お風呂最高〜!
「うぁ〜〜〜久々の風呂だ〜〜〜〜」
しばらく流れ落ちる大量のお湯を眺めて幸せに浸っていた俺は、我に返って慌てて周りを見回した。
「ううん、脱衣所が無い。って事は、部屋で服を脱いでから入るのか」
苦笑いをしてそう呟いた俺は、とにかくお風呂に入る準備をする為にいったん部屋に戻った。
「では、私はちょっと夜風に当たって来ます。どうぞごゆっくり」
笑ったベリーがそう言うと、手を上げて部屋を出て行く。
「ああ、気を使わせたみたいでごめんよ」
慌てて後ろ姿に謝ると、廊下への扉を開けたところで振り返ったベリーは笑って首を振った。
「別に人の子の裸を見ても、私は異種族ですから何とも思いませんが、人間はあまり肌を他人には晒さないと聞きますのでね」
驚く俺に、ベリーはもう一度笑って手を振り、そのまま廊下へ出て行ってしまった。
言われてみれば、ベリーって素っ裸だよな。だけど確かに俺は全く気にしてなかったよ。
小さく吹き出した俺は、大きく深呼吸をしてから、勢いよく全部服を脱いだ。
「考えたら、パンツを脱ぐのって……ブラウングラスホッパーの一件で死にかけた時以来じゃんか」
小さく吹き出して、全然汚れても傷んでもいないパンツを見て、脱いだ服の上に置いた。
「ご主人、脱いだ服は綺麗にしておきま〜〜す」
サクラが一瞬で俺が脱いだ服一式をパクりと飲み込み、すぐに順番に吐き出した。
何故か、適当とはいえ畳まれているのを見てもう一度吹き出す。
「ありがとうな。あ、そうだ。スライムってお湯は平気なのか?」
「お湯って?」
「いや、何も考えずにそのまま湯船にお湯を入れちゃったけど、湯船や配管が汚れてなかったかと思ってさ」
俺の説明にサクラの肉球マークが頷くみたいに上下する。
「ええと、熱湯じゃなければ大丈夫だよ」
「俺が入っても大丈夫な程度の温度なら、スライムも大丈夫?」
「そうだね。大丈夫だよ」
「じゃあ、ちょっと湯加減を見てこよう」
手ぬぐいよりもやや大きめの布を取り出してもらった俺は、何となくそれを持って風呂場へ向かった。
え? これは湯室だって? 誰が何と言おうと、これは風呂場だ。
「しかしまさかこんな設備があったとはねえ。よし、俺の部屋にした屋根裏部屋に近い、家具を置いてない客室を一つ俺の風呂用に確保しておこう、部屋をそのまま脱衣所にすれば良いんだよな。脱衣所っぽく、足元に濡れても大丈夫そうな絨毯を敷いて、大きなカゴとか置いておけば良いんだよな。よし、明日探してみよう」
小さくそう呟いた俺は、湯船に並々と溜まったお湯を見て、もうこれ以上ない笑みになる。
「さて、湯加減はどうかな?」
笑み崩れた顔のままお湯に手を突っ込んでみる。
「熱っ! 氷出ろ〜〜!」
あまりの熱さに悲鳴を上げて、大慌てで氷の塊を取り出す。
「うああ、火傷は……してないな、よし。しっかしこれ、冗談じゃないレベルに熱いぞ。60度どころか80度くらいあるんじゃね? ああそうか。ベリーが、ここに熱湯を浅く入れて部屋を温めるんだって言ってたな」
納得した俺は、熱々の湯船を見て考える。
これが冷めるまで待っていたら何時になるか分からない。悩んだ挙句、自力で冷ます事にしたよ。
とりあえず、バスケットボールサイズの氷を一つ作って湯船に放り込んでみる。
「ううん、すぐに溶けたって事は、まだ危険だな」
今度は複数バスケットボールサイズの氷を作って放り込んでみる。
結局、かなりの氷を作っては溶かすのを繰り返して、ようやく俺の理想の温度にする事が出来た。
だけど、時間がかかったおかげで部屋はすっかり暖かくなって素っ裸だったけど全然寒くなかったよ。
「どう。これなら入れるか?」
湯加減が完璧になったところで、先にサクラにお願いして湯船を綺麗にしてもらう事にした。
「うん、これなら大丈夫だよ。綺麗にすればいいんだね?」
そう言って、湯船に沈んで行くサクラ。
肉球マークがあちこちにせっせと動き回っているのをワクワクしながら見ていると、他のスライム達までが集まってきた。
「綺麗にするお手伝いするね〜!」
アクアの声に、他のスライム達も一斉に湯船に飛び込んでいく。
「ああ、ずるい。もう良い、俺も入る〜!」
先に入られたのが何だか悔しくなって、俺もそう宣言して湯船に飛び込むと、スライム達が慌てたように場所を空けてくれた。
「ああ、掛かり湯もしなかったけどまあ良いよな。どうせサクラが全部綺麗にしてくれてるもんな」
笑って小さく呟き、そのままゆっくりと肩まで湯に浸かる。
若干湯船が浅いので、少し仰向けになるように体を倒して肩までしっかり浸かった。
暖かな湯のあまりの気持ち良さに、完全に脱力して手足を投げ出すようにして湯の中で手足を伸ばす。少し冷えていた末端の指先まで血がしっかりと巡っていくのが分かる。
「ああ、これは至福の時間だよ。この家買って本当に良かった〜」
一応、頭を湯船の縁にひっかけて沈まないようにして、そのまま天井をぼんやりと見上げて呟く。
「うああ、これは最高だ。絶対、ここにいる間は毎晩入るぞ〜」
そのまま、息を吸い込んで頭の先まで湯の中に浸かる。
「ぷはあ!」
湯から顔を出して、髪の毛もしっかりと濡らす。
「石鹸がないのが残念だな。これで体を洗えたら完璧なんだけどなあ」
多分、探せばあるだろう。明日にでもハスフェルあたりに聞いてみよう。
そう考えて、俺は思いっきり腕を頭上に上げて伸びをしたのだった。
「何やってるの?」
不意に聞こえたシャムエル様の声に、目を閉じていた俺は目を開いて声のした方向を振り返る。
湯船の縁に立ったシャムエル様が、足元を気にしつつ俺を見ている。
「何って、お風呂に入ってるんだよ」
「お風呂。これが?」
そう言って、たっぷりと張られたお湯を見る。
「おう、俺のいた世界では、これが標準だったんだ。湯に浸かると疲れが取れるぞ。よかったらシャムエル様も入ってみれば?」
「そんな事したら私の大事な毛皮が濡れちゃうよ。絶対嫌だね」
割と本気で誘ったんだが、残念ながらお風呂の気持ち良さはシャムエル様には伝わらなかったようだ。
湯に浸かってる俺を見たシャムエル様は、思いっきり嫌そうにそう言うとそのまま消えてしまった。
「あぁあ、逃げられちゃったよ。気持ち良いのになあ」
笑ってそう呟き、湯船の中をまだ行ったり来たりしているスライムを撫でてやる。これは黄色だからイプシロンだな。
「さっきからずっと湯船を行ったり来たりしてるけど、まさかそんなに汚れてたのか?」
若干不安になってそう尋ねると、湯から肉球マークが出るくらいまで伸び上がったイプシロンは、楽しそうに笑いながらぷるぷると体を震わせた。
「違うよ〜もう全部綺麗にしたよ。だけどすっごく気持ちが良いから皆で泳いでま〜す」
いつの間にか、レース模様のクロッシェまで出てきて、一緒になって湯の中で動き回っている。
「そっか、スライム達にはこの気持ち良さが分かるのか〜」
嬉しくなって、手を伸ばして順番に撫でたり揉んだりしてやる。
ううん、心なしかスライム達のプルンプルン度が増している気がするぞ。まさかのお風呂効果で美肌になったとか?
しかし、人肌くらいに温まったスライムを揉んでいると、その何とも柔らかでプルンプルンな手触りにちょっと思考があらぬ方向に向きそうになって、俺は慌ててお湯の中にもう一度頭まで浸かった。
危ない危ない。あらぬところがナニしそうになったよ。
人肌温度のスライムは、ちょっと危険だって事が分かったので、人として駄目にならないように、これは今後はちょっと気をつけよう。