これからの予定
「はあ? 何ですかそれは! 自分からテイム志願して来たですって?」
そう叫んだきり、ちょっとせっかくの美人が台無しになりそうなくらいに大きく目を開き、ポカンと口を開けたリナさん。隣では、ほとんど同じ状態になってるアーケル君とアルデアさん。
美少女もどきと美少年もどきの、そうそう見られないレアな表情に、俺は笑いを堪えるのに必死だった。
「そうなんですよ、こいつも元従魔で別に主人がいた子なんですよね」
「じゃあ、まさかこの子も……?」
セーブルを見て、それからヤミーを見て、そして最後に泣きそうな目で俺を見るリナさんに、俺は笑って首を振った。
「いやあ、これがもう笑っちゃう展開でしてね。ああ、もういいから小さくなってくれるか」
そう言って、巨大化したヤミーの首筋を撫でてやり、やや大きめ猫サイズに戻ったヤミーを抱き上げて膝に乗せてやる。
「ちょっとだけ食べるか?」
俺は、ヤミー用に鶏ハムを分厚く切ったのを自分でいくつか収納している。
そのうちの一枚だけ取り出して、ヤミーの目の前で振って見せる。
それを見たヤミーが、むくりと起き上がって俺の膝の上で器用に座り直した。
両足を揃えて長い尻尾を巻き込んだ、いわゆる良い子座りになる。
「欲しいです〜」
目を細めて嬉しそうにそう言うヤミーに取り出した鶏ハムを食わせてやると、これまたリナさん一家が揃って全くさっきと同じ表情になる。
「ええ、何だよあれ。ジェムモンスターがハム食ったぞ」
「私も初めて見た。普通は味付けされたものは、よほど餓えていない限り食べたりしないと思うけどなあ」
「だよなあ。ええ、一体どういう事だ?」
アーケル君とアルデアさんが、揃って首を傾げながら嬉しそうに鶏ハムを咀嚼するヤミーを見ている。
それに対して、リナさんは不意に手を打って俺を振り返った。
「もしかして、これがその理由ですか? この子は、人の作ったものを食べるように躾けられていた?」
「躾けられてた訳じゃないけど、前のご主人は俺みたいに料理好きな人だったらしくてね。その、前のご主人が作ってくれた料理、特に鶏ハムが好物なんだよ。ああ、もちろん普段は他の子達と一緒に狩りに行くよ。これは時々あげる、おやつみたいなものだな」
嬉しそうに喉を鳴らすヤミーをおにぎりにしてやりながら笑ってそう言うと、リナさんが小さく吹き出した。
「まさか食欲に負けてテイムしてもらったの。まあまあ、なんて子なんでしょうね」
おお、これは何と言うか母親の台詞だなあ。笑ったリナさんの言葉に、俺は密かに感心していた。
「良かったわね。美味しいものを食べさせてくれるご主人が出来て」
手を伸ばして猫サイズのヤミーの背中をそっと撫でたリナさんは、小さく深呼吸をしてから俺を見た。
「話してくださってありがとうございます。そうですよね。一人では出来ないような無茶な事だって、仲間と協力すれば出来るのに、そのための仲間なのに……私、何を意固地になっていたのか……それに、どんな子であれ、テイムすればそれは大事な自分の従魔なのに」
自嘲気味に小さな声でそう呟くと、大きく頷いていきなりアルデアさんを振り返った。
「アル、私……ケンさんと仲間の方々に協力してもらってでも、分不相応かもしれないけれど、新しい、強い従魔を手に入れたい。良いでしょう?」
「もちろんだよ。及ばずながら私も手伝うよ」
「俺の存在も忘れないでくれよな。母さんが立ち直るためなら、オリゴーとカルンも呼べば喜んで手伝うと思うぞ」
アルデアさんに続いて、満面の笑みのアーケル君がそう言って胸を叩く。
「もしかして、あと二人の冒険者になったっていう息子さんですか?」
「ええ、そうです。一応彼らも上位冒険者ですからね」
笑ってそう言うアルデアさん。ちょっと自慢げだ。
「へえ、それは凄いですね。ちょっと会ってみたいかも。それより、そうと決まればどうするかなあ。この辺りでテイム出来そうなのって、何がいる? バイゼンまでは、空の旅にする予定だから、時間がある今のうちに、一匹でも大物をテイム出来れば最高なんだけどな」
「それなら、ランドルも誘ってもう一度カルーシュ山脈の奥地へ行くか? スライムトランポリンを出す祭りまでまだ七日もあるんだからな。前日に戻って来れば良かろう。明日一日あれば、買い出しは出来るだろうから、その予定でどうだ?」
嬉しそうなハスフェルの言葉にアーケル君の目が輝く。
「カルーシュ山脈の奥地は一度行ってみたかったんです。だけど小柄な俺じゃあ危険だから絶対無理だって言われて泣く泣く諦めていたんですよ。絶対足手まといにはなりませんから、俺も連れて行ってください!」
こんな機会を逃してたまるか!って感じに、もの凄い勢いでそう言ってくるアーケル君。
そしてその隣で、同じくらいのキラッキラに目を輝かせて頷いているアルデアさん。貴方も行きたかったんですね。
ううん、親子って言うより兄弟だよ、これ。
「良いんじゃないか。あの地下洞窟の恐竜を相手に出来るくらいの腕があるなら、移動の足さえ確保出来れば問題あるまい。ケン、彼らをまたお前の従魔に乗せてやって良いよな?」
「ああ、良いですよ。お好きな子にどうぞ」
彼らも皆、従魔達をとても大事に扱ってくれているし、ここまで乗って来た時だってちゃんとお礼を言ってくれていた。従魔達も楽しそうにしていたもんな。
って事で何とか話もまとまり、今後の予定が決まったところでその夜は解散になった。
「ちなみに、俺がいつもどうやって寝ているか見せてあげますよ」
ドヤ顔でそう言うと、その言葉に俺のベッド担当のマックスとニニが、即座に部屋の奥の広い場所に揃って並んで寝転がる。
「こんな風にしてまずニニとマックスの間に挟まります」
俺がそう言ってニニの腹毛に潜り込むと、リナさんの悲鳴が聞こえてアーケル君が吹き出す音が聞こえた。
ラパンとコニーが背中側に巨大化してくっつき、胸元にタロンとフランマの代わりにヤミーが潜り込んでくる。顔の両横にソレイユとフォールが丸くなってくっつき、他の従魔達はセーブルを真ん中にしてマックスのすぐそばで団子になる。小さなモモンガのアヴィは、マックスの頭の上にくっついている。
「ああ、駄目だ……眠くなる……」
遠くで誰かの笑う声が聞こえたが、そのまま俺は眠りの海へ沈没して行ったのだった。