19 時代の寵児
ニニンを弟子にしたのはいいが、モチベーションが気になるところだった。しばらく一緒にはいたものの、俺はニニンの内心をあまり知らない。三人目の弟子は自分の気持ちを口や顔に出さないタイプだからだ。
別にどんな理由とどれぐらいの熱意で弟子入りしても、強くなって対エイリアン戦力になってくれさえすればごちゃごちゃケチをつけたりはしない。
が、普通に好奇心で気になるし、知っていた方が修行計画を立てやすい。
どうしてお前は暗殺なんてやってるんだ? という俺の質問に対するニニンの回答は極めて単純だった。
「お金稼げるから」
もっともな答えだ。
ニニンが仲介者から貰っている硬貨の枚数はその危険性や違法性に相応しい。叔母さんの手伝いや解体業見習いで稼げる金額ではない。
追加で何度か質問を重ねると、お金を稼いでどうこうしたいというより、とりあえずお金はたくさんあった方が安心、という考えに基づくもののようだった。
ニニンの暗殺稼業に特に信念とか目標とかそういうのは全然無い。
彼女は人間の多くがそうであるようにお金がたくさん欲しくて、たまたま一番得意で一番稼げるのが暗殺だっただけなのだ。
ニニンは自分の才能をよく分かっている。殺される側にしてみればそんなフワッとした理由で凄腕暗殺者に付け狙われるのはたまったものではなかろうが。
肩を負傷したニニンだったが、仕事失敗による違約金や信頼喪失による今後の報酬減額を嫌がったので、弟子入りの翌日――――つまり暗殺失敗の翌日に再度殺しに出かけ、無事成し遂げた。
ニニンは暗殺対象の事情に興味が無い。悪人でも善人でも等しく殺し、深入りしない。富豪がどんな事情で誰の依頼で殺されたのかは不明だ。が、ただの大金持ちにしては過剰な警備を常に置いていて、侵入者を裏社会のスジ者まで動かして始末しようとした事からなんとなくどういう人種だったのか分かる。
そんな富豪を、一度不審者に侵入され警戒を強めた富豪を殺してのけた事で、暗殺の失敗にも関わらずニニンの裏社会での評判はむしろ高まった。そもそも二度目のトライで成功したのだから失敗とも言い切れない。
街中に追いかけ回されたにも関わらず姿をくらまし、立魄の剣士から逃げ切り、厳戒態勢にある拠点に侵入し標的を殺し煙のように消えた暗殺者は二つの勢力から指名が入った。
表勢力からは指名手配犯として。
裏勢力からは指名依頼として。
暴力を禁じる統治側から見れば暗殺者は完全に排除対象だ。連続殺人犯のテロリストなのだから当然。
一方で裏社会ではアウトロー達の畏怖と憧れの対象となり、仲介者から「例の暗殺者に任せたい」という指名依頼がされるようになった。また、そんなニニンを殺して一旗揚げようと企む者も現れ、ニニンの正体と居所を掴もうとする暗殺者によってニニンの仲介者が殺されかけるという騒動も発生。
事態は混沌としはじめている。
いよいよもってニニンは裏社会から足を洗える存在ではなくなり、より強い力が必要になった。そんな時に俺という師を得られたのは渡りに船だろう。自画自賛だが。
「では基礎訓練を始める。えー、人が強くなるための基本は魂と魄を鍛える事で」
「もうやってる」
夜、叔母さんが寝た後。ニニンは郊外の人気のない廃屋に移動し、俺の講義と修行を受けていた。良い意味でも悪い意味でも名が売れてしまったニニンは仕事の頻度を減らし、その分を力を蓄える事に回すと決めた。今日はその一回目の修業だ。
辺りは朽ちた木と湿った土の匂い、虫の音に包まれ、壁の亀裂に置かれた蝋燭のか細い灯りがゆらゆら揺れる不安定な人影を作っている。廃屋はいかにもアサシンの秘密訓練に相応しい怪しげな気配を醸し出していた。
俺はニニンの言葉に頷いた。
「ああ、だろうな。いつもどんな訓練してるのか見せてみろ」
本格的な修行はしていないだろう。が、何かしらは我流か無意識かで鍛えているはずだとは思っていた。そうでなければあの身のこなしはあり得ない。
俺に促されニニンが実演し語ってみせた普段の訓練は訓練というほどのものではなかった。
魔法を強化する魂を鍛えるには魂に関連する事をするのが一番だが、これをニニンは暗殺によって鍛えていた。毒殺や弓による射殺ではなくわざわざナイフで標的を刺し殺しているのは、より失われゆく魂に近しくいる事で効率よく自分の魂を成長させるためなのだ。
肉体を強化する魄を鍛えるためには金属を身に着けそれを自分の体の一部であるかのように扱う必要があるのだが、これについては金属製のナイフを持ち歩き使いこなす事で達成している。
まあ概ね間違った鍛錬ではない。
だがとても非効率的だった。
ナイフで殺して魂を鍛えたいならもっと適切な材質と形状のナイフを選び、死神へ捧げる祝詞を唱えた方がいい。死神はもう死んでしまったから祝詞を唱えても聞き届ける者はいないのだが、祝詞は世界そのものに結び付いた特殊な言語だから唱えるだけで意味がある。
そういう説明をして、適切なナイフの選び方や祝詞の文言を教えると、ニニンはふんふん相槌を打ちながら素直に聞き、ふと首を傾げた。
「マスターはなんでそんな事知ってる?」
「死神と友達だったからな。直接聞いた」
ニニンは黙って薄ら笑いを浮かべた。
信じてないなお前! 本当だぞ。俺は本当に神話の神々と友達で神より強くて宇宙からやってきたエイリアンをばったばったとなぎ倒し星を守ったんだぞ。あと魔王と勇者の師匠でもある。
…………。
いや改めて自分の経歴を並べ立てると設定盛りすぎどころの話じゃないな。痛々しい妄想にしか聞こえない。現実離れした強さでスマン! 今は弱いが。
魄の正しい鍛え方も教え、魂魄両方の鍛錬法を教授したところでこの日は解散した。朝帰りして叔母さんに心配をかけるわけにはいかないのだ。
ニニンの修業はしばらくの間穏やかに進んだ。朝と夜は叔母さんの家事を手伝い、昼は解体業者の見習いをして、夜中に鍛錬をする。一日中を修行と授業に費やしていた魔王や勇者とは大違いだ。
エイリアン再侵攻を考えるともう少し修行に時間を費やし早く強くなって欲しい。
エイリアンはいつ攻めてくるのか分からない。夜空に侵略の前兆が見えてから40年も沈黙を保っているのだから監視に留め再侵攻は諦めたのかも知れないが、この星の戦力が神々の時代よりはるかに低下していると分かれば気を変えて攻めてくるだろう。奴らはそれぐらいには好戦的だった。
気がはやる俺とマイペースに事を運びたがるニニンの思惑が合致したのは弟子入りから三年後。成人したばかりのニニンが偶然街にやってきた勇者ストロンガーに会ってからだった。




