第九話 えっ嘘?私が年長者!?
二話連続投稿致します
改稿して原稿用紙一枚分増えてしまいました…
諸侯軍の救済は完璧とはいかなかった。それは二日目、女ボスマリアンが一大集団として集めた賊の奇襲が原因である。その時諸侯軍は二千名近い死傷者を出した。しかし、レイバーグの迅速な対応と孝雄実の魔法により被害は最小限度に抑えられたのであった。
「なあ、いい加減に機嫌を治してくれよ、エレオノーラ…」
孝雄実たちは、一足先に馬上の人になっていた。当然、奴隷として孝雄実の所有となった元賊の女ボスマリアンが馬を操り孝雄実は前に乗っている。エレオノーラはその事が大層不満だったのだ。
話は野営地を出発する時に戻る。全ての功績を返上する代わりに孝雄実はマリアンを手に入れた。エレオノーラは孝雄実に奴隷とすることがどの様なものかを説明していない。事情を知らない彼はどうして彼女が不機嫌になっているのか、その理由を知ることになるのはもっと先の事である。
加えて、出発する際の事も彼女に影響を与えている。
「あんたが、私のご主人様なんだろう?だったら私の前に乗りなよ」
マリアンはエレオノーラの後ろに乗ろうとした孝雄実にその様に喋った。確かに間違いではない、奴隷というものがどう言ったものかを知っていればである。だがその提案を孝雄実は良い方に解釈した。と言うのも、いつもエレオノーラに乗せて貰うのは申し訳ない、という気持ちが在ったからだ。
「機嫌が悪いわけではないわ。普段からこんなものよ」
明らかにご機嫌斜めな状態である。道中、孝雄実が話し掛けるとこんな返答しか返されないのだ。
「分かったぜ。この姉ちゃん焼きもち妬いているんだよ、ご主人様」
マリアンはエレオノーラの図星を突いた。彼女がご主人様と呼ぶことにはすんなりと孝雄実は受け入れていた。
エレオノーラは馬での移動の際は、彼を背中に感じて動くのが当たり前に考える様に成っていた。それを突然、奴隷に奪われたのだ。
「な、ななななっ、何言っているのよ。そ、そんなわけ無いじゃない。そうよ!孝雄実を乗せていたせいかしら、疲れが溜まっていたのよ。丁度良かったわ」
恥ずかしさを誤魔化すべく、思ってもいない事を口に出す。
「うっ、そうだったのか…ごめん気がつかずに。今度からはマリアンに頼むよ。それに馬に乗る練習もしなきゃいけないな」
孝雄実は額面通りに受けとる。そこまで迷惑を掛けていた事に驚いたのだ。
「あっ、孝雄実は、ちがっ『それは大変だよな。ご主人様は、これから私の方に乗ればいい。それに馬に乗るならば私が確りと教えるから安心してよ!』」
エレオノーラは孝雄実の落ち込みに否定しようとしたが、マリアンが割り込んで彼にその様に話した。彼女としては悪気が在って話しに割り込んだ訳ではないが結果としてエレオノーラの否定を打ち消してしまった。
「あっ……」
エレオノーラは機会を失して悔しそうにうつ向き、余計に機嫌を悪く自己嫌悪になる。
一行はオリマッテ・ロットロン男爵の領地へと移動中である。それは生々しい鬼の爪痕が色濃く残る道のりを進む旅路と言う事だ。
「しかし、鬼ってのは凄いな、ご主人様。ここまで暴れるなんて…」
マリアンはその光景に驚いていた。深い森では情報が断片過ぎてまったく想像出来なかったのだ。
「確かに大きかったな。あの時エレオノーラが震えちゃってね、凄く可愛かったよ」
「!?……」
その言葉にエレオノーラは反応した。獲物発見しましたよ、と言わんばかりにマリアンは人の悪い顔をする。勿論孝雄実には見えない。
「へぇーそんなに可愛い姿だったのか姉ちゃん?」
マリアンがお姉ちゃんと呼ぶには訳がある。
「ねえ、どうしてあなたに姉ちゃん呼ばわりされないといけない訳?」
エレオノーラは事あるごとにそう呼ぶマリアンに食って掛かる。これは元賊、故の言葉使いなのかとも考えた。しかし、孝雄実の事はご主人様と呼ぶことで何かが違うのだと考えたのだ。
「だって、姉ちゃんは私よりも年上だろ?」
この言葉には孝雄実も驚いた。出発間も無い頃、皆は距離を測りかねている、そんな時期であった。だが、この会話が意外にも三人の距離を縮める。
「はぁ!ちょっと待ってよ。私はまだ二十一よ。あんたは幾つだって言うのよ?」
マリアンはどう見ても二十代中頃から後半と言った見た目である。
「私は十八だぜ」
その言葉にエレオノーラは二の句が継げなくなる。見た目で自分よりも上だと判断していたのだ。若くて羨ましいとは妙齢の女性が使用する言葉であろう。その若い女性は大人の女をカッコいいと見たりすることがある。彼女はマリアンを後者の目で見ていた。しかし、蓋を開けてみれば自分よりも若いのに、年上の女性の風貌である。余計に腹が立つと言うものだ。
「へぇー俺と一つ違いか…」
「っ!!」
何も言えねぇ、エレオノーラはそんな気持であった。これで、孝雄実とマリアンの距離はグッと縮まったのだ。二人もエレオノーラとの距離も縮まったと感じているが、十代と二十代、僅か一年でも溝を感じてしまうのがエレオノーラの立場であった…
そうやってワイワイとマリアンと孝雄実の会話は続いていく。
「ギャウ?」「ガウ?」
ブラックとホワイトはエレオノーラに抱かれて移動している。二頭ともまるで心配している様な鳴き声である。それに答える様に撫で二頭が気持ちよさそうに答える。
その先も鬼の爪痕は続いている。既に倒したと言う話しは広まっている為か、この通りには元の場所へと戻る人の列が続く。彼等は嘆き悲しむよりも、再建に汗を流すことで悲しみを忘れようとしているのだった。
「うわぁ…」
「これじゃあ先へは進めないわね…」
「まあ無理だよな」
三人が目にしたのは橋の残骸であった。彼等以外にも、この橋が壊されていることで、この場で立ち往生する者が多数見受けられる。
「なあエレオノーラ、あそこで人が集まっているぜ…」
孝雄実が気が付いたのは大男たちが集まっているものだった。明らかに土木関係者の様な体格をした者たちである。
「何もしないでいるよりは良いわね…行ってみましょう」
彼女はそう言うと彼等に近づいた。すると、どうやら橋の再建を話し合っていた。
「だからよ。簡易的にでもいいから、さっさと渡せるようにした方が良いんだって!」
「それは分かっている。だけどなぁ…」
「しかしな、今ここで作業していれば危険すぎるだろ?」
そう言う事を話しているのは職人たちであったのだ。
「あのぅ…何かお困りですか?」
孝雄実はどう入り込んでいいか分からずに、黒いスーツを着込んだ笑った顔が特徴のセールスマン調に声を掛ける。
「なんだぁ…?」
「関係ねぇ奴は黙っていろ!」
当然素人然とした孝雄実が話し合いに首を突っ込んで来たのだ。この様な態度に出ても致し方ない。
「なんだっ」
マリアンは男たちの言葉に思わず反応する。元が賊である彼女はその態度が気に入らなかった。しかし、其れを止めたのがエレオノーラであった。そして話しを彼女が受け継ぐ。
「ご迷惑なのは重々承知です。しかし、お話しが聞こえまして、橋を造ろうとしておられるのですよね?」
「ああ、そうだ」
「では、何故お造りにならないのでしょうか?」
彼女が下手に出ているのは彼等のやる気を削がない為と、問題をややこしくしない為である。
「それはあれだよ。川の水をあの瓦礫が塞いでいるんだ。いつ決壊するか分からねえ中では作業はさせられねぇ…」
そう言われて孝雄実たちは川を見る。すると漸くその事を理解する。鬼が暴れたことで川に架かる橋は崩壊。さらに土砂などがその上に覆いかぶさっているのが光景である。
「成程、鉄砲水か…」
自然災害の多い国、日本に育つ孝雄実は、水に関する被害を良くテレビで目にしていたのを思い出す。山が多く川の流れが急な事でも有名な日本は、一度土砂が川を堰き止めると川下の住民が危険に晒されるのだ。それを取り除こうにも、それはそれで危険な作業なのだ。何処かに川の流れを変えられる用地が在れば話しは別である。しかしその様な場所も資材も無い。つまりはあの堰き止めるものを退かせる事が出来ればいいのだ。
「それじゃあ、俺があれを何とかしますよ」
川の流れを変えずとも、重機が無くともこの世界では何とかなる物が存在する。
『魔法!』
エレオノーラとマリアンは言葉が重なった。
「なんだぁ、兄ちゃん魔法が使えるのかい?」
「はい。俺があの土砂を壊します。そうすれば川の流れも元に戻り、作業を始められますよね?」
差も簡単に言う孝雄実に男たちは訝しんだ。彼等の認識ではそう簡単に魔法を使える訳が無いのだから、孝雄実をそう見るのも仕方が無い事である。
「そりゃまあ、あれさえ何とかなれば直ぐにでも作業に取り掛かれるが……」
恐らくここの棟梁の様な人物が孝雄実に答える、彼の言葉で皆が動くことになるのだ。それを見たエレオノーラがダメ押しを行う。
「申し遅れました。此方は近藤孝雄実準男爵です。準男爵は直ぐにでも此処を渡りたいのです。ですので、貴方がたに協力を申し出ているのです」
準男爵は爵位としては仮貴族と言ったものである。貴族社会ではその様な爵位は平民と変わらないと言う考えだ。しかし、平民の中では立派な貴族である。
「へへー貴族様とは知らずに、御無礼を!」
この場に居る男が突然頭を下げる。身形がどうのよりも先ずは身分である。貴族に対して無礼を働く事の恐ろしさが彼等平民には植え付けられている。
「それでは孝雄実があの堰き止めるものを破壊します。それで宜しいですね?」
「へい、貴族様とは知らずに疑う様な態度をしてしまい、誠に申し訳御座いませんでした!」
後は簡単である。孝雄実が堰を切れば良いだけである。幸いなことに堰を破っても周囲に被害が及ぶような心配をする程の水量ではない事がわかった。孝雄実はそれを確認するとボウガンを用意する。子虎も彼の後ろに立って構える。エレオノーラは何度も見る光景だが、マリアンや他の者は初めてである。そんな事で大丈夫なのかと言う思いだが口には出さない。
「孝雄実は貴方のゴシュジンサマでしょ。なら疑いを持たずに確り見なさい」
そう話す間も孝雄実からは光が生まれ、それが子虎に渡り、さらにボウガンへと流れる。
「あれが魔法なのか?」
マリアンを始めこの国の人間は詠唱しなければ魔法は発現しないと言う認識だ。孝雄実と一緒に居ると当たり前になってしまうが、詠唱破棄がそもそもあり得ない事なのだ。
「そうよ。あれが孝雄実の魔法よ。詳しくは後で話すわね」
「あそこをピンポイントで射抜く…ただ射抜くだけじゃだめだ。どうせなら複数ヶ所同時に同様の力で……こうかな?いや、こうだ…!」
孝雄実は出来る、出来ないと言う話しではではない。こうやってやりたいと言うイメージを膨らませる事が必要なのだ。彼がイメージしたのは、六本の矢を同じ破壊力で等間隔の位置にぶつけると言うものだ。一点だけでは水の力がそこに集中してしまう為に思わぬ被害が生まれるかもしれない。しかし、矢を増やし端から端へと打ち込めば水の威力は拡散される。その様の孝雄実は考えたのだ。
「よし、行けっ!!」
彼は引き金を引いた。すると光はより明るく輝き出す。マリアンはその光景を嫌でも思い出す。貴族を襲撃した時のことである。あの時は忌々しい物であったが、今はこんなにも頼もしいのかと感じていた。
一本の矢が六本に分裂して意思を持つかのように吸い込まれる。その矢は爆発せずに奥まで届くように貫通力を高めた仕様になっていた。その為、遠くで見ていた者はそれが失敗した、と言う思いであった。
だが当の本人は手応えがあった。思った通りに思った位置へと吸い込まれた。暫くすると僅かにだが水が漏れたのだ。つまり、矢は貫通したと言うことである。後は水の圧力が徐々に拡大するのを待つだけである。
「失敗なのか?」
マリアンはそう呟いた。これは男たちの声を代弁していると言っても良い。
「良いから黙って見ていなさい」
エレオノーラはどう言う訳か、孝雄実が何を意図として行っているのかを手に取る様に分かっていた。だからこそ彼女にそう言えたのだ。
近づけば分かるが矢が刺さった穴からは水が滲み出し、その水量が多くなっていく。遂にその水量は土砂が耐え切れずに地響きを生み出す。六か所からは亀裂が、そして遂に限界を迎える。雷鳴とも思わせる凄まじい音が周囲を包みこんだ。溜めこんだ水のパワーによって堰き止めていた土砂を一気に下流へと流し込む。彼は考慮しなければいけない事が在った。それは下流に人が住む場合である。だが、存在しなかった事は幸運と言えよう…
「すっげぇぇ…」
「さすがね、孝雄実」
二人は感動するように、男たちは声を上げて喜んでいた。だが、男たちの仕事は此処からである。
「おいテメェら、貴族様が活路を開いてくれたんだ。このご恩確りと返さにゃならねぇ。不眠不休で仕上げるぞ!」
『おう!』
「お疲れ様、孝雄実」
「お疲れ、ご主人様」
既に男たちは作業に取り掛かっている。木を切り倒す音、加工する音、その部位を橋に掛ける為に力を合わせる男たちの声と、孝雄実に答えるかのようであった。
「ああ、少し疲れたかな…」
気を失わなかったのはそこまでの消費ではなかったという証拠である。
「少し休んでいましょう。どの道、私たちにできる事はないわ」
エレオノーラはそう言うと離れた位置にある場所へと移動した。
休んでいると人がわらわらと近づいて来る。マリアンは何事かと警戒するが二人はそんな彼女を止める。
「貴族様この度は本当に有難う御座いました。これは少ないですがお礼で御座います」
そう言って老人が皆の代表として農作物を差し出した。孝雄実はそうされてもどうするべきか対応に困り、エレオノーラを見やる。その目は貰っておけと言うものであった。
「有り難く頂きます」
この場合、断るよりも貰った方が良いのだと後になって彼女から説明を受ける。彼等は橋を渡らなければ家に帰る事が出来ない。そんな彼等の悩みを一気に解決した孝雄実にはどうしても恩がある。それを返さなければ死んでも死にきれない。この国の宗教がその様に説いているのだ。
作業は僅か一日で完了した。孝雄実の魔法に感化された男たちが突貫工事で造り上げた。
とは言えこれから仕上げを行うが重量に気を使えば、渡れる所にまでは出来上がっている。
「貴族様これで向こうへと渡れます!本当に有難う御座いました」
孝雄実らにそう言って橋を渡って行く。当然橋を造り上げた男らにも声を掛け、中には何かを渡してお礼を述べる者すらいる。
「それじゃあ俺たちも渡ろうか」
孝雄実は二人に言うと行動を開始する。流石に乗っての移動はどうかと、エレオノーラが言うので引いて行く事になった。
渡る直前に会話をした棟梁に出会う。
「これは貴族様。貴方様のお陰で無事に橋を造り直す事が出来ました」
彼がそう言うと他の男衆も彼に続いて思い思いに感謝の言葉を口にする。
「それはよかったです。それにしても凄いですよね。絶った一日で此処まで立派な橋を造るなんて…」
「有難う御座います。しかし、こんなもんではありませんよ。まだまだ立派な作りにしなければなりません!」
孝雄実に褒められて嬉しいのか胸を張って答える。
それからというもの、此処の橋は近藤孝雄実の活躍を後世に伝えるべく『タカオミ』と言う名を付けられたのだ。とかく、この橋を手掛けた職人たちは彼の魔法を後の世にまで伝え残すほどであった……
最後までお読み頂き有難う御座いました。
イヤー遂に御感想いただきました。嬉しいものですね。評価をいただいた時も嬉しさが在りましたが、それ以上に人の声は貴重でありました。自分では見えない点を気付かせていただいた事が重要でした^^
ご感想等お待ちしております。
誤字脱字等ありましたら御一報いただければ幸いです。
それでは次話で御会い致しましょう!
今野常春