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克己忍耐

【そうなのかユリウス?】

【違う! キヨが絵本読めって言うから読んでただけだ】

 試合で負けたチームが朗読する約束だった。

 清乃は早速権利を行使したのか。

【本屋で買ってたやつか。それにしては時間が】

【少しだけ庭を案内した! 時間がおかしいのはキヨのせいだ。キモノを脱いで丁寧に畳んで、顔も洗いたい、もう我慢できないって。その後で飲み直してから読み聞かせ。これでいいか。やましいことは何もない】

 やっぱり例のデートスポットには行ったのか。

 ロンの読み通り。


【仲良くデートできたんだな】

 アレクがユリウスの背中を叩く。

【今のうちに白状しとけよ。多少はやましいことしたんだろ】

 ジョージが声を低くして落としにかかる。

 みんな楽しみ始めている。


【してない! 何故オレが責められる。念押しでフられたばかりだったから、すぐにおかしいと気づいたんだ。ちょっと顔触ったくらい、なんだって言うんだ!】

【……フられたのか】

 オスカーが慰めるようにユリウスの肩を叩く。

【その姿勢がよくないんじゃないか。ちょっと顔触ったくらいって。それがムカついたんだろ】

 ルカスが呆れた顔で指摘する。

【はあ? はあああ?】

【うん、間違いない。それが原因だ。どうせエロい触り方したんだろ。わざわざ電気も消して。この確信犯】

 追い打ちをかけたのはロンだ。

【えっ……て、ぇえ?】

 自分の手を見るな。思い出しながら悩むな。だって見たらまずいと思って、って何言ってんだ。

 おまえ国民のアイドルなんだろう。


「よく分かった。もういい。俺が選んだプレゼントが役立ったんだな」

 清乃が逃げた理由は不明のままだが、どうせ彼女の考えることなど分かるわけがない。

 最悪の未来を回避できるなら、とりあえずはそれで。

「……ああ、うん。受け取ったよ。ありがとう。でも役に立ったって?」

 ユリウスが小さく畳んだ手ぬぐいをポケットから取り出して広げる。

 そこにはでかでかと四文字熟語が書かれていた。

 剣道の世界ではよく眼にする言葉である。


「克己忍耐」


 誠吾が読み上げてやると、その場の全員が注目する。

【どういう意味?】


【己の欲望に打ち勝ち、忍耐力をもつ精神を養うこと】


 本来であれば打ち勝つべきものには怠け心もあるのだが、あえて省略して解説してやった。

 ユリウスがその場にしゃがみこんで両手で顔を覆う。

 側近候補の少年たちが、王子様の肩を順番に叩いていった。




「セイ」

 泥汚れを落としてさっぱりしたフェリクスが、部屋の扉を叩いて顔を覗かせた。

 時計を見たところ、解散してシャワーを浴びてからすぐ来たくらいの時間しか経っていない。

「はい?」

 なんだろうか。また姉への文句か。そういうのは本人に直接言ってくれ。

「キヨのへやにはいるぞ。たちあいをたのむ」


 手掛かりを探すつもりか。一応女性の部屋だからと、身内に声を掛けたのか。

 意外と、でもないが律儀だ。

「別にいいっすけど。姉ちゃんのパンツくらい見ても別に」

 全部新品らしいから、恥ずかしい思いをすることもなかろう。母がそんなことを言っていた。

 イケメン外国人に近づくな、的なことを言っているくせに、と思っていたら、誠吾も自分で準備した下着一式を母の手で新品に替えられた。

 準備費用がどうとかうるさかったくせに何故。

 男子高生には分からないこだわりがあるらしい。


「よし。じゃあしゃしんをとっておどしかえすかな」

「おい」

 ユリウスが、一応といった感じにツッコむ。

【おまえたちは来るなよ】

 フェリクスが部屋内に散らばってくつろいでいる少年たちに言い置いてから、続き扉のドアを開ける。

【はーい】


 清乃は基本的にだらしない散らかし魔だが、さすがに旅先ではきちんとしている。

 室内に物は散乱していないし、ベッドも乱れたままになっていない。

 いつもこうしてろよ、と偉そうに言う資格は誠吾にはない。姉弟似たり寄ったりの部屋だからだ。

 フェリクスとユリウスはまずざっと室内を見回した。

 見える範囲にある私物は特にない。衣類はクローゼットの中、化粧品関係はまとめて化粧台の引き出しに入れていた。

 ユリウスに頼まれてバスルームの扉を開けても、持参した石鹸類を出す余地がないほどアメニティが充実しているため、清乃の痕跡は見当たらない。

 というか多分、不在の間に清掃が入っている。問題が起こる前、昨日の夜会中だろう。

 プロの手でなくては、ここまで整えるのは難しいはずだ。ましてや彼女はズボラな人間、きちんとしたつもりでもどこかに粗が見えるものだ。

『くそ。何もないな』


「何探してるんすか」

 清乃の行き先の手掛かりになるもの。例えばどんなものだろうか。

 彼女はこの国で城以外に行ったのは、城下の観光とワイナリーの見学、その他はあの小屋しか無い。どこに行ったかなんて、誠吾にも分からない。

 そういう一般人でも考えるようなことではなく、やっぱり髪の毛とかか。

 プロの清掃が入った後だ。科捜研並みに這いつくばって探さないと難しそうだな。

 清乃の指示どおり、誠吾も事前にそれらしいところはチェックしておいたし。


「……セイは、キヨをさがしてほしくないんだろう」

「まあ。言うこと聞いとかないと、後が怖いんで」

「しんぱいはしないのか。あんなよわよわしいおんなをひとりにしておいてもいいと、ほんきでおもっているのか」

 清乃が弱いというのは、純粋な腕力、腕っ節の話だろう。

 その点だけ見れば確かに彼女は激弱だが、このご時世、それだけで女が弱いなんて言える男はなかなかいないはずだ。

 強い女性が周りにたくさんいるだろうに。フェリクスのような男が言うには不自然な気がした。


 彼らが何をそこまで問題視しているのか、誠吾には分からない。

 成人女性が二日ほど外出する。それの何が問題なのだ。

 外は飛行機が欠航するような暴風雨。だが車で移動し屋内に避難していれば安全は確保できる。

 見知らぬ外国の土地。だが意思の疎通は可能。

 アッシュデールは、それだけのことすら相手が悪い人間だったら、と心配しなければならないような治安の悪い国ではないはずだ。

 それでも心配しなければならないなら、清乃は家から一歩も出られないことになる。

 家の中で大事に囲われ、わずかな危険の可能性からすらも遠ざけられ、ただ愛でられるためだけの存在になる。

 それっておかしくないか。

 清乃への気持ちを隠そうとしないユリウスが言うならまだ分かる。彼はそういう妄想をしそうな王子様だ。

 何故フェリクスが、そんなに焦って清乃を探す?


「フェリクスさんって、意外と姉ちゃんと仲良いんすね」

「そういういいかたをするな。ユリウスがうるさくするぞ」

 おっとスルーされた。さすが大人。

「そんな場合か。セイ、クローゼットを開けてもいいか」

「え、おまえ本気で見る気か。さっきのは冗談だろ」

「干してあるのなら見たことある。わざとじゃないけど、隠し方が雑だったから。今更別に。ていうか下着は見ない」

 何をやっているのだ。あいつ嫁入り前のくせに、脇が甘過ぎる。あれでガードが固いつもりなのだから笑わせる。

「…………さすがにそれはダメだろ。どうしてもって言うならカタリナに見てもらえよ」

 セイが駄目って言ったから、と頼みに行ったら怒られそうだけど。


『ユリウス』

 フェリクスが書物机の上を指し示す。

『ああ。図書室で借りてきた本か。ずいぶん多いな』

『俺がここまで運んでやったんだ。えらく集中して読んでいたぞ』

 ふたりしてパラパラと本のページをめくりながら話している。

『……うちの歴史か。アッシュデール語のものもあるけど』

『辞書を使って拾い読みすると言っていた。そのときは、まあ好きにしろとしか思わなかったが』

 誠吾には分からない言語。内輪話だ。

 彼ら、ユリウスとフェリクスは、やはり誠吾たちに何か隠し事をしている。

 深刻な顔で誠吾には分からない言語を使うのは、そういうことだからなのだろうか。


「…………セイ。キヨはいつから、どのくらい事態を把握していたんだ」

「なんだよ、それ。姉ちゃんが言ってたのは、俺が聞いてることだけだよ。魔女の亡霊、以後よく伝われDNA、満月の夜の操り人形。そいつらが童顔チビ相手にエロ漫画みたいなこと企んでる。万一逃げ切れなかったら、エクソシストの育て方調べるって言ってた」

「セイおまえ、おれもえんりょしていわなかったのに」

「絶対みんな思ってましたよね。俺しか言える奴いないと思って一応」

 我慢できなくなったノアがまた口を滑らして、お仕置き現場に立ち会わされるのも嫌だし。

 それを見た姉が痛みに耐える顔をするのを、見て見ぬフリするのももう嫌だし。

 そんな彼女を一瞥するだけで済ませるユリウスも見たくない。

「……エクソシストって。首を回すって言ってたあれか。なんでキヨはいつも勝手に話を先に進めるんだ」

 ユリウスはスルーした。やっぱり当事者の弟相手にはキレにくいか。自分が出演者役を当てがわれたからか。


「ああ。あれ姉ちゃんの得意技」

 誠吾の言葉に、ユリウスが片手で顔を覆って少し笑った。

「……今も、彼女の頭の中ではだいぶ先まで話が進んでいるのかな」

 だから清乃は逃げたのだろうか。

 自分の中で出来上がった話の筋書きを変えるために。

「かもな」

【……フェリクス、キヨを探すのはいったん中止しよう。そのほうがいい気がする】

【ユリウスはそれでいいのか】

【オレの気持ちじゃなく、キヨの気持ちのほうが大事だ。確かに、エルヴィラの力が戻るまで彼女が城から離れているほうが安全だ。キヨは大人、自分の身は自分で守れるはずだ。彼女を信じて待っていよう】

『…………おまえは、いつもそれだな』



 ユリウスが清乃の捜索から手を引く宣言をした。

 清乃のためというよりも、従弟の気持ちのために捜索にこだわっていたフェリクスも黙って部屋から出て行った。

 誠吾はそんなふたりを見送って、少年たちの待つ自室に戻った。

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