第六十話 戦えども
話しは孝雄実たちへと移る。
こちらへ来て早くも一週間が経過している。孝雄実も気が付けばヘルシマシルトンと摸擬戦闘を行えるまでにシンキを利用出来る様に成っていた。
「だが、まだまだじゃな。ほれ、シンキは自然と体が使用してくれる。お主は体をどの様に動かすかを意識するのじゃ」
彼は孝雄実にその様に述べる。しかし彼は孝雄実の攻撃を受ける側に徹している。一切手を出さず徹底して孝雄実に攻撃させているのだ。
「くそー全然当たらねぇ!」
孝雄実は言われた通りに体を動かそうとはしている。しかし、ヘルシマシルトンからすればまったくのお粗末な動きでしかないのだ。
「もう終わりか?だらしがないのぅ」
「はぁ、はぁ。そんな事、言ったって…」
「それでもじゃ、動かせばそれだけ吸収力が高まるのじゃ!ほれ、続けるぞ」
そう言うと彼は孝雄実をいとも簡単に持ち上げる。これがシンキと言う魔力の対極にある物を自在に扱える証左に他ならなかった。
孝雄実とムーレリアの事をヘルシマシルトンは大いに期待を寄せる評価を下したが、此処で問題が生じた。
孝雄実は体に貯め込める分量、器の様な物の大きさが傑出しているのに対し、吸収出来る量が余りにも少なかったのだ。これは人間の特性であると彼は判断している。と言うのも人は眠れば翌日魔力が回復していると言う構造となっていて、普段から吸収できる様な造りには成っていないからだ。
ムーレリアはその逆である。彼女の場合吸収量が余りにも大きく、器が極端に小さいのである。言い換えれば孝雄実はバケツを、ムーレリアは湯呑を持って水を汲んだとする。しかし、水の出処は前者が水道であり、後者は水量の多い滝で水を汲む。その様に置きかえると、どれほど無駄にする事かと言うのがお分かり頂けるだろう。
吸収力はシンキをより多く消費する事で強まる事が分かっている。だからこそヘルシマシルトンは徹底して孝雄実に攻撃させているのだ。そのおかげか少しずつではあるが成長が見られる様に成って来ているのである。
ではムーレリアはどうなっているのか…
「あっ!」
「あー止めないと!とまれー!!」
ムーレリアと白は同じ特性であった。故に此方はカミナが担当することになっている。今彼女たちがやっている事はドミノである。無尽蔵に溜めこまれていた木の板をカミナが出現させると彼女たちに手本を見せる。何も手で置いて行くのではなくシンキを使用しながら丁寧に行う事と命じられている。
今白は倒れ始めた板を止めるべく駆け出して行ったのだ。つまり倒したのはムーレリアと言うことになる。このシンキを使用して、と言うのがミソである。繊細に使用する事により貯め込める大きさを変えようとしているのだ。だからこそ余計に集中力が要求される。
「あーもう限界じゃ!!」
「もう何度目よ、ムーレリア!」
既に何度目かなど回数を言わないところが問題を大きくしている。白はカミナの言い付けを守り慎重にゆっくりと牌を配置している。その為さほど倒れはしないがムーレリアはそうはいかなかった。
「そうは言うがな、私は納得が行かんぞ!」
「いや、それは私もそうだから。それでもやればそれだけ成長するのだからやるべきよ」
カミナが課した事をしていると自然と器が大きくなる事が確認されている。二人も実際にそれを体感している為否定は出来なかった。
「しかしだな、私も孝雄実の様に戦いたい!」
戦闘狂ではないがムーレリアは戦う事が国是の様な場所で育った。その為近くで戦っているのが分かると必然其方へと気が行ってしまうのだ。
「これも鍛錬の一つですよ。ですが、一旦休憩にしましょう」
「わーい」
白だけは元気に子供らしい振る舞いで喜んでいる。しかも鍛錬をとても楽しんでいるのだ。ムーレリアも休憩には賛同するがどうしても今やっている事に納得できなかった。
三人は孝雄実とヘルシマシルトンの摸擬戦を眺めている。それは依然孝雄実が攻撃し続ける展開である。武器は使わず格闘戦である。
「孝雄実は羨ましいなー」
「そう、私はこっちの方が楽しいわ!」
羨ましがるのは勿論ムーレリアである。
「大分動きが様になってきましたね」
カミナは優雅にお茶を飲んで孝雄実の動きをそう評している。これは武術家であった彼女だから分かる小さな動きを評価してのものだ。
「そうなのか、私には昨日も一昨日も動きが変わらない様に見えるのだが」
「私もムーレリアに賛成!どうしてカミナにはその様に見えるの?」
二人にはまったく変化した様には見られなかった。何度拳を、蹴りを突き出し、振り回しても掠りもしていないのだ。唯一なんとなくその攻撃時間が継続しているかなと言う程度であった。
「そうですね。先ずは、孝雄実君の攻撃の鋭さですね。疲れてからの攻撃の鋭さが増していますね。これはシンキの吸収力が向上している証左です。立派に成長していると言う事です。ほら見てください少しずつ動きが良くなっているでしょう」
カミナは成長している孝雄実を眩しそうに眺めている。
「うーん、どうなのかしら。分かるムーレリア?」
白は格闘など夢のまた夢の話しである。彼女は、吸収量は大きいがその容量が小さい。だが戦闘をと考えれば動きが拙いのだ。そこで格闘に秀でているムーレリアに尋ねるのだ。
「そうだな、確かにカミナの言う通り僅かにだが速度が上がっているのかも知れないな。しかし、私には指摘されなければ気が付かないほどだ」
それだけでもムーレリアはカミナの強さを知り得る材料になる。未だに彼女とは対戦した事は無い。しかし、彼女の雰囲気と言動からして強さが判断で来ているのだ。
「さて、そろそろワシも動こうかのぅ」
ヘルシマシルトンは孝雄実の疲労が最大となった時、それを見計らった様にその様に言葉を発する。
「……」
既に孝雄実は言葉を発する余力すらないような状況である。それでも今彼が攻撃しているのは無意識に近いものである。
「聞こえていないのか、まあいい。それでは行くぞ!防がなければ怪我をすることは間違いないからのぅ!!」
その様に言うと彼は孝雄実の攻撃を態と受け流した。そうして孝雄実の体を空けさせて的を生み出す。
それを逃すことなくヘルシマシルトンは拳を突き出しガラ空きとなる右わき腹を狙う。
『まったく、また我を動かそうとするのか…』
意識が朦朧とする中、孝雄実はまたしてもその様な言葉が聞えて来た。それ以後彼の記憶は失われることとなる。孝雄実は彼の攻撃を、左足を後ろに引き体を捻る事で回避する。
「ほう、まさかこれを防がれるのか!面白いのう。いいぞ、さあ、もっと楽しもうではないか!」
彼も孝雄実が聞えた声を耳に出来る事は無い。彼はあくまで孝雄実が力を出したと勘違いをしている。
『少しは手加減して欲しいものであるな。まあ暫く我も楽しませて貰おうか…』
「ねえ孝雄実の様子少しおかしくない?」
「おかしいと言うより明らかに動きが変わったぞ。カミナこの様な事が在るのか?」
それは白が見ても明らかに孝雄実の動きが変わっている事が分かるものであった。当然ヘルシマシルトンが攻撃に移った事で変化が在るのだが、それでも分かるものであった。
「そうね、私もこの様なタイプは初めて見るわね。それにあの人が本気で戦っているなんて信じられないわね…」
カミナの目にも二人が指摘する事に賛成している。しかもヘルシマシルトンをよく知る彼女の言葉を聞いて、孝雄実を見ていた二人は彼に目を向けるのだった。するとカミナの言う通り、彼の表情が真剣な物となっている事が分かった。
「本当だ。お爺さんの顔が真剣だわ」
「うん、あの老人があそこまでの顔をするとはな…」
二人は決して彼の名を呼ぶ事は無かった。
「一体何が起こっておるのかのぅ…」
ヘルシマシルトンは先程から攻撃を繰り出すがその事如くを防がれるか躱される。さらには攻撃を受けそうになり冷やりとする場面が訪れ始めているのだ。彼にとってはまさかの展開である。狙いはシンキの吸収力増大である。疲労が最大になった場面で彼が攻撃をすることで今までと違う動きをさせる。その事でより、シンキを吸収することが出来ると考えていたのだ。
今では彼は本気で対処する他に無かった。それでも冷やりとするのである。故に彼には謎な事態であるのだ。
『もうそろそろいいか。小僧今少し体を鍛えよ。今のままでは存分に戦えぬぞ』
そう気を失っている孝雄実に投げ掛けるのであるが、その声が届く筈が無いことを分かっている。しかし、声はそう言い残して最後の攻撃を行い彼の反撃をモロに受ける事で戦闘は終わりを告げた。
「ぬっ?そうは行かぬぞ、孝雄実君!」
ヘルシマシルトンは彼の強烈な蹴りを躱と一歩踏み込んで拳底を心臓部に叩きつける。正拳突きより威力が劣るため彼はこの攻撃を選択する。しかし、それは無意識下で謎の声があったればこそ戦えていたと言うのを知らなければ、大打撃となる事は必須である。
「あっ!」
「げっ!」
「これは不味いわね…」
戦いを見ていた三人は吹き飛ばされた方角へと駆け出して行った。まさに予想外の展開であった。あの互角までとは言わないが、ヘルシマシルトンが本気でやり合うなどそうあり得はしないとカミナは説明する。それ程の戦いを演じてから一変、いきなり孝雄実が吹き飛ばされるなど誰が想像出来ようか。攻撃した本人もシンキを取り込むと急いで吹き飛ばされた方角へと走り出して行く。
「大丈夫、孝雄実?」
「大事ないか!!」
最初に辿り着いたのは白とムーレリアであった。周辺が草原出会った事が幸いしたのか孝雄実には目立った外傷は無かった。その反面、地面が衝撃を吸収している様な抉れ方を為していた。
「動かしては駄目よ。白ちゃん、ムーレリアさん。先ずはそのまま横に寝かせなさい」
遅れて到着したカミナは一度家に戻り薬草の類を持ってきていた。彼女はそれを拳で握り潰すと孝雄実の口元へと運ぶ。その中からは緑色の液体が滴り落ちる。
だが、気を失っているはずの孝雄実が、液体が唇へと附着した瞬間嫌がる様に頭を動かした。
「二人とも孝雄実君の頭を押さえつけていてね」
「ええ、分かったわ。でもそのー大丈夫なのよね?」
白は動物でもある。匂いには敏感である為にその薬草から醸し出される激臭に疑いを持っている。
「ええ、良薬は口に苦しという言葉もあるわ。孝雄実君には効くはずだわ」
白とムーレリアは効いてもらわなければならないと感じている。押さえつけている孝雄実の震えが尋常ではないからだ。幾ら不味いとはいえこの震え方は信じられない。
「うげぇ!ま、不味い!不味い…」
効果は抜群であった。孝雄実の体内にその液体が注ぎ込まれてから数分と経過していない。彼はその余りの不味さに吐き出さんばかりの行動をとる。
「はいお水よ。決して吐き出さない様にしてね。一気に水で流し込むの」
カミナはそれを予期していたのか直ぐに孝雄実へと水が入るコップを差し出す。
「ありがとうカミナさん…」
受け取ると凄まじい速さで水を流し込む。
「はぁー不味かった…」
未だに彼の口の中では何とも形容しがたい味と臭いが残されている。白なんてその臭いが分かるのか鼻を摘まんでいるのだ。それを見たムーレリアはそれほどの臭いなのかと思ったが確認しようとはしなかった。
「そう、もう一杯飲んでみる?」
「止めてください。本当にあれだけで十分です…」
子供の頃に見た広告のフレーズを思い出すと孝雄実は丁重に断りを入れる。そこで漸くヘルシマシルトンが孝雄実たちの元へとやって来た。
「済まんかったのぅ、孝雄実君。まさかいきなりあの攻撃が入ってしまうとは思わなかったわい」
そう言う彼は本当に悪かったと言う様な表情である。それが分かる白とムーレリアは言葉では一切彼を非難するつもりが無かった。それはあれほどまでに真剣に戦えば、万が一でも攻撃を食らえばこうなる事が予想されていたかのようでもある。
「えっと俺何かしました?」
だがこの一言で拍子抜けする。
「何よ、孝雄実。お爺さんと戦っていた事覚えていないの?」
「いや、俺が攻撃ばかり行っていた時の事は覚えているんだ。でも途中から、そうだな、疲れが激しくなって腕や足が重く感じ始めた頃から記憶が無いんだ」
孝雄実はその様に白へ説明する。これは鮮明ではないが確かに、その辺りからの記憶があいまいであった。彼が認識したのはカミナが煎じて飲ませた薬草の激マズ汁である。
「それであの動きって、老人、カミナさんどう言うことなのでしょう?」
ムーレリアは二人に対しその様に尋ねる。この世界は二人の方が理解している。
「そうじゃな、戦っていたワシが言うのもなんじゃが、正直分からんのぅ。この様な事は初めてなんじゃ」
「そうですね。私も初めての光景です。ですが気を失うことは在りましたよ。ですからあの薬草を常に保管してあるのです」
結局孝雄実の気を失った理由は分からないままであった……
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それでは次話で御会い致しましょう!
今野常春




