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20 マフィアは警告代わりに贈り物をする

 勇者ストロンガーの若々しさは有名だ。

 魔王封印から三十年余、本来なら老境に差し掛かってもおかしくないその見た目はまだまだ働き盛りの二十代に収まっている。外見年齢で見れば五、六歳しか加齢していない。顔のいい彼の容貌に黄色い声を上げていた乙女達の肌に皺が寄り、子供が成人し孫が生まれても、勇者は彼女達が若い頃に熱を上げた憧れの雄姿とほとんど変わっていない。


 これは一般人にとっては全く神秘的な現象で、魔王を倒した褒美に神から祝福を受けたのだ、と噂する者もいる。だが少し博識な者は高位の魄鳴り剣士、つまり双魄や連魄の剣士達が勇者ほどでなくとも老化が遅いと知っている。

 世界最高位の魔剣士である魔王は歳を取らない事で有名であったし、高位の魔法使いは普通に加齢していくから、老化の遅延は戦闘能力の大小ではなく剣士としての格で決まる、という結論に落ち着くわけだ。


 高位の剣士は老化が遅い。

 これは逆説的に老化が遅ければ高位の剣士である事を意味する。


 従って一定の水準を超えた剣士は実力を隠すのが難しい。抜剣しただけで鈴の音が鳴ってしまうし、剣を持たずに暮らしていても老化が遅ければ周囲に怪しまれる。

 元々自己流の魄鍛錬をしていたニニンもこの三年で更に魄を育て、老化遅延の兆しがみられるようになってきた。

 暗殺という戦い方の都合上抜剣で音が鳴ってしまうのは己の存在をバラす事になり都合が悪い。ニニンはしばらく前からナイフを鞘に納めるのをやめ、覚えた魔法を使い影に沈めて持ち歩いている。利便性の高い影魔法の触媒は珍しい上に見つけるのが難しく、俺も生前は見つけるのに苦労した。今の時代、影魔法を使っているのはニニンぐらいなのではなかろうか。


 いよいよ人間離れしてきたニニンは成人の日に叔母の家の近くに家を借り、一人暮らしを始めた。姪を溺愛している叔母の元で裏稼業にまつわるアレコレを隠し通すのが難しくなってきたのだ。影魔法を覚え、変装を覚え偽装を覚え、無力な一般人を装う事を覚え、戦闘技術を磨き。実力が上がるほどに実力が露出しやすくなり、同時に実力を隠す術を錬磨していく。そういう鼬ごっこが暗殺術を成長させる。


 表向きにはニニンは見習いを卒業し独り立ちしたばかりのどうにも影が薄い解体職人で、裏では近隣地方一帯の裏社会で恐れられる正体不明の凄腕暗殺者というわけだ。


 さて。そんなニニンが勇者と出会う事になった経緯は当然といえば当然の成り行きだった。


 村で育ち、辺境の森で修行し、ひたすら剣を振るって青年期を過ごしたストロンガーに政治は分からない。噂によれば今は治安維持軍として働いているようだ。地方の警官や狩人では手に余る魔獣、あるいは魔王時代回帰を掲げテロを起こす剣士や魔法使いを殲滅するのが仕事で、あちこちできゃあきゃあ言われ話題に事欠かない。


 そんなストロンガーがニニンが住む街にやってきたのはやはり仕事関係。狩人を灰に変え、近隣に駐屯する治安維持軍を半壊させたドラゴンを殺しに来たのだ。

 ストロンガーは俺の自慢の弟子だ。小国と単独で戦争できる強大な魔獣であるドラゴンも相手にならない。


 山三つ分離れた位置からの遠隔斬撃で何をされたかも分からず真っ二つにされたドラゴンの死体は近場の街に運び込まれ、解体して貴重なドラゴンの素材を余すことなく剥ぎ取る運びとなった。

 の、だが。

 その剥ぎ取り解体の作業員にニニンが選ばれた。解体業者をやっているのだから当たり前だ。


 ドラゴンは巨体で解体に人手がいる。鮮度が落ちない内に貴重な素材を急いでバラさなければならなかったため、ニニンのような見習いを卒業したての職人も招集され総出の作業となった。


 二分割され巨大な荷車に乗せられて街に運び込まれたドラゴンに解体業者が群がり鱗を剥がし骨を抜き血を絞って内臓を切り抜いていく。

 ニニンは他の作業員に紛れ上手く気配を溶け込ませていた。俺の薫陶を受けたニニンのナイフ使いは世界トップクラス、しかしそれを見せびらかす事はない。目立つからだ。暗殺者は目立ってはいけない。特に勇者が近くにいるところでただの解体業者の枠を超えたナイフ捌きを見せれば良からぬ事になりかねない。ゆえに感心した様子で解体を見学する勇者に目を付けられないように無難に立ち回っていた。

 俺も勇者に彼の怨敵・魔王との関係性を聞かれて気まずい思いをしたくはなかったので距離をとって様子を伺う。


 しかし俺は上手く隠れられたが、ニニンは隠れられなかった。

 いや、かなり上手く隠れてはいた。周囲に溶け込み、目立った事は何もしなかった。

 悪かったのは年齢と性別だ。

 成人しているかどうかという年齢の若い女がゴツいおじさん達に混ざってドラゴンを解体しているというその事実が勇者の気を引いてしまったらしい。

 ストロンガーは汗を拭う(フリをする)ニニンに近づいて爽やかに話しかけてきた。


「やあ、君はなかなか解体が上手いな。この仕事をして長いのか」

「……そこそこ」


 ニニンは目を合わせないようにして不愛想な表情浮かべ、露骨に話したくない嫌そうな雰囲気を出しつつ曖昧に答えた。世界最強の名を欲しいままにする勇者に急接近されたニニンは動揺からか手を滑らせる――――失敗したのではなく、成功し過ぎてしまった。うっかりクセが出て常人には不可能な速度でナイフを操り、切り取りが難しいドラゴンの鱗を目にも止まらない速さで数枚同時に剥がしたのだ。

 勇者は目ざとくそれに気づいた。驚いたように眉根を上げ、話を続ける。


「そこそこでそれだけできるなら自信をもっていい。いや、本当に大したものだ。軍で一緒に仕事をしたいぐらいだ」

「……どうも」

「うん。そうだな。君の今の仕事を馬鹿にするつもりはないが、もっと良い仕事先があるように思う。君さえよければその腕前をしっかり発揮できる別の仕事を紹介できるが、どうだ?」

「ん……喜んで」


 世界一の有名人、勇者の誘いはそう簡単に断れない。ニニンは少し悩んでから快諾したように見えたが、遠巻きにこっそり見守る俺には本当は断りたくて仕方なかったのが手に取るように分かった。

 あああああああああやめろストロンガー! 妹弟子にちょっかいかけるな。その子はまだ修行中なんだよ。引き抜きかけるんじゃない!


「良かった。俺はもう何日か街にいるから、都合のつく時でいいから駐屯地に来てくれ。治安部隊に紹介する。この街の夜は物騒だと聞くから、夜ではなく昼に来るのが良いだろう」


 俺とニニンの苦々しい思いなど知る由もないストロンガーは、爽やかな笑顔を残し去っていった。


 その後、ニニンは隠しきれないほど顔色を真っ青にし、心配した親方に家に帰された。

 地面をすり抜け地下からぬるりと家に戻り合流した俺に切羽詰まったニニンがうろたえて聞いてくる。


「私の暗殺バレた? 勇者に殺される?」

「まだバレてなさそうだ。同じ組織に入ったらバレやすくなりそうだが」


 勇者は魔王やその系列勢力に対して手厳しい。ニニンは魔王と無関係だが、暗殺という非合法かつ暴力的手段を生業とするニニンに決して好印象は抱かないだろう。ニニンの正体がバレたとして、俺の取り成しで剣を納めてくれるかどうか……


 俺の答えを聞いたニニンは部屋をぐるぐる歩き回りながらぶつぶつ言って考え込み、しばらくして何かを決意し、夜の街の暗闇に消えていった――――









 一晩が開け、勇者ストロンガーは深刻な険しい表情で宿を出立し、首都に戻っていった。

 朝起きた時、鍵をかけ窓を閉め師直伝の結界で封鎖したはずの部屋の飲みかけの紅茶が片づけられ、代わりに美しい血のように赤い花束が置かれ、ベッド横のサイドテーブルにナイフが突き立っていたのだ。


 結界が張られた部屋に侵入するのは極めて難しい。

 危機察知能力に優れた勇者の感覚を欺き、部屋の内装を弄り、気づかれないまま帰るのは更に難しい。

 そんな事が可能ならば、寝ている勇者の首を狙う事もできただろう。突き立てられたナイフがそれを物語っていた。


 姿が見えない恐ろしい手練れは、危険な潜入を完璧に成し遂げつつも誰も殺さず誰も傷つけられなかった。

 正面切って戦えばもちろん侵入者よりストロンガーの方が強いだろう。

 しかし侵入者に殺意があればストロンガーは暗殺……されていたかは分からないが、奇襲の一撃を受けかなり苦しい戦いを強いられただろう。


 ストロンガーは正体不明の暗殺者の警告を正しく受け取った。

 無実の市民であるニニンに急遽用事ができたと断り、予定を変え急いで首都に戻った勇者は、しばらく防諜機関の設立に尽力する事になる……


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― 新着の感想 ―
[良い点] 第20話到達、おめでとうございます! >表向きにはニニンは見習いを卒業し独り立ちしたばかりのどうにも影が薄い解体職人で、裏では近隣地方一帯の裏社会で恐れられる正体不明の凄腕暗殺者というわ…
[良い点] なるほどね、調査中止依頼成功報酬ってことか
[一言] 恐ろしく早い解体。俺でなきゃ見逃しちゃうね。
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