三十三 白いの、遣り手婆に通う
いつもどおり、顔には狐面、右手は人払いの印を結んで大路をゆく追儺。寄せては返す波の如き人々の合間をすり抜けつつゆき、黒塗り板葺きの大門を抜けると同時に右手の印を解き、面を外す。そのとたん、遊里に吹く風、纏う雰囲気そのものが一変したのが、仲の町をゆく者すべてに感じられた。遊里にあってそれよりなお雅で煌びやかな気配は、ちょんちょん格子から半まがきへ、半まがきから惣まがきへ、流行り病のように密やかに素早く伝わっていった。あるいは、嵐にも似たというべきか。
素見はもちろんのこと、風流を気取る登楼客でさえ、白い狩衣をさまよく着こなす白垂れ髪に敗北を悟り、昼見世見物もそこそこにして、手近な茶屋へ身を隠す。大門左手にて、遊女の美人画に混じって寧君の錦絵――これ以上は描けぬというほどの美人に狐の耳と尾を加えただけのお粗末な代物――を飾る細見屋は、生まれてこの方初めて目にする美男子をまぶたに焼きつけんと、目を澄ます。八文字の稽古をしていた引込新造は口を半開きにして大路をゆく優男に目を奪われ、それを叱りつけた姉女郎らしき女も間もなく同じ轍を踏むに至った。はしゃぎまわる禿の声に、いつもよりずいぶんと早めに起き出す羽目になった遊女たちは、妓楼の二階から仲の町を見下ろして声を失うこととなる。
小栞廓じゅうの妓楼ではすぐに、あの色男がどの店へ足を運ぶかが扱い草となった。幼い禿は妓楼内がなんとはなしに浮き足立つのを感じてただ騒ぐだけであったが、番頭、引き手に若い衆、飯炊き、お針、番頭新造までが、やれ掃除だと廊下を駆け回ったり、やれ花活けだと座敷を行き来したりで、噂話の花は狂い咲きである。
予め定めてあったのか、追儺の足は迷わず、一軒の茶屋へと向かっていた。座敷持ちと部屋持ち合わせて三十人ほどの小ぢんまりとした店で、名を〈虫屋〉という。女郎屋ではあるものの、身を売るまではしない「酌会席」に商売変えしたのが十年前のこと。働く女郎は同じ遊女でも「あそびめ」とのみ呼ばれる。
帳簿から顔を上げた番頭が、しばらくの間絶句してから「何をしますか、何をしますか、初会ですか?」と声を掛けるのに、追儺は「何度も来ているよ」と返した。
怪訝な顔で番頭が首を捻るのはもっともである。その客、与太を言う性質には見えないが、華やかなこの界隈にあってさえ呼出を凌ぐかというこの器量、一目見たならまず、忘れることなどないはずだ。そこで番頭、客の様子を今一度つぶさに見る。計り知れぬ、それが、この番頭が知り得た追儺のすべてであった。ゆえに、この店がこの人物にふさわしくないことはあっても、その逆は決してないであろうとの結論に達した。
「……で、どのお子さんになさるんで?」
「鈴虫の馴染みなんだ」
追儺が微笑むと、番頭はいよいよどうしたらいいかわからなくなって、眉を「ハ」の字にしてしまう。
「仰るとおりここは〈虫屋〉ですが、うちにゃあそんな名のお子さんはいませんで」
「萩野の鈴虫といえば、この界隈で知らぬ者はいないはずなんだけれど」
「お客人、いったいいつの話をしていなさる。萩野の鈴虫というのはたしかに、いるにはいる。しかしありゃあ、二階にいる遣り手ですぜ」
色男の言いように、番頭は早口でまくし立てた。こちとら廓奉公で方便を立てて早三十年の古強者である。どこで古い噂を聞き及んだやら、二十歳やそこらの若造に新参扱いされてはたまらない。
一方、いると聞いて胸を撫で下ろしたふうの優男。
「それでは遣り手の鈴虫を」
と引き下がらぬ様子に、番頭は声をやや高くした。
「伊達や酔狂もいいですがね、鈴虫の婆さんは今はもう、客取ってねぇんですよ。わざわざあんな皺くちゃのばばあを運んでこなくても、うちにゃあ綺麗どころが揃ってますんでね」
「聞き捨てならないね」形のよい眉を吊り上げて、追儺が番頭に詰め寄る。「老いというのが即ち醜いという意味ではないよ。若いというのも即ち美しいという意味ではない。若くても醜いものは醜いし、老いても美しいものは美しいままだ」
反して、追儺の声は低く鋭くなる。紅の双眸には、剣呑な光が宿っている。
そのようなやり取りが行なわれているものだから、昼見世のさなか、いい見世物である。茶屋の外から野次馬は覗きこんでくるわ、遊女から様子見に差し向けられた禿は何人もうろつくわの大騒動。おっとり刀で件の鈴虫が二階から駆け下りてくるころには、どこから湧いて出たのやらすっかり人垣が拵えられていたのであった。常であればいまだ賑わいがたりないはずの、八ツになるかならぬかの時分である。
「まずは上がっておくんなし」
いかにも遣り手婆といった風情の黒い留袖姿は、追儺の姿を見止めるや挨拶もなしにそう言った。寄る年波のせいか、目は落ち窪み顔じゅうに深い皺が走ってはいるものの、有無を言わせぬ気迫はただのひと言で、番頭、追儺と、群がる野次馬らを黙らせた。
白月追儺は従順に従った。なんの力もない人間――のみならず、老人といってもいい年齢の遣り手婆に、である。里の兄御前たちがこの光景を目にしたなら、顎を外すか寝込むかするかもしれない。それほどまでに、追儺の鈴虫に対するありさまは常軌を逸していたといえた。
鈴虫がつっ転ばしの優男を伴って妓楼の二階へ上がり、自分の部屋に招き入れるまで、遊女や新造がここぞとばかりに囃したのはいうまでもない。
「アレ、そこなる風流人は鈴虫殿の間夫であったかよ」
遊女の一人がそう言えば、取り巻きの新造は忍び笑いを漏らし、禿は甲高い声で笑い転げる。
それに照れたり怒ったりして見せればまだ可愛げもあるのだが、生憎と鈴虫は初心な小娘ではない。うるさそうに手を振っては見せたがそれきりで、留袖の裾捌きも荒々しい。
追儺は追儺で、情人だなんだと囃されても、一向に気にする様子はない。あるかなしかの笑みを唇にたゆたわせ、夢物語のような足取りで鈴虫の後へと続いた。
鈴虫の部屋へ入って襖を閉じても、あまり意味があるようには思えない。ほかの者に先んじて押し合いへし合い、耳をつけて息を押し殺す気配が、追儺にはあからさまであった。障子に耳ありどころの騒ぎではなく、障子ならぬ襖すなわち耳とでもいうべきであろうか。




