常識? 非常識?
「ええ、ちょっと待てよ。額の紋章が変わった〜〜〜〜〜?」
驚いてそう叫んだ俺は、クーヘンの手の中にいるアイアンスライムのレーズンを覗き込んだ。
額にあったランドルさんの紋章は、驚いた事にクーヘンの紋章に変わっているように見える。
「いや、あれ? ちょっと違うぞ?」
レーズンの額の紋章の真ん中には、よく見ると二人の紋章を合わせたようなこれまた違った紋章が刻まれていたのだ。
「何だ?」
「ええ、どういう事ですか?」
ランドルさんとクーヘンも、同じように驚いてアイアンスライムのレーズンを覗き込む。
「紋章が……」
「変わってます、ね……」
俺達三人は、無言で顔を見合わせる。
「俺が、ハスフェル達やマーサさんに従魔を譲った時には、紋章に変化は無かった……よな?」
俺の呟きに、ハスフェル達が揃って頷く。俺の足元に転がってきたギイの従魔のスライム達を見てクーヘンとランドルさんが揃って首を傾げる。
「でも今回は紋章に変化が訪れた。その違いは何なんでしょうか?」
しばしの沈黙の後、同時に俺達は揃って手を打った。
「ああそうか。魔獣使いから魔獣使いへの譲渡の場合、紋章が重なって刻まれるから混じるのか」
「どうやらそれが正解のようですね。ほら、ここのところ、名前が両方刻まれていますよ」
ランドルさんが指差したレーズンの額に刻まれた紋章の下側部分には、クーヘンとランドルさんの両方の名前が見てとれた。
「紋章自体も、肉球は一緒で、周りを取り囲む二重丸にクーヘンの紋章の葉っぱ模様が重なっている。成る程。共通の部分はそのままに重なり、違う部分は両方とも刻まれるわけか。へえ面白い」
顔を見合わせて笑い合った俺達は、笑顔でがっしりと握手を交わして振り返った。
「じゃあ、次の子を引き渡しますので、検証してみましょう」
ランドルさんがそう言って、整列していた次の子を抱き上げて見せた。
「この子はアイアンスライムの亜種のプルーンです。ほら、この人が言っていた新しいご主人になる人だよ。可愛がってもらうんだぞ」
優しくそう言って、プルーンをクーヘンに差し出す。
「クーヘンだよ。よろしくな、プルーン」
「はあい新しいご主人、よろしくです〜〜!」
無邪気な答えに皆も笑顔になる。
笑顔のクーヘンが右手でプルーンを撫でると、またぴかっと光った後に元に戻った時には、さっきと同じ、ランドルさんとクーヘンの紋章が混じった新しい紋章が刻まれていたのだった。
「母さん。これって知ってた?」
少し離れたところで呆然と俺達のする事を見ていたアーケル君が、まだ呆然としつつもリナさんにそう話しかける。
「ううん、私もこれは初めて知ったわ。だって、魔獣使い同士で従魔のやりとりをするなんて、普通は考えないからね」
「あれ、そうなんですか?」
リナさんの言葉に俺が振り返り、クーヘンとランドルさんも驚いて振り返った。
「以前の、私が知っていた魔獣使いやテイマー達は皆、自分のテイムした従魔をとても自慢していた。だから人の従魔を譲ってもらうなんて考えもしなかったし、珍しい従魔や強い従魔を連れている人は、それをどこでテイムしたのかなんて絶対に口が裂けても言わなかったからね」
「ああ、それは昔の魔獣使いの悪しき慣習だな。良い機会じゃ無いか。新しく始まったこの時代。集いあった魔獣使い達は、お互いの従魔を好意でやり取りもすれば、どこで捕まえたのかも容易く教えあう。良いじゃないか。絶対にこっちの方が長い目で見れば発展するぞ」
机の上に座ったシャムエル様も、ハスフェルの言葉に嬉しそうにうんうんと頷いている。
「確かにその方が良いと俺も思う。従魔のやりとりをする際には、お互いの為人をよく知った上で、それでも譲っていいと思えるのなら、自身の判断で譲ればいいって事だろう?」
アーケル君の言葉に、リナさんも笑顔で頷いていた。
「ちょっと待った〜〜〜〜〜〜!」
その時、すっかり存在を忘れていたアルバンさんが、突然大声をあげて俺達のところへ駆け寄ってきた。
「お、お、お前ら、お前ら今、今何をしていた!」
「何って、クーヘンにメタルスライムを譲っていたんですけど?」
俺の答えに、アルバンさんは膝から崩れ落ちた。
「そんなとんでもない事を、ちょっと食い物のやりとりをしたみたいに簡単に言うな〜〜〜〜〜!」
悲鳴のような叫びに、苦笑いするしか無い俺達だった。
「まあ、落ち着けって。すぐにこれが日常になるさ」
笑ったハスフェルに腕を掴まれて立ち上がったアルバンさんは、これ以上ないくらいの大きなため息を吐いた後、頭を抱えてまたしゃがみ込んでしまった。
「メタルスライム……しかも、何色も……絶対大騒ぎになる」
「ええと、そんなに問題ですか?」
まさかレース模様のスライムみたいに、指名手配書が回ってたりしたら大変だ。
そう思って尋ねたが、さすがにそれは無いみたいだ。よしよし。
だけど、アルバンさんは目の前のスライムを見たまま困ったように固まっている。
「テイム出来たんですから、別に構わないでしょう? そんなに何が問題ですか?」
「いや、だってお前、メタルスライムだぞ」
アルバンさんの答えに俺達はにんまりと笑って、それぞれの鞄からメタルスライム達を全員呼び出して整列させた。
前から順に、俺、ハスフェル、ギイ、オンハルトの爺さん、リナさん、アルデアさん、アーケル君、ランドルさん、そしてクーヘン。
各自十匹ずつ、合計九十匹のメタルスライム達が整列する光景は、改めて見てもなかなかに壮観な眺めだった。もちろん、メタルスライム達には絶対にクリスタルスライムにはならないように厳命してある。
しかも、バレーボールサイズのメタルスライム達が整列したのを見て、それ以外のレインボースライム達までが同じサイズになって整列し出したものだから、気がついたら会議室の空いた床は一面スライム達で埋め尽くされてしまった。
「いやあ、我ながらよくもこれだけテイムしたもんだなあ」
腕を組んだ俺が、目の前に並んだスライム達を見てそう呟くと、まだ床にしゃがみ込んだままだったアルバンさんがまた叫んだ。
「だから、そんな簡単に言うなって〜! お前ら世間の常識ってものをちょっとは理解しろ〜〜〜!」
その、あまりにも正しい叫びに俺は堪えきれずに吹き出す。あちこちで同じく吹き出す音が聞こえて、会議室は大爆笑になったのだった。




