21 働く奴より偉い奴が儲ける闇の組織
勇者に脅しをかけて帰らせた後のことだ。数日塞ぎこみ考え込んでいたニニンは借家の一室に俺を呼び改まって言った。
「マスター、私暗殺者やめる。普通の女の子に戻る」
「は? いや待て待て待て落ち着け」
なに引退アイドルみたいな事言ってるんだ落ち着け。
急にどうした? いや何か考え込んでいたしあんまり急でも無いがどうした?
「転職でもするつもりか? 絶対やめた方がいい、お前暗殺者向いてるし天職だぞ」
俺は即座に引き留めにかかった。手塩にかけて育てた弟子が普通になられると困る。なんのために訓練してきたと思ってるんだ? 対エイリアン戦力になってもらうためだぞ。ちゃんと一人前のアサシンになるまで頑張ってくれよ!
しかしニニンは俺の言葉に耳を貸さず持論を展開しはじめた。
「私、色々考えた」
「みたいだな。結論は間違ってるが」
「聞いて。会ってみて分かった。私より勇者が強い」
「ん? そうだな」
首肯する。現時点では確かにそうだ。条件次第なところではあるものの、まだまだニニンが勇者を打倒するのは厳しい。
「勇者よりマスターが強い」
「まあな」
今の俺は死んでいるから強いもクソもない。だが、生前ならストロンガーなんて小指だけで倒せる。いや小指だけは厳しいか? 小指と親指だけで倒せる。
「マスターよりえーりあんが強い」
「そっ……れは、まあ……まあまあまあ、総合戦力で言えばそうかもな」
俺がエイリアンより弱いとは聞き捨てならない。俺はエイリアンを退却させ星を救った男だぞ。だがそのあたりを語り出すとニニンが言いたい事を言えなさそうなのでひとまず謙虚な大人の余裕を見せ認めておく。
「つまり私よりえーりあんがすごくすごくすごく強い。戦ったら私死ぬ」
「それは……」
まあ……そう……ですねぇ……
「えーりあんは嫌。これ以上目立って勇者に狙われるのも嫌。私、お金欲しいけど死ぬのは嫌」
「…………」
そんなものすごく普通の正論を言われてしまうとグウの音も出ない。それはそうだ。
勇者は強いとかエイリアンがヤバかったとか聞いていても、実際に目にしないと現実感は湧かない。勇者と対面したニニンは相当な衝撃を受けたに違いない。奴は災害をヒトの形にしたような存在だ。
勇者は恐ろしいし、そんな勇者より強い俺よりも強いエイリアンとゆくゆくは戦わされる、というのはもっと恐ろしいだろう。
気持ちは分かる。俺だって最初はエイリアンとなんて戦いたくない、死にたくない、怖いし逃げたいと思っていた。アイツらはヤバ過ぎる。完全にインフレSF世界の軍勢だ。
「死にたくない気持ちは分かる、でもいいか? エイリアンが再侵攻してきた時に誰も戦える奴がいなかったら、奴らは簡単にこの星を滅ぼす。結局ニニンも死ぬんだ」
「それは嫌」
「だろ? だったら強くなっておかないとな。何も今すぐ戦えってワケじゃない。戦えるようになるまで鍛えてやる。俺が編み出した対エイリアン戦法だって教えてやる。だから、」
「でもマスターはその戦法使っても死んだ」
「…………」
正論しか言わないのやめてくれ。何も言い返せないだろ!
それから話し合いは一晩続き、戦いを嫌がり普通の女の子に戻ろうとするニニンをなだめすかし説き伏せるためには、結局ニニンが一番好きなお金を引き合いに出すしかなかった。
話し合いの結果、修行を完遂したら効率の良い金儲けの方法を教える。エイリアンが来たら逃げていいが、逃げ切れないと思ったら寝返りや自殺は選ばず必ず死力を尽くして戦う。
そういう約束で修行を続行すると決まった。
暗殺者は逃げ隠れが得意でナンボだ。エイリアンが攻めて来たら身を隠し逃亡するのもいいだろう。どうせすぐに逃げ先も隠れ場所も消し飛ばされるのだから。
ニニンの頭の中で損得勘定の天秤がかなり揺れたようだったが、最後には頷いてくれた。これで一安心だ。
俺は喋れるだけで何の力も無い亡霊だ。俺がアレをしろコレをしろと言ったところで無視すればいい。俺はニニンに修行を強制できないのだ。俺との約束を破っても何も起きない。
それでもニニンは俺を無視し縁を切るのではなく、しっかり修行をやめたい、怖い、と自分の意見を言い、話し合う姿勢を見せてくれた。
その信頼と誠意に応えたい。指導に熱も入るし配慮もするさ。
ニニンは自分の欲望に正直だ。楽して儲けたい、可愛い服を着たい、美味しい物を食べたい、住み心地のいい家に住みたいなどなど俗っぽい欲が強い。ニニンが一般人と違うのはその理想を空想で終わらせず実現に邁進できるところだった。
ニニンは表向きの職業である解体業者を辞め、叔母には旅に出ると告げ、完全に消息を絶って裏社会に潜った。
顔を変え名前を変え大都市を転々とし、働く時間も惜しんで今まで貯めた金を切り崩し生活しつつ、一日の大部分を修行に費やし俺の技術をみるみる吸収しメキメキと暗殺の腕を上げていった。
それだけ情熱を注いだのはひとえに修行を早く終わらせるためだ。
早く修行が終われば早く金儲けの方法を知れる。
早く金儲けの方法を知って早く金儲けを始めれば死ぬまでに稼ぐ金額は当然上がる。
マイペースに修行して婆さんになってから稼ぎ出すより、ちょっと無理をしてでもさっさと修行を終わらせ若い頃から荒稼ぎした方が儲かるし、儲けた金で人生を楽しむ時間も増えるという寸法だ。
ニニンは修行に集中してから六年で暗殺技術の全てを習得し、エイリアンの波動関数式素粒子感知索敵網をすり抜けられるまでの腕前に達した。奴らお得意の難攻不落の不確定性装甲を破るやり方も教えたから、理論上は生前の俺と同じようにエイリアンの拠点に侵入しての暗殺や破壊工作が可能なはず。
暗殺者であるニニンの強さは、魔王のような魄と剣技の強さのゴリ押しとも、勇者のように剣技を魔法で強化し多彩さを付与するやり方とも違う。もっと玄妙で繊細で、魂魄の強靭度というより精密な均整によって成立する芸術的強さだ。
俺は暗殺分野で文句なしに世界最高に達したニニンに約束通り儲け方を教えた。
具体的な儲け方というより儲けるための考え方なのだが、要点は『自分で稼ぐより人を使って稼いだ方がいい』だ。
ニニンは今まで自分の暗殺の腕を売り込んで稼いでいた。高額の仕事料で確実な殺しの腕前を売っていたわけだ。
もちろん、それはそれで稼げる。だがそれは一流職人やスポーツ選手の稼ぎ方だ。
卓越した個人技能で稼ぐより組織のトップに立って利益を全体から少しずつ吸い上げた方が儲かるのは地球の歴史が証明している。
極端な話、一人で汗水垂らして働いて10億円稼ぐより、10万人の従業員を抱える大企業のトップに立って一人あたり1000円上前を跳ねるシステムを作った方が最終的に楽ができる。そういうシステムを作る手間はもちろんかかるのだが。
もっと小さなスケールで考えるならば、最初にある程度金を稼いで奴隷を4,5人買って働かせれば何もしなくても勝手に金が転がり込んでくるようになる。
人を使って楽して稼ぐ、という考え方とノウハウをニニンは大層お気に召したようだった。必要なら株式会社や宝くじ、大量生産・薄利多売といった概念も教えるつもりだったのだがその必要はなくなった。
ニニンは自分の能力をよく知っていて、自分ができる最高の方法で俺が教えた金儲けの方法を実践した。
俺は何が起きるのかは半ば予想していた。自明の理とも言えよう。
つまりニニンは暗殺ギルドを結成し、そのトップに立った。




