夕食は満貫全席?
のんびり歩いて、マギラスさんの店に戻って来た。
「あ、本当だ。アクアヴィータって書いてある」
いつもの衛兵さんの立っているすぐ後ろに大きな石の看板が出ていて、見事な細工で、『無国籍料理の店 アクアヴィータ』と書かれていた。
「へえ、なんか良い響きだな。ちなみにアクアヴィータってどう言う意味があるんだ?」
アクアが水ってのは何となくわかるが、ヴィータってのが分からない。
「古い言葉で、アクアヴィータ、で、命の水、って意味だよ」
ハスフェルが看板を見上げながら教えてくれた。
「へえ、そうなんだ。うん、なんだか良い響きだな」
「ああ、マギラスも気に入ってるって言ってたからな」
そう言いながら、ハスフェルが嬉しそうに頷いている。
「ちなみに、この石の看板は俺とハスフェルが、店を開店するときに祝いとして贈ったんだぞ」
隣にいたギイがそう言って、同じく看板を見上げる。
「風雨にさらされて、いい味が出てきたな」
「確かにそうだな。最初は妙にピカピカで安っぽい気がしたんだが、あの爺さんが言った通りになったな。歳月が立てば絶対良い風情になるから、この石にしろと力説されたんだったな」
「ああ、確かそんなだったな。成る程、あの爺さんの言葉は正しかったわけだ」
「あの爺さんって、この看板を作った職人さん?」
「とにかく頑固な爺さんでな。だけど腕は確かだったよ」
「確かに、腕は間違いなかったな」
おお、神様二人が断言するくらいなんだから、相当の腕の人なんだろう。だけど、相当頑固って……。
うん、関わらない方が良さそうだ。
「爺さんも、あの世で胸張ってるだろうな」
「ああそうだな。絶対、あの世で得意満面でいると思うぞ」
しかし、二人の会話に気になる言葉を見つけた。
「あれ、その方って、もしかして……故人?」
「そうさ。これを納品した後、もう手が思う様に動かないと言って引退したんだ」
「その半年くらい後だったな。ぽっくり逝ったらしい。あまりにも突然だったから、最後まで爺さんらしいと、皆で言っていたそうだ」
おお、確かに最後まで職人だったって感じだな。
「そっか、会ってみたかったな」
「いやあ、やめた方がいいと思うぞ」
「確かに。絶対やめた方が良いと思う」
左右から真顔の二人にそんな事を言われて、ちょっと虚無の目になったよ。
半分社交辞令、半分本気の言葉だったんだけど……爺さん。死んでからも、二人にここまで言われるって、一体何やったんだ? 逆に気になるぞ。
何となく三人揃って看板を見ながらそんな事を話していると、困った様子の衛兵さんが俺達に一礼した。
「あの、もうよろしいでしょうか?」
「へ、ああ、すみません! 店先で長々と、お邪魔でしたよね」
我に返って慌てて謝る。そうだよな。店の前で揃って何やってるんだって。
「ではご案内いたします」
嬉しそうに笑って、出てきた執事さんみたいな人と交代する。
従魔達は、また厩舎へ。俺達はそのまま昨日と同じ部屋に通された。
「あ、そう言えば、マギラスさんに追加の果物渡してないじゃん。ええと、どれくらい渡しておけばいい?」
席につきながら、不意に思い出してハスフェル達を振り返る。
「ああ、確かにそうだな。どうだろうな。食ったら後で何か言ってくるんじゃないか? 俺達も大量に持ってるし、この後でもう一度飛び地へ行くんだから、遠慮なく渡してやっていいと思うぞ」
「何なら定期的に届けてやれば良い。それで、持って出た苗木が定着すれば、そこを教えてやれば良いんじゃないか?」
ギイの言葉に、ハスフェルが頷いている。
「ああ、良いな。この辺りには大規模農園が幾つかあるから、それなら近場の果樹園にこっそり植えてやればいい。ウェルミスの祝福を受けている苗なら、あっという間に成長するぞ」
スタッフさん達がいないタイミングとは言え、ちょっとあんまりな内容に慌てて止めに入る。
「おいおい、そんな事して大丈夫か? 逆に、余計な所から芽が出てるって言われて引っこ抜かれたら目も当てられないぞ」
俺は、どこか人里に近い森に見つかりやすい様に植えて来るつもりだったんだけど、ハスフェル達は違うみたいだ。ううん。これはどっちが良いんだ?
「あれなら、既存の果樹園に植えるのが一番手っ取り早い。あれが新種であるのは、専門家が見ればすぐに分かる。つまり、彼らにとってあれは、神々からの贈り物と呼ばれる、ごく稀に発見される新種の苗になるわけだよ。絶対大喜びして接木しまくるぞ」
「神々の贈り物?」
「そうさ。今までも俺達は何度か、ウェルミスに頼まれて新種の苗や種を持って出た事がある。いつも畑や果樹園に勝手に植えておくんだ。するとあっという間に成長して、土地の持ち主が気付く頃には最初の実が成っていたり、収穫できる状態になってる。で、当然収穫して大騒ぎになる」
「ええと、果樹みたいに、木があってそこからずっと収穫できるならいざ知らず、今の話だと、例えば葉物の野菜なんかもあったりした訳?」
「もちろんあったぞ。その場合は一度に育つ数が多いので、幾つか残しておけば種を取るのも可能になってる」
成る程、至れり尽くせりじゃん。
「じゃあまずは食ってから、マギラスにどれくらいいるか聞いて希望の数だけ渡してやろう。何なら俺たちの分から渡すから、ケンの持ってる分は俺達用に置いておいてくれ」
「あはは、了解だ。じゃあ新種の果物の件はお前らに任せるよ」
「おう、任せろ」
笑って手を打ちあったところで、丁度ノックの音がして食前酒が運ばれてきた。
出て来たのは、美味しいあの梅酒だ。
「あ、これとあの大吟醸も、後でマギラスさんに教えてもらって買いに行こう」
一息で飲み干し、絶対これも手に入れようと思った。
「いやあ、これはすごい」
「全くだ。今まででも最高じゃないか?」
「いやあ、予想以上だったな。これは本当に素晴らしい」
「お願いだから、残りを全部包んでください……俺、食べきれなかった分の権利を本気で主張したい」
ハスフェル達三人が、食べ終えて大満足で一杯やっている横で、俺はもう、はちきれんばかりのお腹を持て余しつつも、まだまだ食べきれない料理の数々が並ぶ机の上を見て本気で涙を飲んでいた。
とにかく大食漢の三人が大満足するくらいに、本当に文字通り満貫全席状態に大量の料理が出たよ。しかも、中華の満貫前席と違って、無国籍料理と看板に出すくらいだから、その言葉通りに様々な地方の料理が出て、もう本当に、目にもお腹にも大満足な時間だった。
しかもその料理が、どれ一つとっても激ウマ。
俺には絶対作れない手の込んだ料理の数々に、とにかく大感激の連続だった。
しかし、このメンバーの中では一番の小食の俺は、悲しい事に途中で脱落していた。
だって、心の底から残念だけど、お腹に入る量は有限なんです。
「何だ何だ。ケンは案外少食なんだな」
ノックの音がして、マギラスさんが笑顔で入ってくる。
「ああ、マギラスさん。本当に、本当に素晴らしかったです。俺は、小さな胃袋の自分が本気で悔しいです〜! これを残すなんて、俺の中では犯罪です!」
割と本気でそう言いながら泣きつくと、笑ったマギラスさんは、スタッフさんに、残りの料理を全部包む様に指示してくれた。
「ハスフェル達に預けておけば、保存出来るからな。まあ、知ってるだろう?」
何だか俺も保存出来るって言い損なったままだけど、まあ良いや。
笑って頷き、まだ渡していなかった果物の話をして、相談して数を決めてもらう事になった。ハスフェル達が一旦マギラスさんと一緒に厨房へ行き、言われた数をその場で渡してきたらしい。
何でも、この店にはかなりの期間にわたって新鮮な状態で長期保存出来る、巨大な収納袋があるらしい。さすがだね。
しばらくして、戻って来たので、本当に包んでくれた大量の料理を遠慮なく全部頂いて収納しました。
ものすごい量で、大感激したよ。これでしばらく料理しないで済みそうだ。
ありがたや〜!




