔女の顔、あれは私のことですか】

【他に誰がいる】

【心当たりがありません。自慢じゃないけど、まともに誘ったことがありません。私はずっと、魔女の亡霊に操られていたのでしょうか】

【いいや。あれに人間を操る力などないよ。あれは囁くだけだ。人の思考の隙間に入り込み、誘導する。その人間が嫌だと思うことはさせられない。あんたが王子を誘ったのなら、それはあんたが望んだことだ】

「やっぱり詳しい」


 何百年も昔からそこに在るという魔女の亡霊。

 古いモノの話は年配者に聞くに限る。

 ルイーザは、国で最も強いESP保持者のフェリクスの養育者に指定された女性だ。

 彼女はエルヴィラのような魔女ではなかった。だが、近い存在であったはずだ。

 古の魔女の血を受け継ぎ生まれているのだから。



 記録に残る最初の魔女の能力は、予知能力であったとされる。

 アッシュデール語で書かれた歴史書に、そう記されていた。

 ルイーザはそれを持って生まれたと聞いている。

 魔女としての在り方が、昔と今とでは異なっているのだ。

  

 アッシュデール王国が興る前、騎士と魔女が新しく興した国は、何度も不思議な行動を取っている。

 敵国が攻めてくる。敵が国境を越える前、移動中の無防備な陣形を襲い撃退した。

 逆に敵を受け入れるかのように、ギリギリになっても動かないことがあった。敵は土砂崩れに遭い、戦は始まらなかった。

 災害級の大雨が降り、農作物が流された年があった。近隣国は飢饉に見舞われたが、その直前に大規模な川の整備を終えており、備蓄に余剰があったその新興国は難を逃れた。

 すべて、騎士王の輝かしい功績の一部とされていた。仲間を裏切り主君を斃した新王は、そうやって民心を掌握し国を治めた。

 という個人の手記がある、といった書かれ方をしていた。誇張や創造も含まれている可能性を示唆しているのだろう。


 魔女を主人公とする昔語も読んだ。

 魔女の一族は元々は、古い神に仕える巫女だった。

 魔女という呼び名は、彼女たちを異教徒とし迫害した者がつけたものだ。

 彼女たちは神の意思を受け取り、それを人々に伝えた。

 それが予知視だ。彼女たちは未来を見透す能力を持っていた。

 彼女たちの能力は血に宿る。脈々と受け継がれてきた血の記憶を視る過去視をすることもあった。

 過去を生きた先祖の血の記憶を視ていたのだ。


 図書室の本を読み、異なる本の情報を繋ぎ合わせ、清乃は妄想した。

 それが彼女の日常だからだ。

 アッシュデールに伝わる最初の魔女、夫である騎士を(そそのか)し国ひとつを乗っ取った王妃。彼女、もしくは彼女の娘は、頻繁に予知視をした。

 そう仮定すれば騎士王の行動の理由がつくし、物語として面白いと清乃は思った。

 王妃の娘、もしくは娘の娘、あるいはもっと後に生まれた娘がユリウスの先祖に嫁ぎ、魔女の血を遺した。

 魔女の血統は当時のアッシュデール伯爵家に移り、国は伯爵家に滅ぼされた。


 家系を辿れば王家に繋がる家に生まれたルイーザは先祖返りし、古の魔女の能力を発現させた。

 彼女は未来を見透し、また過去を垣間見る。

 六十を超える年齢。過去と未来を識る能力。

 ユリウスや王家が知らない魔女のことを知っていてもおかしくはない。


 ……駄目だ。

 行き過ぎた。戻らなきゃ。思考を巻き戻せ。

 全部清乃の妄想。だけど多分、少しは真実をかすめている。

 王家が知らないわけがない。ユリウスが知らないことでも、王は知っているはずだ。

 国王をはじめとする国の中枢は知っていて、成人したてのユリウスにはまだ知らされていない魔女の秘密。



 ルイーザなら、きっと何か知っている。

 魔女の秘密、もしくは今起こっていること、あるいはこれから起こること。

 彼女は未来を視た。

 清乃がユリウスを誘うことを知っていた。

 他には何を視たのだ。

 なんでもいい。清乃が弟とふたり日本に凱旋する方法を知りたい。



【私はまだ子どもなんて産む気はありません。一応お年頃なんで、美形王子に無関心ではいられませんけど、でも、ユリウスとは友達でいると決めたんです】

【第二王子の妃になるつもりはないと?】

【とんでもない! 彼には婚約者がいるんでしょう】


 例え彼女が別の男性を見ているのだとしても、清乃が横入りしていい理由にはならない。

 清乃の立場は、ユリウスと婚約者が向き合う時期がくるまでの、擬似恋愛の相手だ。

 それくらいならいいだろうと考えたのだ。

 だって婚約者に自分以外の彼氏がいるなんて、そんなのユリウスが可哀想だ。

 そんな状況に置かれている彼が望むなら、普通の友達よりも少しだけ親密な異性にくらい、なってあげたいと思った。

 それだけだったのに。

 清乃の心の奥にくすぶる気持ちを勝手に拾い上げ、誘っているとか言われても困る。

 若い娘が夢みたいに綺麗な王子様に惹かれないでいるなんて、無理があるだろう。

 気持ちとは別のところで惹かれるものがあったって、それをあげつらわれても、清乃にはだからなんだとしか言えない。


【婚約者? 子どもにそんな相手がいるわけないだろう】

 ルイーザの言葉に、清乃は戸惑った。

【アリシアという女の子がいると聞いていますが】

【ただの候補者だ。普通はそのまま婚約、結婚するが、まだ正式な関係ではない】

「んんん?」


 アリシアなる少女は、ユリウスの婚約者ではない。

 ユリウスに、婚約者はいない?

 彼はフリーだということか?

(えええ?)



【……それはひとまず置いておいて。ユリウス王子かっこいいなと思ったことはもちろんありますけど。それだけで淫乱呼ばわりするなら、その前にフェリクス王子を育て直して差し上げてください】

 いや、マジで。

 清乃の言葉に、ルイーザが嫌な顔をした。

【……フェリクス王子が生まれたとき、わたしはもう四十を過ぎていた。今の奔放振りは、若い母親に育ててもらえなかった反動だろうよ】

「そんなの知るか」

 少しだけ遠慮して日本語で言い返してみた。

【私は、魔女に(そそのか)されてユリウスを誘うようなことはしたくない。だからエルヴィラ様が来られるまで、ここに置いてください。お願いします!】

【勝手にしな、と言ってやりたいが、まあ無理だろうね。夜になる前に迎えが来る】

 嫌な予言だ。きっと当たるんだろうな。

【……誰が来るのでしょうか】


 古の魔女の血の御告げを請うために、対価として何かを差し出す必要があるだろうか。

 黒いローブは着ていない、鼻も曲がっていないけれど、ルイーザは間違いなく魔女だ。不思議な力を持つ魔女の一族の末裔。

 ダークグレーのストライプシャツにジーンズ姿の現代の魔女は、初めて清乃に憐みの眼を向けた。


【そこまでは分からない。だが若い乙女を追ってくるのは、力の強い男と昔から決まっている。逃げても無駄だ】

【逃げられないなら、迎え討ちます】

【あんたみたいな小さい子が騎士に勝てるのかい】

【勝てません。でも負けるわけにはいかないのだから、闘わないと】

 清乃は好戦的な人間ではないつもりだ。

 だがそう見えたのだろう。ルイーザが不快そうに目をすがめた。



『やっぱりあんたは災厄なのか。まったく。こんな子どもみたいな娘が悪い魔女になるとはね』

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