客室にあった思わぬ設備
ぺしぺしぺし……。
ぺしぺしぺし……。
ふみふみふみ……。
ふみふみふみ……。
ふみふみふみ……。
ふみふみふみ……。
カリカリカリ……。
つんつんつん……。
チクチクチク……。
こしょこしょこしょ……。
ふんふんふんふん!
ふんふんふんふん!
ふんふんふんふん!
「ううん……起きる……」
いつものモーニングコールに起こされた俺は、半ば無意識に返事をしながらいつものもふもふなニニの腹毛に潜り込もうとしてふと気がついた。
「あれ? 俺、いつの間に寝たんだっけ……?」
小さく呟いて目を開けてみる。
今までと違って、綺麗さっぱり目が覚めていて何だか快適だ。
「何この快適な目覚めは。ああ、そう言えば何か言ってたなあ……ふああ」
腹毛に潜り込んで後頭部を掻きながら、不意に出た欠伸に思わず声が出る。
その瞬間、誰かが笑って咳き込む音が聞こえて俺は文字通り飛び上がった。
「ええ、何? ってか何でお前らがいるんだよ!」
飛び起きて周りを見回して、見えた光景に俺は叫んだんだけど、これは仕方あるまい。
だって、部屋にはハスフェル達だけで無くリナさん一家まで全員が揃っていて、もうこれ以上ないくらいに全員が笑いを堪えた顔で俺を見つめていたんだから。
「おはよう。やっと、起きた、な」
「何でここにいるって聞かれても、さっきからずっといるぞとしか言えないよなあ」
必死で笑いを堪えた顔のハスフェルと、呆れ顔のギイがそう言い、次の瞬間全員同時に吹き出して大爆笑になった。
「何、もしかして俺、ここで寝てた?」
俺も吹き出しながら、高い部屋の天井を見上げながらそう言ってまた吹き出した。
うん、そうだ。
この部屋に集まってリナさんに俺の従魔達の話をしてたんだっけ。それなのに、どうして俺はいつものもふもふパラダイスに埋もれて寝てるんだ?
一人状況が分からず首を傾げる俺を見て、もう、全員が床に座り込んで大笑いしている。
その時、ヤミーとセーブルがそろって俺の腕の中に頭から突っ込んで来た。
条件反射でそのまま抱きしめてやり、ちょっと考えてまた吹き出す。
そうそう、思い出したよ。
リナさん達に、俺がいつもどんな風にして従魔達と一緒にくっついて寝ているのかってのを説明して実演していたんだっけ。その途中からの記憶が無いってことは、恐らくだけどニニの腹毛の誘惑に抗いきれずに、そのまま寝落ちしたって事だよな。
「じゃあ、ケンも無事に起きたみたいだし、解散するとしようか。明日は言っていたように、ケンは先に自分の用事と買い出しを済ませておいてくれ。俺達は先にバッカスの店へ行ってるから、買い物が済んだら合流しよう。それでそのまま狩りに出掛ければいいよな」
「了解、じゃあ今度はちゃんと部屋に行って寝る事にするよ」
笑いながら立ち上がってそう言うと、また皆から笑われたよ。
「しかし、自分で言うのも何だけど、まさかあのまま寝落ちするとはねえ。ニニの腹毛の威力、恐るべし、だな」
って事で、その場は解散となり、俺も期間限定の自分の部屋に戻った。
まあ、あまりの豪華さに、部屋に入るなりちょっと気が遠くなったんだけどね。
「しかし、ホテルハンプールで泊まっていた期間があるから、豪華だけど眠れないって事は無いな。よしよし。ここもホテルだと思えば、豪華な部屋もさほど気にならなくなってきたぞ」
自分に言い聞かせるようにそう呟き、とにかく装備を全部脱いで身軽になる。
「ご主人、綺麗にするね〜〜!」
跳ね飛んできたサクラが、いつものように一瞬で綺麗にしてくれる。
「おう、ありがとうな。じゃあもうする事も無いし寝るか」
そう言って腕を回して体を解していたところで、部屋の奥に扉があるのに気が付いた。
手洗いは廊下に出てすぐのところにあるので、何かと思い見に行ってみる。
「ああ、もしかしてウォークインクロゼットかな?」
そう言いながら扉を開けた俺は、思わず声を上げたよ。
だって、そこにあったのは、間違いなく風呂場だったのだからさ。
「ええ? 確かこの世界には、お風呂は無いって言ってなかったっけ?」
温泉旅館とかにあるような、総タイル張りの、どう見てもやや浅めの広い湯船を見ながらそう呟いて足元を見る。
「栓がしてあるこれはどう見ても排水口っぽいな。となると……ううん、だけど水道らしきものが何処にも無い。これはどういう場所なんだ?」
頭上も壁面も見たが、何処にも水が流れてくるらしき場所が無い。
「これは、浅く湯を張って、ここで体を洗う貴族の為の場所で湯室と呼ばれていますね」
その時、笑みを含んだベリーの声が聞こえて俺は扉を振り返った。
「へえ、湯室ねえ」
「熱めのお湯を用意して、まずこの湯船にくるぶしのあたりまで入れてそれで部屋全体を温めます。それから主人と一緒に召使いが入って来て、あの椅子に座らせた主人の体を洗うんですよ。洗ってあげましょうか?」
最後は明らかにからかっている口調で、ベリーが奥の段差になっている壁際を指差す。
そこには、木製のやや低めの背もたれのない椅子が置かれていた。
「ああ、なるほど。風呂って言うより、サウナ兼洗い場って感じなんだ。でもこれなら湯を大量に用意すれば普通に風呂になるんじゃね?」
浸かるには若干浅い気もするが、お湯さえ用意出来れば間違いなくお風呂になるぞ、これ。
「肝心のお湯は、どうやって用意するんだ?」
ベリーが知っているとは思わなかったが、そう呟きながら周りを見回す。
この世界に来てから、サクラが全部綺麗にしてくれるから必要ないと言えばそうなんだけど、俺としてはやっぱりお湯を張った風呂にゆっくり入りたい。
本気でコンロを総動員してでもここに張れるだけの湯を沸かそうかと考えていたら、笑ったベリーが壁面を指で突っついた。
やや軽い、空洞があるであろう音がする。
「あ、開いた」
俺の言葉にまたベリーが笑う。
そこは、目立たないようになっていたが、明らかに小さな扉になっていて、押せば開く仕様になっていたらしい。そこには見慣れたジェムを入れる空間と、どう見ても円形のバルブがあったのだ。まるで回してくださいと言わんばかりのそれを見て、俺は目を見開く。
「ここにジェムを入れてください。ああ、最低でもグラスホッパーか恐竜のジェムくらいは入れないと駄目ですよ」
「ええと、じゃあグラスホッパーのジェムで良いな」
アクアが取り出してくれたそのジェムを、言われた箇所に嵌め込む。
「それで、この栓を開きます」
大きく頷き、嬉々としてそれを捻る。
「全開にしていいのか?」
「はい、止まるまで回してください」
そう言われて必死になって回し続けると、しばらくして回らなくなった。
しばしの沈黙の後、壁面と湯船の接合部分の隙間から、幅1メートルくらいの滝状に広がったお湯が一気に流れ出してきた。
湯船に湯気を立てて流れ落ちるそれを見て、俺は歓喜の叫び声を上げたのだった。
「よっしゃ〜〜〜! これでお風呂に入れるぞ〜〜〜!」




