マロンとモンブラン
「ご主人は、まずはそこにいてね」
ニニの言葉に、俺とランドルさんとバッカスさんは従魔の背から降りて静かに後ろへ下がった。
今までの子達より小型とはいえ、目の前で戦っている二匹のカラカルは大型犬サイズは充分にある。
猫科でこの大きさはどう見ても猛獣レベル。従魔達がいなければ、俺なんか瞬殺で狩られていると思うぞ。
俺は腰の剣は抜かずにゆっくりと意識して呼吸しながら精神統一して、ティグの時にやった硬い氷を一気に作り出すイメージを考え続けた。
その間に、目の前では従魔達によるカラカル捕獲作戦が実行されていた。
まず動いたのはジャガー達。
喧嘩に夢中で互いしか見ていないカラカル達の左右から、いきなり襲い掛かったのだ。
複数の物凄い鳴き声と唸り声が響くと同時に、カラカルとジャガー達がひと塊になって転がる。
その直後にニニとクグロフとティグが飛びかかった。
それを見て瞬時に飛び離れるジャガー達。見事な連携、息ぴったりだよ。
次の瞬間にはもう、クグロフとニニが二匹のカラカルを簡単に押さえ込んでいた。
ティグは、あ、出遅れた。って感じで、悔しそうにニニの横で足元の草を引っ掻いていた。
当然、物凄い抵抗を見せるカラカル達。しかし、もう一度駄目押しするかのように一斉に襲いかかったジャガー達とソレイユ、そして狼達。
勝負がつくまではあっという間だった。
「ご主人、捕まえたわよ。はいどうぞ」
得意げなニニの言葉に、俺は苦笑いしてランドルさんを見た。彼もポカンと口を開けて呆然としている。
「い、いやあ……あっという間でしたね。さすがです」
「本当ですよね。じゃ先にやりますけど、ええと……あ、じゃあ二二が捕まえているのを貰います」
「そうですね。では私はクグロフが捕まえてくれた子にします」
ランドルさんと顔を見合わせて頷き合った俺は、ゆっくりとニニのそばへ近付いて行った。
完全に押さえ込まれているカラカルは、それでも俺を睨みつけて物凄い勢いで威嚇して来た。
「フシャ〜〜〜!」
しかし、鳴き声が妙に猫っぽいため、あんまり怖くない。
「いやいや、油断は禁物だって。これでもガブっとやられたら一巻の終わりだって」
油断しそうになるのに気がつき、慌てて自分に言い聞かせる。
調子に乗って失敗するのは絶対にダメだって。
改めて深呼吸をして、ゆっくりと近づく。
おお、怒ってる怒ってる。
歯を剥き出しにしてフーシャー言ってるカラカルの顔を目掛けて、俺は一気に作り出した氷の塊を叩きつけてやった。
鈍い音がした直後、哀れにも悲鳴のような声をあげたカラカルは、見事に氷の塊の直撃を受けてノックアウトされた。
しかもどうやら軽い脳震盪を起こしたみたいで、目を見開いて口を半開きのまま硬直して転がっている。おお、綺麗な緑の目だな。
もう一度深呼吸をしてから勢いよく頭を押さえつけて、いつものセリフを腹に力を込めて言ってやる。
「俺の仲間になるか?」
何度か瞬きしたカラカルは、甘えるように鼻で鳴いて俺を見上げた。
「参りました。貴方に従います」
なんとも可愛らしい声で答える。緑色の目が嬉しそうに俺を見ている。
その可愛い声にちょっとテンションが上がったけど、正直言って笑ったよ。また雌じゃん。
ううん、うちの従魔達の女子率高過ぎ。
返事をしたカラカルを見て、押さえていたニニがゆっくりと起き上がって前脚を上げた。
すぐそばにいるジャガー達は、まだ一応警戒しているみたいだ。
ゆっくりと起き上がったカラカルは、まるでいつもニニ達がするみたいに大きく背中を丸めて伸びをして、それからピカッと光って一気に大きくなった。
巨大化したジャガーと同レベルだよ。これまたデカい。
おお、そして特徴的な耳の先の房毛も巨大化した。あれはちょっと気になるので、あとでじっくり触らせてもらおう。
そんな事を考えていると、巨大になったカラカルは、両前脚を綺麗に揃えて座り俺の前で胸を張って見せた。
これは、ここに紋章を入れてくれって意味だよな。
手袋を外した俺は、笑ってその大きくなった胸元に右手を当てた。
「お前の名前はマロンだよ。よろしくな、マロン」
この毛色を見たらそう付けずにはいられなかったんだよ。まんま栗色じゃん。
また光って今度は一気に小さくなり、普通のネコサイズになった。
だけどやっぱり猫だと言い張るには若干色々とおかしいけど、まあ良いよな。気にしない気にしない。
甘えるように擦り寄ってくるマロンを抱き上げてやり、まずは思いっきりスキンシップを楽しんでいると、背後から何やら大きなため息が聞こえて俺は慌てて振り返った。
「ええ、どうしたんですか。ランドルさん」
そう、今のため息は間違いなくランドルさんだ。
何かあったのかと慌てる俺に、ランドルさんはもう一度ため息を吐いてから顔を上げた。
「いえ、やられちゃったなあと思いまして」
意味が分からなくて目を瞬いて考えたあと、思わず手を打った。
「ああ、もしかして……マロンって付けようとしてました?」
また顔を見合わせて、ほぼ同時に吹き出した。それから笑いながら頷く彼を見て、思わず謝る俺。
「うわあ、すみません。先に確認すれば良かったですね。俺はあの茶色の毛の色を見てそう名付けたんですよ」
「ああ、成る程。確かに栗色ですね」
納得したように頷いたランドルさんは、腕を組んで困ったように押さえ込んだカラカルを見つめた。
考えてた名前を取っちゃって悪い事したな。ええと、何かないかな?
二人揃って考えて、ほぼ同時に叫んだ。
「ああ、栗と言えばあれですよね!」
「ええ、そうですね。では名前も決まったので頑張ってテイムします」
嬉しそうにそう言って、カラカルの元へ駆け寄って行った。
そして無事にテイム完了。
「お前の名前はモンブランだよ。よろしくな、モンブラン」
「はい、よろしくお願いします!」
可愛らしい声で返事をするモンブランを見ながら、やっぱり女子率高いなんて考えていたよ。
仲良く戯れるランドルさんとモンブランの横で拍手しながら、ふとこの世界のモンブランの名前の由来を考えていつの間にか右肩に収まっているシャムエル様を見た。
「なあ、俺の世界では、モンブランの名前の由来って山の名前だったんだけど、この世界では何が由来なんだ?」
すると、シャムエル様は笑ってはるか北の山を指差した。
「モンブランって山の名前だよ。ケンのいた世界とここは多重世界だから、共通の事は多いよ」
当然のようにそう言われて、笑うしかない俺だった。
ううん、そんな話をしていたら、何か甘いものが食いたくなって来たな。
よし、境界線のキャンプ地に戻ったら、何か作ってみるとするか。