表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/55

9 私は、希望をみつけました

 私の心に影を落とすように、空はどんどん藍色を広げてゆく。

 日暮れる景色にいっそう落ち込みながらも焦りは募った。



「ロマー! ロマっ、どこにいるの?!」

「お坊っちゃまー! 返事をしてくださいませ!」



 あれから邸内を散々巡るが、ロマンは見つからなかった。

 そして私たちは今、庭中を探し廻っている。


 はじめ、原因を作った私は自室で待つようにと言われたのだが、ヒルダから離れないと約束して一緒に探すことを渋々許された。

 その後で、ヒルダに眼帯の理由も教えられている。彼の出自から始まる内容は、私が考えもしないものだった。


 ロマンは、レハール家とは遠縁の親戚にあたるバルト伯爵と、その愛人である子爵令嬢イーリスの間に生まれた子で……。



 パンドラの箱に隠された物語は、二人の出会いまで(さかのぼ)った――。



***



 ――アンテウォルタの貴族は幼い頃より自邸で学習を重ね、一定の年齢に達すると外界での修学も加えることから、他の貴族邸へ通う習わしがある。


 その慣習にならいバルト邸に赴いたのがイーリスだった。


 出会った二人はすぐさま恋に落ち、人目もはばからず愛し合うに至る。伯爵は当時すでに妻子ある身にも関わらず、若く美しいイーリスに溺れて家族をないがしろにし、寵愛を受ける彼女もまた、悪びれることなく同じ態度をとった。


 やがてイーリスは自身も子をなそうと(はか)る。

 望むは男児。それは既存の子が女児であることから、上昇思考の強い彼女が正妻の座を奪わんとする画策だ。

 それから間もなく身籠るイーリスが、時満ちて出生したのがロマンである。


 伯爵が後継ぎの誕生に喜悦したのは言うまでもなく。必然的にバルト邸へと居住を移すイーリスは、ロマンを武器に本来の家族を追い落とした。



 もはや正妻のごとく振る舞う素行も、彼女たちへ更にのめり込む伯爵が(とが)めるはずなく良しとされる。

 無論、邸内で抗議はあがるが、それもロマンの魔力が明白になれば致し方なく、誰しも口をつぐむ。

 かくしてイーリスは描いた通りの生活を手に入れたのだった。



 しかしながら、それも長くは続かない。異変はロマンが三歳の時に起こる。


 紫がかるグレーの瞳は、右目だけが徐々にその色を失い、四歳を迎える頃には完全なる金色へと変容した。


『ヘテロクロミア』――双眼の色が違う目は、この世界では(けが)れを意味する。そして結界の中で過ごす私たちが怖れる魔物の眼色は金。

 あろうことか同じ色を持ってしまったロマンは、望まれ重宝された男児から悪魔の子と呼ばれ忌み嫌われる存在になるのである。



 ――突如、イーリスの状況は一変する。

 今までの増長した行動が起因し、正妻とその子だけでなく(やしき)の者全員から(しいた)げられた。

 すぐさま伯爵にすがるも、冷たく背を向けられた彼女は茫然自失したが、世間の常識に縛られる考えを持つ伯爵が掌を返すのは想像に難くない。


 そうしてイーリスとロマンの二人は、バルト邸に仕方なく置かれるだけの厄介者という境遇を余儀なくされた。



 打ち砕かれた順境に苛立つイーリスが、鬱憤を晴らすようにロマンへ辛く当たりだすのは目に見えること。

 元より彼女にとっての子は道具でしかなく、武器の意味を無くせば不要の存在。

 ましてや、自分をさいなむとあればその行動もしかり。


 自身の動向が返される報いが大半をしめるのにも気づかないイーリスは、すべてをロマンになすりつけ消え失せることさえ願っていくのだった――。



***



 ――こうして、ロマンは物心つく頃には()われない敵意や悪心に(さら)されるだけでなく、実の母からもいらない存在とされたのだ。



 話を聞いた直後は、悔しさや悲しさとか色んな感情がない交ぜになって、とにかくムカついた。


 日々心ない視線や言葉を投げ掛けられて、いじめられる。守る者が誰一人いない状況に、悪いのは自分だと理解するしかなかっただろう。

 心を開く場所も与えられないロマンは、不条理をただ当たり前と受け入れて生きたんだ。



 そして、レハール家が養子に迎えたいと進言した時は、バルト家だけでなくイーリスまで手放しで喜んだらしい。

 父が眉をしかめるのもよそに、ロマンを排除すればまた伯爵に愛されると歓喜して。


 だからそれが叶わないと知った時、別れ際のロマンに言い放ったのは――。


『お前なんか初めからいなければ良かったのよ!』



 咄嗟に父がロマンの耳をふさいだけど、口の動きで母の台詞はわかっただろう、というのは同行したテオの言葉。



 それから移動する馬車の中で、父はロマンを歓迎するとしっかり伝えてから、念のために用意した眼帯を差し出したそうだ。それは今までその目のせいで理不尽を向けられたロマンを気遣うもの。

 使用の判断はロマンにゆだねたが、迷うことなく(ちゃく)したのは今の通り。


 その際、目のことは父とテオ、ヒルダ以外に口外しないと約束もしたらしい。それでロマンが安心して過ごせるなら、ということだった。



 心を閉ざすロマンに、最初は馴染んでくれるか心配したとヒルダは言った。中でも気掛りだったのは私との関係。

 バルト邸で妻と子、そして母からとくに冷遇されたので、同じ異性の私を怖がらないか不安を抱いたという。そして、懸念に終わり安堵した頃にロマンが呟いたそうだ。



「姉様だけには、この目を絶対に見られたくない」――と。



***



 思い出しながら、私は星が瞬き始めるのを仰いだ。

 春も初旬の夜はまだ寒い。ロマンが今どうしているかと気が気じゃなくなった。



「ロマ!お願い、返事してーっ!」


 私は本当に阿呆だ。

 そこまで隠したいとわかった昼間に、なぜ、触れられたくない事情があると考えを至らせなかったのだろう。

 パンドラが箱を開けて(わざわい)が生まれた件に思いを馳せなかったのだろう。


 自分を正直に生きるのは誰かを傷つけていいことじゃない。そんな事さえ忘れるなんて残念すぎる。

 ……でも、今は反省してる暇はない。早くロマンを見つけなければ――。



***



 私は必死にロマンの名を呼び、庭を走った。


 そうしてヒルダと足を止めることなく探し続けるも、行方は掴めず冷え込みだけが増してゆく。



「どうしてこんなことになるんだよ……っ」


 苦々しく呟いて唇を噛んだ。

 今の私は、誰もいじめるつもりはない。それどころかロマンを傷つけるなんて、したくないに決まってる。

 なのに、こうも設定通り相当嫌なキャラとしての行動ばかりになった。


 ――それは、前世の記憶や性格を得ようが関係ないのだと思い知ること。



「本当に。……ゲームの悪役令嬢そのものだね」

 ぽつとこぼして内心で自身を冷笑した。


 ここはヒロインであるプリンセスのための世界で、大人買いした小説みたいに、私が主人公となる日は来ないのだと改めて言われたように感じる。

 

 そんなことは最初からわかってた。だからこそ、デッドエンドの運命も素直に受け入れた。

 おそらく意思に反する流れでも、自分はヒロインをいじめる役割になる。そのことは、結果、彼女を幸せへ導くスパイス的に役立つと飲み込めるからいいと納得させられる。


 けれど……ロマンを女嫌いにさせる役目も絶対に私で。こんなふうに傷つけなきゃいけないとは、思ってなかったよ――。



「――お嬢様、行きますよ?」

「え?」

 ヒルダに言われて我に返った私は、ふけっていた思考を戻す。どうやら私たちは、羽織の着衣を持ってこようと一旦(やしき)へ戻ることになったらしい。


 うん、早く取りに行こう。ロマンは今頃きっと寒い思いをしてるに違いない。



 そう考えて、(やしき)まであと十メートルほどの距離に近づいた時だった。

「お坊っちゃまっ!」

 今までにないヒルダの叫びに、驚くよりも見上げるその目線を追えば――そこには(やしき)の屋根上に立つロマンの姿があった。



「……何やってるのよ、ロマ……。英一郎は追い詰める役で、自分が崖に立つんじゃないからね……」


 思わず的外れな言葉が洩れる。昼間の火サスごっこの続きかと、そうでも考えないと頭の整理がつかなかった。

 どうやって登ったかはわからない。

 だけど、今しようとする行動の意味を察して寒気がした。


「早まらないでください!」

 制止の声をあげてヒルダが踏み出す。私もすぐに行く! と思うのに。

 時間が止まったようにゆっくりと過ぎる。そして前世の記憶が押し寄せた。

 それは……うさぎのコタのこと――。



 ――社会人の私と暮らしたコタは、持病が進んで寝たきりの状態が続く日々を過ごしていた。

 その日の朝も、とくに異変があったわけではないけど、会社を休もうかと悩むのだが。たまたま会議の予定があった私は、迷ったあげく出社を選ぶのだ。

 そして急いで帰るも玄関を開けた瞬間にわかる。いるはずのものがいない気がした。

 部屋に入って駆け寄ると……やはりもうここにコタはいなかった――。



 どんな思いでいたのだろう。

 一人で寂しかったろうか。辛かっただろうか。

 なぜ私は自分の気持ちに従わなかったのか。

 調和を考え賢く生きたはずが、いつも選択を間違える。だから今度は正直に生きると決めたのに……。


 それでも、こんな結末しか迎えられないのか?



 ロマンは今にも投身しようとする。

 走っても間に合わない。

 掴めない(へだ)たり。ここから声は届かない。

 例え間近にいても、届く言葉は持っていない。



 私はまた、大切なものを……取りこぼすの?


 涙が溢れてきた。

 今、ここにいるのに。失いたくないのに。いなくなるなんて考えられないのにっ!



 ――……瞬間、私の脳裏にふっと何かが入り込んできた。

『思考が魔力を形作り、言葉が発動させる』

 考えたわけではないけど浮かぶ。


「これ……は」

 意味はわからない。でも私は知っている。


「――お嬢様?」

 呟く私にヒルダが足を止め、そして振り返るのを見ながら。幾つもの言葉が混じりあって響く頭を必死で抑えた。

「ん……っ」

「どうなさいました?!」

 ただ、私はロマンをこの手からこぼれ落としはしない。

 もう二度と……二度と失ってたまるもんか!



「『……私の周りに漂う水、貴方たちに精を捧げると誓う。柔らかな白き霞に示して。連珠に集う薄膜の氷壁となり今すぐに――』」


 気づけば流れ込む思考のままに言葉を発する。

「お嬢様!? それは……っ」

 そして、それを合図とするようにロマンは静かに身を投じた。

「――あっ! お坊っちゃまーっ!」



「『――……お願い。ロマを守って――――』」



 言い終え脱力する一瞬に辺りは霞がかる。

 刹那、何もなかった空間に幾つもの水滴が現れると、白く色づき素早く一点に集まりながら、地面と落ちてゆくロマンの間へ疾風のように流れた。


 気を取り直す私は、先に駆け始めたヒルダとそれを追うようにロマンの元へと走った。

 無数にきらめく白い粒は、幾重にも連なる薄い氷の膜となり、ロマンを受け止めるように張られては――パリ、パリンッ――と小さく音をたて割れていく。

 幾つもの氷壁に落下の衝撃を和らげて、ロマンの体はようやくトサッと緩やかに芝生へ横たわった。



「ロマ!」

「お坊っちゃま!」

 駆けつける私たちの声に、薄っすらと目が開かれてゆく。

「……僕、生きて……なぜ……?」

「ロマっ!」

 体を起こしかかるロマンに息もつかせず抱きつくが、ハッとした彼は強く私を押しのけた。



「邪魔……を、しないでください! 僕は、悪魔の子だからっ!」

「違うっ! ロマは私の弟よ!」

 負けずに私は、もう逃さないとロマンの両腕をしっかり掴み、目を合わせて言った。

「み、見ないで! この目は……姉様の好きな色じゃないっ」

「好きよ! 紫がかったグレーの目も、隠してた金色の目も、っ好き……!」

 勝手に溢れまくる涙で声が揺れる。


「初めて、その目を見た時。私はね。私の、琥珀(こはく)の目の色と似てるから……本当の姉弟(きょうだい)みたいねって、嬉しいって。そう、言おうとしたの……っ!」


 嗚咽しそうになるのをこらえて俯き、必死に自分の思いを伝えた。届かなくても、届けなくて後悔するのは嫌だから。


 もう、あんな思いはしない。高飛車で我が儘な私は、ロマンの気持ちを汲めなくても思い通りに生きてやる――! そう決めて顔を上げた。



「……っ謝らないから! 邪魔されたくなければ、私に見えないところでしなさいっ! 目の届く範囲で勝手なことはさせないよ! でも、ロマがどこに逃げても追いかけるから覚悟して! どんなに消えたくても、目に入れていなくなんてさせてあげないっ!」


 不躾に泣きながら怒った。横暴でも何でもいい。だって悪役令嬢だもん!

 嫌われてもいいんだ。デッドなエンドはわかってる。そんなものは怖くなんかない。


 ――『ロマンを失う』。

 それが今は一番怖い。

 何より生きて、そして幸せになって欲しい。


 生きなければそれは叶わないもの。



「いなくなるなんて、許さないから。絶対に許さないんだから……っ!」

「……姉、様……」

 ロマンは大きな目をさらに大きく見開いていた。きっとこんな時でさえ身勝手をつらぬく私に驚愕したのだろう。

 それでもいいんだ。どんなに憎まれたとしても、――私は彼を消えさせない。



「ロマ。大好き」


 ぬくもりを確かめるようにもう一度ぎゅっと抱き締めた。

 今度は逃げないでいてくれるロマンに、彼がここいることを私は身体中で感じ取る。


「みんなと違う目は、ロマの魅力だよ? 誰も同じなんてつまらないもん。それじゃあ量産の人形と変わらない。その目はロマだけの特別よ。私が大好きなロマの特別なの」

 そうして存分にロマンを堪能した私は、ようやく涙腺を落ち着かせることができて笑顔を向けた。


 ……すると反対に、今度はなぜか涙をぽろぽろこぼすロマンがいる。



「え?! や、うそ。なんで? ごめんっ!」

 そうだった。私はどこまでも追い詰めるというトンデモなストーカー発言をしたんだよね!

 怖がられて当然と、すかさず謝った。嫌われるのはいいけど、この(やしき)で居心地悪くはさせられない。


「ごめん! 怖がらせるつもりはなくて……。あ、あんまり近づかないようにするし! ほら、ヒルダも私からロマを守ってくれるよっ」

 言ってて悲しくなったけど、彼の幸せのためなら接近禁止も甘んじる。その本心から彼をなだめた。

「……嫌です」

「!?」

 あっさり拒否られましたよ! どうしよう!



「いなくなってはダメなのでしょう? ……それなら、姉様はずっと僕の側にいてください」


 ロマンは濡れた顔で、天使のように笑った――。



「――!」

 今のはもういなくならないという意味にとっていいよね?

 おまけに、てっきりストーカーとして女嫌いにさせるのかなあと思い始めてたけど、側にいることを許された私は……。


 また、涙腺ダムを絶賛大放出させてロマンに抱きつくのだった。



***



 それから私とロマンは、その夜、初めて一緒のベッドで眠った。


 ロマン危うし事件の元凶を作った私はというと、なぜか「今回だけは特例です」とヒルダのお説教を免れて二人で寝ることを許された。



「パンドラの箱には、ちゃんと希望があったね」


 隣で眠るロマンの頭を優しく撫でる。頬にあたる柔らかな髪がくすぐったいけど気持ちいい。

 今日はなんだか本当に疲れた。


 天使の寝顔に癒される私は、彼も幸せに過ごしてくれることを願いながら、幸せに目を閉じた――。



 ――翌朝。

 父から庭園とそれに続く道の端までの草掃除を言いつけられるのは、勿論、想定内のこと。

 ……へこたれないもん!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ