クーヘンにメタルスライムを渡す
「ああ、おかえりなさい。お帰りが遅いので心配していたんですよ」
アルバンさんが連れて来てくれたのは、いかにも裏方用の控室って感じの装飾もへったくれもない、だけど広さだけはある会議室みたいな、机と椅子以外は何もない部屋だった。
何も言われなかったのでそのまま従魔達も一緒に入って来たんだけど、良かったのかね?
その俺達がその部屋に到着するのとほぼ同時に、部屋にはクーヘンが駆け込んで来た。
「あれ? クーヘン。店はもう終わりか?」
だいたい日暮れ頃までは営業しているはずなので驚いてそう尋ねると、クーヘンは笑って首を振った。
「我が店も祭りに協賛していて、店は兄さん達が見てくれています。私は裏方担当でしてね。従魔達にお願いして屋台の設置の際などの重い荷物運びのお手伝いをしていたんですよ。何とか荷物運びが一段落したので、戻って来たところで、今から夕食にしようかと思っていたら、皆さんが帰って来たと聞いたので、駆けつけてきました」
「そうだったんだ。それはご苦労様」
すっかりこの街の住民として馴染んでいるクーヘンを見て、俺まで嬉しくなったよ。
「クーヘン、ちょうど良かった。実はクーヘンに渡すスライム達がいるんですよ!」
目を輝かせたランドルさんの言葉に、クーヘンが嬉しそうな笑顔になる。
「おや、そうなんですか。早速ありがとうございます。それで何色の子を捕まえてきてくれたんですか?」
嬉しそうに身を乗り出すクーヘンに、しかしランドルさんはすぐにスライムを出さずに俺達の方に駆け寄ってきた。
「どうします? エルさんにここに来てもらって、事情を説明してここで従魔登録をしてもらった方が良いのでは?」
確かに、あの人出の中をまた従魔達勢揃いで冒険者ギルドまで行くのは、言われてみればちょっと無理かも。
「何だ。エルに用事か?彼ならここにいるぞ」
俺達の会話が聞こえたらしいアルバンさんの声に、俺とランドルさんが同時に振り返る。
「お願いしますので呼んでいただけますか。ちょっと事情がありまして!」
見事に揃った声にアルバンさんが吹き出し、右手を上げて部屋を出て行き本当にすぐに戻って来てくれた。後ろには小柄なエルさんの姿も見える。
「おかえり。アルバンが帰って来ないってヤキモキしてたよ。それで……うわあ、これはまた従魔が増えたんだねえ。分かった。この人出だもの、従魔登録が先だね。ちょっと待っててくれるかい、従魔登録担当の者を呼んでくるからね」
何も言わずとも事情を察してくれたエルさんは、そう言って右手を上げるとそのまま早足で部屋から出て行った。
「それならこの子達は、先にクーヘンに渡してしまいましょう」
そう言って、ランドルさんは腰のベルトに装着していた大きめの小物入れの蓋を開けた。
それを見て、さり気なくギイが扉のすぐ側まで下がり、静かに扉を閉めてくれすぐ前に立ってくれる。その隣にはオンハルトの爺さんも立ち、二人がかりで扉を完全に塞いでくれた。
これでもしも不用意に扉を開けられても、部屋の中の様子は廊下には見えない。
それに気付いたランドルさんが、笑顔で二人に一礼してからクーヘンに向き直った。
「実は、今回の狩りでとんでもない事実が判明しました」
大真面目なランドルさんの言葉に、クーヘンは驚いて目を見開く。
「ええ? 一体何事ですか?」
「まあ、百聞は一見にしかず。とにかく見てもらえよ」
俺の言葉に真剣な顔で頷いたランドルさんは、小物入れからピンポン玉サイズになっていたメタルスライム達を次々に取り出した。
ランドルさんの小物入れからこぼれ落ちて、そのまま床を転がってクーヘンの前に綺麗に整列する二十匹のメタルスライム達。
その額には全てランドルさんの紋章が刻まれている。
「おやおや、これはまた沢山……」
次々に小物入れからこぼれ落ちるスライム達を見て笑いながらそう言いかけたクーヘンだったが、そのスライム達の色に気付いて言葉が途切れる。
「これは、これは一体何事ですか?」
いきなり真顔になったクーヘンの言葉に、ランドルさんも真顔のまま頷く。
「今回、カルーシュ山脈の奥地へケンさん達に連れて行ってもらい、俺達はとんでもない場所を見つけました。後ほどエルさんにも報告しますが、この子達、メタルスライムの出現場所を発見したんです」
「メ、メタル……スライム……」
呆然とそう呟き、足元に整列するピンポン玉サイズのメタルスライム達を見つめる。
「もしかして、この子達を譲ってくださると?」
「ええそうです、前列にいる子達があなたにお譲りするつもりで集めて来た子達です。後列は俺の従魔達ですよ。一応名前と紋章は捕まえた人がつける約束でしたので、勝手につけさせてもらいました。ほら、この人が言っていたお前達の新しいご主人になる人だよ」
優しい声で前列に並んでいる十色の子達にランドルさんが話しかける。
「色がよく似ている子もいるでしょう。でも全部違う色なんですよ。俺も後からこの子達に聞いて確認しました。じゃあ順番に渡しますね」
そう言ってランドルさんは一番端っこにいた銀色の子を手の上に乗せてクーヘンの目の前に差し出して見せた。
「この子は、メタルスライムの中では一番定番らしいアイアンスライムです。名前はレーズンとつけました」
「よろしくです〜新しいご主人!」
伸び上がって銀色のレーズンがクーヘンに挨拶する。
「ああ、よろしくなレーズン。クーヘンだよ」
両手で受け取り嬉しそうにそう話しかけた後、そっと額を右手で撫でる。
そこにはランドルさんの紋章が刻まれていたのだが、いきなりスライムが光り始めた。
「うおお、何だ?」
思わず隣にいたハスフェルの腕にしがみついて背後に隠れる。
だって、明らかに彼らも身構えているのが分かったからさ。
しかし、次の瞬間聞こえた二人の叫ぶ声に、俺達も揃って飛び上がる事になった。
「ええ、ちょっと待てよ。額の紋章が変わった〜〜〜〜〜?」