表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/11

その⑥ ツノナシ~辻斬り編~

ここは、玉串県(たまぐしけん)柳南市(りゅうなんし)の郊外にある、とある空手道場


古い木造平屋の建物の入り口横には、‘’直接打撃制空手 隆道会館(りゅうどうかいかん) 玉串県支部‘’と書かれた看板が掲げられている



その道場の中で、黒帯を締めた2人の青年が、他の道場生たちが見守る中、組手を始めようとしていた


両者の手には分厚い拳サポーターが着けられ、足にも道着の裾からすね当てが見えているが、顔面には防具なしだ



「中田、ほんとにもう、左肩は大丈夫なんだな?」


「ええ、もうバッチリっすよ、高宮先輩!」



中田と呼ばれた男が、左腕をぶんぶんと回して見せる



「そうか…なら、手加減は無用だな」


高宮と呼ばれた男が、構えをとる


「復帰初日なんで、手加減して欲しいとこっすけど…先輩にそれを言っても、どうせムダでしょ?」


中田と呼ばれた男も、構えをとった



「はじめぇっ!」


審判役の掛け声と同時に動き出し、間合いを詰める2人



「せいっ!」


高宮が、右の下段回し蹴りを放つ


「おっと!」


中田はステップバックしてそれをかわし、そこから一気に飛び込んで右ストレートを顔面に放つ


が、高宮は左に頭を傾けて中田の右拳をかわしつつ、右の重いボディフックを中田の鳩尾に入れる


「ぐぅっ!」


動きが止まる中田


そこに高宮の左中段回し蹴りが直撃する


その場にくずおれる中田



「………参り、ました」


「スピードはそれほど落ちてないが、打たれ強さはかなり落ちてるな」


「………やっぱり、手加減してもらうべきだったっすね…」


高宮と呼ばれた男の一本勝ちだ



この男たち、フルネームを高宮(たかみや)(まもる)中田(なかた)健治(けんじ)という


高宮衛は176センチ85キロ、この隆道会館玉串県支部のエースで、全日本選手権ベスト8に二度入賞した経験のある実力者


中田健治は172センチ74キロ、この道場の実力ナンバー2であり、玉串県警(たまぐしけんけい)柳南警察署りゅうなんけいさつしょの刑事でもある男だ


中田は半年ほど前、とある銀行強盗事件で左肩に犯人の銃弾を受けて負傷し、今日が久しぶりの稽古復帰であった



「気持ちは元気でも、筋肉は正直だ。体が気持ちに追いつくまで、ムリはしないことだな」


そう言いながら、中田の手をとり、引き起こす高宮


「押忍、ありがとうございました」


見守っていた道場生たちから、拍手が上がった





「先輩、例の‘’辻斬り‘’の話、知ってますよね?」


稽古が終わっての着替え中に、中田が高宮に話しかける


「ああ、ずいぶんとハデにやってるみたいだな」



この数ヶ月の間に、玉串県内および近郊の県の実力ある格闘家たちが、夜の路上で何者かに野試合を挑まれ、そのことごとくが、格闘家たちの散々な敗北で終わる、という事件が起こっていた



「実は昨日の夜、‘’矢島(やじま)和久(かずひさ)‘’がやられて、中央病院に入院しました」


「矢島って…あの上杉道場(うえすぎどうじょう)の矢島か?」



玉串県内でトップレベルの総合格闘技ジムである、上杉道場の実力ナンバーワン選手で、地方在住でありながら大晦日のビッグマッチ大会にも参戦して勝利している、あの矢島までもがやられたのか…と、高宮は驚きを隠せなかった



「はい、これまではウチの署も、ただのケンカだからとそれほど重要視してきませんでしたが、さすがにそうも言ってられなくなりました」


「ただ者じゃないな、その‘’辻斬り‘’野郎…」


「…で、先輩に相談なんすけど、」


「…ん?」



「俺といっしょに、‘’おとり捜査‘’をしてもらえませんか?」





次の日の、夜



「いや~、夜はもうだいぶ寒くなってきましたね、先輩!」


「なんでそんなに嬉しそうなんだよ、お前」



高宮と中田の2人が、道場近くの人通りの少ない道を歩いていた



「だって、もしかしたら今夜、例の‘’辻斬り‘’に会えるかも知れないんですから」


「…俺をエサにして釣りの真似事とは、柳南署の刑事はエグいことをするもんだ」



テンションの高い中田とは対称的に、不機嫌そうな声を出す高宮



「まあまあ、‘’あの時‘’の借りを返すと思って、気持ちよく協力してくださいよ~」


「………」



中田の言葉に、自分の左手に視線を落とす高宮



その視線の先には、左手薬指の指輪があった



「…すいません、思い出させちゃいましたね」


「いや、いいんだ」



真面目な顔になった中田を気遣って、高宮は笑顔で言った



高宮衛には、婚約者がいる


そしてその婚約者は、もうこの世の人ではない


いや、厳密に言うと、婚約した時点でもう、この世の人ではなかったのだが



「先輩がその指輪をしてるのを初めて見た時の、道場のみんなの驚いた顔、忘れられないですよ」


「まあ、自分なりの、約束の印みたいなもんだ」


「みんな、なんとなく、触れちゃいけないことだって気づいてるんでしょうね。誰もその指輪のこと、聞いてこないんだから」



と言う中田だが、高宮は知っていた


自分のことを気遣って、中田がみんなに指輪のことを聞くな、と釘を刺してくれていたことを





「先輩!あれ!」


中田の声に、指差す方を見る高宮



50メートルほど先の街灯の下に、黒いパーカーに黒いジャージズボンの男が立っていた


パーカーのフードを深く被っており、顔はよく見えない


身長は、185センチ前後、くらいだろうか



「…いいガタイ、してるな」


「ですね…!」



ゆったりとしたパーカーの上からでも、尋常じゃなく発達した筋肉が、はっきりとわかる


おそらく、体重は100キロを軽く超えているだろう



2人は、ゆっくりとその男に近づいていった


そして、あと10メートルの距離になった時



「隆道会館の、高宮衛だな?」


パーカーの男が問いかけてきた


「ああ、俺が高宮だ」


「俺の用件は、もうわかってるだろう?」


パーカーの男は、両の袖を肘までまくりあげながらそう言った



「どうします先輩?」


と耳打ちする中田に、


「予定通り、でいこう」


と答える高宮



「じゃんけんぽん!」


勝ったのは、中田だった



「俺がヤバいと思ったら、すぐに替わるぞ」


という高宮に、


「先輩の出番はないと思ってください!」


と答える中田



「まずは前座からか…」


パーカーの男が、ぼそりと呟いた





「おい、聞こえたぞ、誰が前座だって?」


そう言いながら、中田は着ていたジャンパーを脱ぎ、戦闘態勢に入る


「おととい、俺が誰を倒したのかを、知らないのか?」


相変わらずフードを深く被ったままで、パーカーの男が言う


「知ってるよ、なんなら、見舞いにも行ってる」


「………ほう?」


「たしかに俺は、矢島和久には勝てないだろうさ」


自虐気味に、中田が言う


「だったら何故、俺とやろうとする?」


「…ただし、それはMMAのリングの上なら、の話だ」


「………ほう」



「路上での隆道空手の実力、教えてやるよ…!」


中田は、構えをとった



「…少しは、楽しませてもらえそうだな」


パーカーの男も、構えをとった





「柳南警察署の中田と申します。矢島さん、すみませんが、ゆうべのことについて聞かせてください」


中田は、柳南中央病院に矢島和久の事情聴取に行った時のことを思い返していた


「…はい、ご迷惑をおかけして、申し訳ありません」


矢島は病室のベッドに横たわったまま、そう答えた


矢島は肋骨3本と右前腕、そして左足のスネを骨折し、全治6ヶ月の重傷だった



「…その、正直言って、あなたをここまで酷い目に合わせるようなやつがいるのか、という感想です」


そう言う中田に、


「…まるで、猛獣のような…とても人間とは思えないほどの、パワーでした」


そう答える矢島


「相手は、どんな技を使いましたか?…その、柔道系なのか、それとも空手系なのか…」


「…正直に言うと、格闘技は素人(しろうと)、という印象でした」


「素人、ですか?」


「道場からの帰り道に声をかけられて、その…ケンカを挑まれました。もちろん、自分はプロ選手ですから、それは出来ないと断ったのですが、問答無用でかかってこられて…」



矢島はそこで、いったん言葉を切って、



「動きや攻撃は、どう見ても素人のそれでした…それなのに、自分の技が何ひとつ通じないくらい、パワーが凄まじかった…あんなやつ、初めてです」


「その、あなたにケガをさせた攻撃は…?」



「…左右の、拳…でした」





「いくぞっ!」


中田が距離を詰める


パーカーの男も踏み込んで、右の拳を振りかぶる


予備動作が大き(テレフォン)すぎだぜ!」


中田の右足裏が、パーカー男の前側の足、左膝に正面から直撃する。カウンターの関節蹴りが決まった!


…が、なんと、はじかれたのは中田の方だった


「なっ?!」


バランスを崩した中田に、パーカーの右拳が襲いかかる


「くっ!」


間一髪で、その拳をかわす中田



「…でかい口をたたくだけのことは、あるな」


「…お前、今ので膝はなんともないのかよ…」



中田の顔に、初めて焦りの色が浮かんでいた





「しゃあっ!」


中田は、キックボクシングの王道コンビネーション、ワンツーからの左ミドルを繰り出す


が、パーカーの男はそれらをよけようともせず、すべてまともに食らいながら、左フックを振り回してきた


「くぅっ!」


かろうじてバックステップで難を逃れたものの、中田の右頬からは血が流れていた。左拳が僅かにかすっていたのだ


「くそっ!」


つむじ風を思わせる素早さで回転し、右の飛び後ろ蹴り、いわゆるローリングソバットを鳩尾(みぞおち)に叩き込む中田


しかし、やはりパーカーの男はよけようともせず、まともにそれを受けるが、はじかれたのは中田の方だった



「嘘…だろ…!」


定番の口癖が出てしまう中田


「…お前の体、どうなってんだ…本当に人間かよ」


右手で頬の血をぬぐいながら、中田は言う


「ワンツーも、左ミドルも、ソバットも、すべてまともにポイントに入ってる…いくら体格差があるからって、ノーダメージってのはあり得ない…はずだ」



有効打は圧倒的に中田が入れているのに、気押されているのは中田の方だった



「…人間じゃ、ないんだろうな」


ぼそりと、パーカーが呟く


「え?」


「いや、こっちの話だ」


そう言いながら、パーカーは構えをとり直す



相変わらず、フードは深く被ったままで、パーカー男の目から上は隠れている状態だ


普通なら、そんな状態で格闘などあり得ないことだが、この男の馬鹿げたタフネスさが、その装いを不可能では無くしていた



「中田!」


高宮が中田に声をかける


「…まさか、替われって言うんじゃないでしょうね…?」


パーカー男をにらみつけたまま、中田が言う


「そうだ、替われ」


上着を脱ぎながら、高宮が中田の前に出る


「まだまだ、これからっすよ…!」


食い下がる中田だが、


「先輩命令だ、替われ」


「………うす」


これ以上逆らうと後が怖いことを、中田はよく知っていた



「やっと、本命のご登場だな」


パーカーが満足そうな声をあげる


「こいつの名誉のために言っとくんだが、実はこいつは病み上がりでな。約半年のブランク明けをしたばかりなんだ。まだまだ本調子じゃないってことは、知っておいてやってくれ」


「先輩…!」


高宮のフォローに、ジーンとくる中田



「………そうか」


パーカー男が、改めて構えをとり直す


「やっと、本命と楽しめるな…」


と、口元から笑みをこぼすパーカーだったが、


「…その前に、」


「ん?」


「…ちょっと、話をしないか?」



意外にも、高宮はそう言った





「話だと…?」


パーカー男は、構えていた拳を下ろす


「お前、どうしてこんな、もったいないマネをしてるんだ?まともに格闘技に取り組めば、いくらでも素晴らしい結果を出せるだろうに…」


「………」


「ルールなしの‘’戦い‘’をしたいから…というわけでもなさそうだ。お前の動きは玄人のものじゃない。ルールに縛られた‘’闘い‘’がイヤになったから…ってわけじゃ、ないんだろう?」


高宮は、静かに問いかけていく


「今から、俺を倒したとして、その次は誰を狙う?いつまで、こんなマネを続けていくつもりなんだ?お前の最終目標は、いったい何なんだ?」


「………」


パーカー男は、何も言わずにいた


「答えてくれ。答え次第によっては、俺はこのまま帰るつもりだ」



「高宮先輩………」


中田は、心底驚いていた


以前の高宮なら、こんな問答など絶対にせず、きっと自分の闘争本能の命じるままに、戦いを始めていただろうからだ



「俺の………目標、か」


パーカー男が、ぼそりと呟く


「そうだ。教えてくれるか?」


「………」


パーカー男は、何も言わずに踵を返した



「おい!」


高宮が、その背中に声をぶつけるが、


「………気持ちが()えた。今夜はここまでだ」


パーカー男は、そのまま歩き出した



「待て!このまま帰すわけにゃ…!」


追いかけようとする中田を、高宮が止める


「先輩!どうして!」


「行かせてやってくれ。頼む…!」


「でも…その、それじゃ…」


空手家としての感情と、警察官としての責任感と、いろんな思いを整理しきれずに焦る中田を、それでも高宮は行かせなかった



そして、パーカー男の姿は、闇の中に消えていった…



「だいじょうぶ、あいつはきっと、また俺の前に現れるさ………」


「………それを信じろ、と?」


確信をもって言う高宮と、納得しきれずにいる中田だったが、



そんな2人に、後ろから近づいてくる人影があった



「今夜は、これで終わり…ですか?」


「………桂子ちゃん」



それは、柳南警察署の鑑識官、沢村(さわむら)桂子(けいこ)だった





「もしも、2人とも‘’辻斬り‘’にやられてしまった場合は、署に応援を要請してくれ、とのことでしたから、今夜はもうお役御免ですよね?」


桂子は、そう言いながら2人の前までやってきた


「中田、こちらは?」


桂子とは初対面になる高宮が、中田に尋ねる


「はじめまして、柳南警察署鑑識課の、沢村と申します」


桂子は、高宮に一礼する



「ああ!あの銀行強盗事件のとき、拳銃を持った犯人と格闘したっていう、とても勇敢な婦警さんですね!お会いしたかったです」


興奮気味に高宮は言う。もちろん、情報源は中田刑事だ


「いえ…そんな」


顔を赤らめる桂子


「………桂子ちゃん?」


そんな桂子の反応に、反応する中田



「あなたのような婦警さんが居てくれたら、柳南市民も心強いです。良かったらぜひ一度、ウチの道場にも出稽古にいらしてください。女子部のみんなも喜びます」


笑顔で言う高宮に、


「………わたしなんかでよろしければ」


さらに顔を赤くしながら答える桂子



「えーと高宮先輩、もう夜も遅いですから、今夜はこのへんでお開きということで!また明日、連絡しますね!」


桂子のリアクションが面白くない中田が、必死で高宮を帰らそうとする


が、



「中田刑事、その前に、お2人に話があります」


桂子がそう言って2人を止める



「あれは、本当に人間じゃないのかも知れません」


とても真剣な表情で、桂子は言った





「その、信じてもらえるかどうか、わかりませんが…」


桂子は、慎重に言葉を選びながら、話し始める


「鑑識官のわたしが言うのはおかしいかもですが、世の中には、まだ科学ではその存在を確認・証明されていないモノたちが、確かに存在していた、という事実があるんです」


桂子のその言葉を聞いて、高宮は2人の直子(なおこ)たちのことを、中田は女子高生の直子と、超能力乳児の坂本(さかもと)きらりのことを思い浮かべていた


もちろん、桂子が言っているのは、‘’隼人(はやと)さま‘’のことだ



「わたしが思うに、あの男は‘’鬼‘’の末裔なのではないか、と」


桂子は、きっぱりと言いはなった



「鬼…か、なるほどな」


高宮が呟いた


「たしかに、あのタフさは、人間のレベルじゃなかったもんなぁ…」


中田も、しみじみと言う


「………お2人とも、やけにあっさりと、わたしの意見を受け入れてくれるんですね?」


逆に驚く桂子


「………まあ、その、」


「俺たちも、色々と経験してて、ね」



もちろん、隼人さまのことは知らない2人だったが、幽霊や超能力者の存在を知っている2人にとって、妖怪の存在を受け入れることは難しくなかった


なにより、たった今、常識はずれのあり得ないタフネスさを、体で、あるいは目の前で、見せつけられたばかりなのだから



「それで、これからどうするんですか?」


桂子が2人に問いかける


「………どうします?先輩」


「………そうだな、」


高宮は、少し考えて、こう言った



「次にヤツが俺の前に現れた時の、ヤツの答え次第…かな」


笑顔でそう言う高宮に、中田と桂子は顔を見合わせ、小さなため息をつくのだった





次の日の、夕方



高宮衛は、柳南市内の新興工業団地の中にある、一軒の小さな鉄工所にやって来ていた


まだ真新しい建物の外壁には、‘’SSF‘’と書かれた、大きな看板が掲げられている



「所長さん、この度は無理な注文を聞いていただき、ありがとうございました」


作業服を着た若い男性に、高宮が言う


「いえいえ、地場のお客様の細かい注文にお応えしてこその、我々中小メーカーですから!」


所長と呼ばれた男が、満面の笑顔で答える



「えーと、代金の請求先は、柳南警察署の刑事課でよろしかったですね?」


「はい、中田という男宛てで、お願いします」


高宮は、そこでニヤリと笑う



「あなた~、どうもお疲れ様です~」


そこに、ベビーカーを押した若い女性がやってきた


「今夜は何時に帰れるの~?あ、すみません、お客様でしたか~」


女性は、高宮に深々と礼をする


「あ、いえ、所長さんの奥様とお子さんですか?…可愛い赤ちゃんですね」


「あら~、ありがとうございます~」


ピンク色のロンパースに身を包み、真っ赤なおしゃぶりを咥えた赤ちゃんが、ベビーカーには乗せられていた



「では、これはいただいていきます。どうもありがとうございました」


所長から荷物を受け取り、高宮は鉄工所を後にした



「すごく逞しい体のお客様ね~、どんな物を注文されたの~?」


奥さんが、所長に質問する


「うん、何に使うのかは分からないけど、これが設計図だよ」


所長が、図面を開いて見せる



「高宮さんは、我がサカモト・スチール・ファクトリーの、記念すべき個人のお客様第1号だ。期待に応えられているといいな…!」


晴れ晴れとした職人の顔で、所長の坂本(さかもと)構一郎(こういちろう)は言うのだった…





その日の、夜



「今夜も、沢村さんがどこかで見てるのか?」



例によって、道場近くの人通りの少ない道を選んで歩きながら、高宮が中田に質問する


高宮は、釣竿を持ち運ぶためのキャリーケースを、肩から下げていた



「はい、一定の距離で尾行してもらってます。いざという時にはすぐに応援を要請するよう、頼んでありますんで」


「そうか…ところでお前、沢村さんとはどうなんだ?」


「………3歩進んで、3歩退がる、ってとこっすかね…」


「ま、頑張れよ」



そんな他愛もない会話を続けていると、



「…先輩!」


「…出たな」



今夜は、赤いパーカーに赤いジャージズボンを身に纏い、


昨晩と同じく、街灯の光の下で仁王立ちしている男が、居た


例によって、パーカーのフードを深く被り、顔は見えない状態だ





「よう、必ず来ると信じてたよ」


高宮が男に声をかける


「………」


男は、何も答えなかった



「さて、答えてくれるか?お前の目的と目標が、どんなものなのか、を」


男の2メートル手前まで来て立ち止まり、高宮は聞いた


「………ただ、どうしようもなく、闘いたい…俺の目的は、それだけだ」


「だったら何故、格闘技のリングを…あるいは武道の舞台を、志さないんだ?」


「………それは、お前には関係ないことだ。知りたければ、俺を倒したら教えてやってもいい」


「………そうか、わかった」



ひとときの、静寂が、あった



「やっ!」


ふいに、高宮は男の間合いに飛び込み、左手でパーカーのフードを跳ね上げた!


そして再び素早く間合いを取る



「………きさま…!」


「…どうやら、沢村さんの予想通り、だったようだな…」



初めて(あらわ)になった、男の顔


その額の真ん中には、直径5センチほどの、大きな(こぶ)があった


まるでそれは、牛が角を落とされた(きずあと)のような…



「妖怪に詳しい人が言うには、お前は鬼の子孫なんじゃないかってことだ。人との交わりを続けて鬼の血が薄まってはいても、まだまだその力は失われていない…さしずめお前は、ツノナシ…ってとこ、かな」


そう言う高宮に、


「この瘤が現れたのは3ヶ月ほど前のことだ…」


パーカーのフードを、やすやすと襟元から引き千切りながら、


「夜になると、この瘤が疼くのだ…そして、たまらなく暴れたくなる…どうしようも、なくだ…」


ツノナシがそう答える


「なるほどな…」



高宮は、肩から下げていたキャリーケースを開ける


「おそらく、お前はいわゆる先祖返り、ってやつなんだろうよ…」


言いながら、高宮はキャリーケースの中身を取り出した


「………ほう、それはいったい、何だ?」


ツノナシが聞く


「人の身で鬼退治をするには、武器が必要だからな」



高宮がキャリーケースから取り出した物、


それは、長さ1メートルほどの、2本の鉄の棒だった





「先輩が、まさか武器を用意するなんて…いや、なるほど、そういうことか…!」


中田はいったんは驚いたようだが、何故か納得した様子だった



「なにが、なるほど…なんですか?」


そんな中田の元に、桂子がやってくる


「桂子ちゃん」


「今日は高宮さんしか闘わないようですので、近くで観戦しようかな、と」


「…それは大正解だと思うよ…!」


「え?」


「きっと、あのツノナシも、桂子ちゃんも…」


中田は、そこでいったん言葉をため、


「空手の奥深さを、知ることになる…!」


確信を持った声で、そう言いはなった



「刀剣ならばともかく、そんなただの鉄棒が、どれだけ役に立つかな…!」


ツノナシは、高宮の武器をまったく脅威に感じていないようだ


「すぐに、教えてやるよ…!」


高宮は、両手に1本ずつ、まるで刀の二刀流のように、その鉄棒を構えた


「この、双龍棍(そうりゅうこん)の恐ろしさをな…!」



言うが早いか、高宮は一気に間合いを詰め、


「しゃあっ!」


右手の鉄棒でツノナシの左腿(ひだりもも)に、左手の鉄棒で右脇腹に、ワンツーフックのように回し打ちを叩き込む


「くっ!」


「そりゃあっ!」


そして三撃目に、右の上段回し蹴りを思い切り叩き込んだ


「ぐっ!」


「まだまだぁっ!」


そして、両の鉄棒を頭上高く振り上げ、2本同時にツノナシの首の両サイド、僧帽筋に真上から叩き込む


「ぐうっ!」


明らかに、効いた様子を見せるツノナシ


「おらあっ!」


間髪入れず、ツノナシの顔面に頭突きを入れる高宮


「がぁっ!」


鼻血を飛ばしながらのけ反りつつも、ツノナシは反撃の右フックを繰り出してきた


が、その右拳は高宮に届かなかった


「なっ?!」



なんと、2本の鉄棒がいつの間にか1本に繋がり、長さ2メートルの(じょう)となって、ツノナシの拳を受け止め、ブロックしていたのだ


「せいっ!」


「ぐふっ!」


そして、高宮はその丈を、真っ直ぐにツノナシの鳩尾に思い切り突き込み、尻餅をつかせた



「…きさま…!」


「どうだ?少しはこの双龍棍の恐ろしさがわかったか?」


高宮は、丈をまるで槍のようにツノナシに向けながら、そう言った



「高宮さんは、あんなに武器術が使えたんですか…!」


驚いた様子で言う桂子


「ああ、…ウチの団体が、毎年12月に全日本選手権をやってるってのは、前に話したよね?」


中田がそれに答えて言う


「高宮先輩は、4年前にベスト8に入賞したんだけど、それで全国の選手たちからスタイルを研究されて、その後勝てない時期が続いたんだ。それで、自分の空手の幅を拡げようと、武器術を熱心に研究していたことがあったんだよ。そのおかげで新しいスタイルを確立して、去年また、ベスト8に返り咲くことができたんだ…!」


「そうだったんですか…」


「でも、あの武器はスゴいな…空手には、トンファーとかサイとか、両手に1つずつ持って使う武器や、棒術みたいなものが伝わっているけど、あれはそれらの要素をどちらも駆使できる、恐ろしい武器だ…!」


興奮気味に、中田は言った



「鉄工所の所長さんにムリを言って、大急ぎで作ってもらったんだ。まだまだこいつの威力を、試させてくれるよな?」


満面の笑顔でそう言う高宮に、


「もちろん、これからが本番だ…!」


ツノナシは、立ち上がりながら答えた





「うおぉぉっ!」


雄叫びを上げながら、ツノナシが高宮に突進してくる


「あまいっ!」


カウンターで、また鳩尾めがけて全力で真っ直ぐに突き込む高宮


「ぐぅっ!」


しかし、ツノナシは自分の鳩尾にめり込んだ双龍棍の先端を、左手で掴みとった


「むっ!」


「くらえっ!」


そして棍の先端を掴んだまま、右拳を高宮に向かって振り上げるツノナシ


「だから、あまいんだって!」


高宮は手元をひねり、双龍棍をまた半分に分け、右手で半棍の1本だけを持ってツノナシの右フックを回避する


「そりゃあっ!」


そして、ツノナシの左前腕を思い切り半棍で打ちすえる


「ぐぅっ!」


ツノナシの左手は一瞬握力をなくし、握っていた半棍を取り落とす


すかさずその半棍を高宮は回収し、再び1本の長棍に接続しなおした



「それっ!」


そして、後ろ回し蹴りの要領でくるりと1回転しながら、長棍でツノナシの両足元をなぎ払う


「ぐあっ!」


見事に足払いがきまり、仰向けに倒れるツノナシ


「せいっ!」


そして高宮は、真上からツノナシの鳩尾に長棍を突き立てる


「ぐふっ!」


「とどめだっ!」


そして、そのまま棍でツノナシを押さえつけつつ、右足の踵を思い切りツノナシの顔面に叩き落とした!


「がぁっ!」


1発、2発、3発、4発……果てしなく続く、全力のストンピング連打


最初は暴れて逃れようとしていたツノナシだったが、徐々にその動きがなくなっていき………



「ストォォォップ!先輩!それまで!それまでぇっ!」


まるでマウントパンチの連打で決着したMMAの試合のレフェリーのように、中田が高宮に抱きつき、その攻撃をストップさせた



5分42秒、レフェリーストップによる、高宮衛の一本勝ち、である





「俺の、完敗だ…」


仰向けに寝転んだまま、ツノナシが呟いた


「いや、この双龍棍がなければ、俺は勝てなかった。素手の相手に武器を使ったんだ、俺は勝ったとは思ってないよ」


そう言う高宮だったが、


「いや、それでも、俺の…負けだ」


ツノナシは、言いながら起き上がって胡坐(あぐら)になる



「お前は、一度たりともその金棒で俺の首から上を打たなかった。本当の全力を出してはいなかったということだ。文句なしの、お前の勝ちだ…」


ツノナシのその言葉に、高宮は頭を掻き、


「少しは、瘤の疼きは治まったか?」


高宮も地面に腰を下ろし、ツノナシに尋ねた


「………どうだかな。明日の夜にはまた、疼きはじめるかも知れんぞ。いま、ここで俺を殺しておくべきではないのか?」


そう言うツノナシに、


「おいおい、あまり物騒なこと言わないでくれるか?」


中田が口を挟んだ



「俺は警察官だ。犯罪者を確保しこそすれ、殺すなんてことは、できない」


「………ならば、俺をどうするのだ?」


ツノナシの言葉に、中田と桂子が顔を見合わせる


「………逮捕したとしても、ややこしいことになりそうですね」


桂子がそう言うのを受けて、


「いいんじゃないのか、帰してやって」


そう高宮は言った



「…先輩、でも…」


「ほら、これを持って帰れ」


高宮は、ツノナシに双龍棍を差し出した


「また暴れたくなった時は、俺に連絡して、これを持って来い。またいつでも相手になってやるよ」


「………いいのか?」


ツノナシが中田を見るが、


「………今のところ、それしかなさそうですね…」


両の掌を上に向け、やれやれのポーズをしながら、中田は言うのだった………





次の日の、夕方



仕事終わりに、行きつけのカフェでアイスティーを飲みながらくつろいでいた高宮の、スマホが鳴る


「お、かけてきたかけてきた…」


待ってましたとばかりに、電話に出る高宮



「あ、先輩!この、俺宛ての請求書は、いったい何ですか?!」


「ん?、そりゃお前、体を張って捜査に協力したんだ、それくらいはしてもらわないとな」


当然だろうと言わんばかりに答える高宮


「いやでも、‘’鉄工製品加工賃と材料費として‘’で、98,500円って…そんな…!」


「早めに支払っておいてくれよ、それじゃな!」


まだ耳元でわめいている中田の声を無視して、高宮は電話を切った



………その2分後、


再び、高宮のスマホが鳴る


「なんだよ、しつこいぞ、お前」


やれやれといった様子で、仕方なく出る高宮だったが、



「………あ、いやすまん、人違いだ」


どうやら、今度の電話は中田からではなかったらしい


「ああ、大丈夫だ。それじゃ、今夜10時に、ウチの道場でな」


そう言うと、高宮は電話を切る



「やれやれ、今夜もまた、‘’鬼退治‘’か…!」



面倒くさそうに、



それでいて、嬉しそうな声で言うと、



高宮は満面の笑顔で、カフェを出ていくのだった…!



~終~

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ