五十一 長いの、仇と対峙す
雅寿丸は、長い胴と短い足の大鼬の姿で本丸を駆け回っていた。周りには数匹の小鬼が群がり、肩へは得物を失ったらしき一匹が噛みついたまま。無論そんなことにはお構いなしの鎌鼬、小鬼を引きずったまま勇ましく駆け回り、狂おしく跳ね回る。
「いい加減……観念……しやがれ」
雅寿丸に付き合うとなれば追うほうも大変で、小鬼たちはみな肩で息をしている。とくにそれまで慶吾に延々走らされていた何匹かは、もう歩くのさえやっとという有様で、横腹を押さえながら足を引きずっている始末であった。
「次はどいつだ? かかって来ないなら、おれからゆくぞ」
長い体を逆さま「ひ」の字に曲げたまま、雅寿丸は怪しげな横っ飛びで挑発する。
律儀に仕掛けてきた者の腕へ飛びかかり、腕に噛みつくや、宙で体を捻り回転した。鼬とはいえ、大きな体に見合った目方がそのまま腕に加わるものだから、よくて肉が引きちぎられる。悪ければ腕ごと持っていかれる。目の前に物騒な刃物がかざされようともまったく怯まず、頭から突っ込んでゆくのは、勇敢をとおり越して無謀である。その無謀に敗れた小鬼への追い討ちで、久しく愛嬌を加えるだけかと思われていた長い牙が、ただの飾りではなかったことを証明した。
もちろん、南蛮鬼らもただ黙って鎌鼬に倒されているわけではない。頑丈な頭へまさかりを振り下ろし、渾身の力で腹を殴りつけ、毛に覆われていない柔らかな手のひらを切り払った。それでも倒れぬ大鼬、ついには群がる南蛮鬼を残らず叩きのめした――肩に喰らいついた一匹をいまだぶら下げたまま。
雅寿丸は小走りに御殿へ戻った。
真打、風間甚蔵は、鼾をかいて眠る北条清輝の横に悠然と座していた。清輝が飲んでいた酒を、徳利から直に喉を鳴らして飲んでいる。楽しげな足音とともに大きな鼬が目の前に現れると、茂みのような眉を大げさに動かし、酒気に濁った眼で睨めつけた。
「なんだお前は……討物屋にいたがきだったか」
「うむ、そのがきだ」素直に応じる雅寿丸。「なんとなく面影があるだろう? 人の姿も鼬の姿もあまり変わらんと、よく言われる」
「ふん」
甚蔵は興味なさそうに獅子鼻から声を出し、大儀そうに立ち上がる。抜き身を左手に持ち――というよりは、辛うじて柄の菱巻で左手に引っかかっている刀は、今は外に突き立てられている吉勝楽喜丸と同等の大きさがありそうであった。
「一つ聞くが、おまえ」言い差してから雅寿丸は那智黒を瞬かせ、慌てて、「ちょっと待った、止まれ」
言ったが時既に遅く、甚蔵の足の下でなにか、細くて硬いものが折れる音がした。
「だから止まれと言ったのに……」
わざわざ足を上げるまでもなく、目を落としただけで音の正体が知れる。どうやら甚蔵、追儺の笛で眠りこけている清輝の人差し指を踏み折ってしまったらしい。それでもなお目覚める気配がない、一応は主であるはずの大名を放ったまま、話は続けられる。
「それで、何を聞きたいんだ?」
「おう、そうだった。飛騨の山間の村に来たときのことを覚えているか?」
「知らんな」
思い出そうとする素振りすらなく、甚蔵は首を掻き毟る。
「そこで村人が幾人も、女子どもの区別なく殺された」
「大方のいいたいことは見当つくがな」言葉を交わすのにも飽きだし、左手の大刀をびょうびょうと鳴らす。「いくつもの町や村で幾人も殺したわい。いちいち数えてなどいられんし、覚えてもおれんわ」
「おれは村人を殺した妖怪と目されて村にいられなくなり、こうして旅をしている」言ってから、地面に突き立った二振りの刀を示す。「弟たちは、今はこんなだ」
立っているのは、ただ二人。ここに、介錯人対下手人、一騎打ちの幕が上がる。
それはつまり、二の丸御殿に侍っていた手下の南蛮鬼らがことごとく薙ぎ倒されたことを物語っているのだが、甚蔵はというと、まったく意に介していない様子。同様に、仕官先がお取り潰しになろうとどうしようと、これまたどうでもよいことであった。甚蔵はただ――。
「気が向いたときに人が斬れて、腹が減ったときに人を喰らえればいい。俺は、窮奇だ」
手にしていた大刀と徳利とを放り出し、甚蔵は宙返りをして見せた。室へと忍び入った夜気の中、いつまでも白く滞る煙はなかなか晴れなかったが、内側からそれを切り裂いて飛び出したものがあった。
太く大きな顎と四肢を持った、何かの間違いのように大きな虎である。ただし、仁王像の如く盛り上がった両の肩からは、一対の鳥の翼が生えていた。
「窮奇、か。おれは言ったとおり鎌鼬だが」一つ小さく跳ねて見せ「三匹揃って一人前の物の怪だ。おれ一人では、多少大きいだけの鼬にすぎん」
窮奇の姿になった甚蔵は、もはや人の言葉など知らぬとでもいいたげに吼え、雅寿丸めがけて座布団ほどもある前足を振り下ろした。
とてもすばしこいとはいえない大鼬であったが、さすがにおとなしく踏み潰されはしなかった。不恰好に転がって前足をかわし、よろめきながら立ち上がる。
踏み潰すのを諦めた窮奇は、両肩の翼で強風を起こし、それと同時に跳躍した。




