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その④ ロンパースと銀行強盗

『なかたけいじ、わたしがあなたに、なかのじょうほうをおくります。すきをみて、はんにんを、かくほしてください』


いつもとは違う、とても緊張した声で、きらりは言った


「…ああ、わかった。俺が必ず、無事にみんなを救出する!…きらり、頼んだぞ!」


『………』


「…どうした?」



『…はじめて、あなたのことを、たのもしいと、おもいました』


「…それは、すべてが無事に終わってから、面と向かって言ってくれ…!」



必ず、俺が無事に助けてやるからな…!


たとえ、この命にかえても…


俺は、固く硬く、心に誓った…!





「中田刑事、おはようございます」


10時05分


いつもの制服ではなく、白いブラウスと黒いジーンズに身を包んだ、鑑識官の沢村(さわむら)桂子(けいこ)ちゃんが、待ち合わせ場所である柳南(りゅうなん)駅前広場えきまえひろばにやってきた


「…おいおい、今日は‘’刑事‘’はやめてくれよ」


今日はたまたま、2人揃っての休日となっていた。そこで俺は、ダメ元で桂子ちゃんを映画に誘ってみたのだ


…意外にも、返事はOKだった


「…では、なんと呼んだら?」


いやその、そう言われてしまうと…


「…中田刑事、でいいです…」



俺の意気地なし…


こういうところが、俺が彼女ができない理由かもな…なんて思っていると、



「あら~、この前の刑事さんたちじゃありませんか~」


後ろから、なんともほんわかした声をかけられた


振り向くと、この前の空き巣事件の被害者である坂本(さかもと)美里(みさと)が、ベビーカーと共に立っていた。もちろん、そのベビーカーには…



『こんにちは、なかたけいじ。きょうはそちらのかたとでーとですか?』


超能力乳児?である、美里の娘の坂本きらりが乗っていた



「坂本さん!どうもこんにちは~、きらりちゃ~ん、元気かな~」


俺はわざとらしい挨拶をしながら、ベビーカーのそばにしゃがみこみ、きらりに小声で話しかける


「これが、ただのお出かけで終わるか、それともラブストーリーの序章となるか、大事な場面だよ…」


『がんばってくださいね』



坂本きらりは、まだ生後一年に満たない赤ちゃんであるが、なんとテレパシーを使いこなす超能力者である


本人いわく、生後半年のころには日本語をマスターしていたが、声を発して会話をすることがまだ出来ないため、人とコミュニケーションをとりたくて、独力でテレパシーを身につけた、らしい


まあ、そのテレパシーは波長の合う人間にしか届かないようで、今のところきらりと会話ができるのは俺だけ、ということになっている



俺の名前は中田(なかた)健治(けんじ)玉串県警(たまぐしけんけい)柳南(りゅうなん)警察署(けいさつしょ)の刑事だ。趣味は、中学のころから始めた空手


坂本さん親子とは、この前のとある空き巣事件で知り合いになった



『ふふふ、なかたけいじ、このまえのわたしと、きょうのわたしは、ちがうのですよ』


「…なにが?」


『あたまのなかで、すきなすうじを、おもいうかべてみてください』


「え?」


『いいから、はやく』



俺は、自分のいちばん好きな数字を思い浮かべた



『ななひゃくななじゅうなな、ですね』


「…人の心が読めるようになったってことか?」


『まあ、てれぱしーのおうようですね。これで、あなたがわたしのそばにきて、ちいさなこえをださなくても、わたしとかいわをすることがかのうになったわけです』


なんと、テレパシーをレベルアップさせたということか…


『およそ、ひゃくめーとるのきょりまで、だいじょうぶです』


まるで人間無線機だな…


まあ、その能力が活かせることなんて、ないだろうけどな…



「こんど、ぜひお茶でも飲みにいらしてくださいね~、それではまた~」


坂本親子は、そう言って駅前の銀行に入って行った


「あ、そう言えばわたしも、ちょっとATMに行ってきますので」


と桂子ちゃん


「ああ、ここで待ってるよ」



よし、今のうちに、映画の後で行くランチのお店を吟味するか…と思っていた矢先だった



ジリリリリリリリリリリリリ!



銀行の中から、非常ベルが鳴り響いた!



「な、なんだ?!」


同時に、銀行の中から、女性の悲鳴が上がるのが聞こえてくる


銀行で、非常ベルが鳴らされる事態と言えば、1つしか考えられない


駅前広場の敷地の西端、駅に向かって右の端にある柳南駅前交番から、2名の制服警官が走ってくるのが見えた


俺が声をかけるヒマもなく、警官たちが銀行の入り口ドアに手をかけようとしたその瞬間…



ダァァァン!



一発の銃声が鳴り響き、警官たちが突入しようとした入り口ドアのガラスを粉々に撃ち砕いた!


「うわあっ!」


その場に伏せ、這うようにして入り口付近から退避し、無線を打つ警官たち


「至急至急!こちら駅前4号!強盗犯は銃を所持!繰り返す!強盗犯は銃を所持!」


「嘘…だろ…!」



なんと、坂本さん親子と桂子ちゃんがいる駅前銀行が…


銃を所持した強盗に、占拠されてしまったということか…!





~桂子side~



わたしの名前は沢村桂子


玉串県警柳南署の鑑識官


短大を卒業して警察学校を出て、鑑識の仕事に就いて4年。ようやく慣れてきたってところかな


今日は、同じ柳南署の中田刑事から映画に誘われて、ちょうどわたしも観たいと思っていた映画だったので、さあこれから映画館に…というところで、


とんでもないことになってしまった…!



「てめぇっ!よくも非常ベルなんか鳴らしやがったな!」



サングラスとマスク、それにニット帽で顔を隠した強盗犯が、窓口の女性行員にオートマチック式のハンドガンを向けている


「………」


銃を向けられた女性行員は顔面蒼白で、身動き1つ出来ずに固まっていた


先ほど、制服警官2名が突入しかけたが、強盗犯が入り口ドアに向けて発砲したため、撤退した状態だ


銀行内に居た客たちも、最初は悲鳴を上げながら逃げようとしていたものの、犯人が発砲して以降は、静かにその場に立ち尽くすだけだった



「くそったれ…もうサツが来ちまった…!」



犯人の焦りが、こっちまで伝わってくるのを感じる



「おい!お前ら!シャッターを全部閉めろ!外から誰も入れないようにするんだ!早くしろ!」



銀行員たちに銃を向けながら、命令する強盗犯


すぐに、すべてのシャッターが下ろされていき、店舗のすべての出入り口と窓は塞がれてしまった


「おい!お前らもおとなしくしておけよ!ヘンな真似をしたやつは、容赦なく撃ち殺すぞ!」


犯人の怒声に、縮み上がる客たち


非常にまずい状態だ。とにかく、まずは犯人を刺激しないようにしないと…


そして、外と連絡を取りたいところね…



しかしその時、



「ここにいるやつら全員!持っているスマホや携帯電話を出せ!全員、1つ残らずだ!」



…先手を打たれてしまった。でも、まだだいじょうぶ…


「おい、お前!このカバンに全員の電話を集めて回れ!早くしろ!」


非常ベルを鳴らした女性行員に命令する犯人。おとなしく従う、女性行員


本当なら、札束を詰めさせるつもりだったのだろうスポーツバッグに、銀行員や客たちの電話が入れられていく


この建物内の銀行員は5人、客は平日の昼間ということもあって少なく、ざっと10人くらい。全員の電話を集めるのに、たいした時間はかからなかった



「よし、それじゃお前ら全員、そっちの隅に集まって座れ!おかしなことをした奴は、生きて帰れないぞ!死にたくなかったら、何もせずにじっとしてろ!」



客も銀行員たちも、無言のまま犯人の言葉に従う…もちろんわたしも


平日の10時過ぎなので、客は老人や女性ばかりだ…銀行員の中にも、男性は1人しかいなかった


わたしは、意図的に坂本さん親子のそばに陣取った



「………」


坂本さんの奥さんは、涙目になってはいたが、唇を噛み締めるようにして、気丈に恐怖に耐えているようだった


「…だいじょうぶ、何があっても、ママがきらりを守るからね…!」


ベビーカーの取っ手を震える手で握り締めながらそう言う奥さんに、母の強さを見た気がした


「…坂本さん」


わたしは、小声で奥さんに話しかける


「…あ、あなたは…」


わたしは、唇の前で人差し指を立てて、‘’静かに‘’の合図をしておいてから、こう言った



「今から、中田刑事に連絡を取ってみます…!」





~健治side~



とんでもないことになってしまった…!


俺は、とにかく桂子ちゃんと連絡を取ろうと、桂子ちゃんの番号に電話をかけようとして、踏みとどまる


今、桂子ちゃんのスマホを鳴らすのはまずい…!


すべてのシャッターが下ろされて、中の様子がまったく分からない。着信音が鳴れば、中の人質たちを危険にさらす可能性がある


それに、連絡が取れる状態なら、必ず向こうから連絡してくるはずだ…



俺がそんなことを考えていた時、柳南署の方角からパトカーのサイレン音が聴こえてきた


見ると、パトカーが3台と囚人護送車が1台、赤色灯をフル回転させながら、こちらにやって来る


囚人護送車は、こういう事件の際などに、大人数の警察官の移動のためにも使われるのだ



「石原警部!」


俺は、囚人護送車から降りてきた、玉串県警特殊機動班(とくしゅきどうはん)、通称‘’特機(とっき)‘’の班長である、石原(いしはら)政彦(まさひこ)警部に声をかけた


玉串県内で拳銃絡みの事件が起きれば、この人たちの出番。県警本部から駆けつけてくれたのだ



「中田!お前、どうしてここに?」


石原警部は、特殊防弾のフル装備を揺らしながら、こちらに駆け寄ってくる


「人質の中に、柳南署(ウチ)の鑑識課の沢村巡査がいるんです!」


「何だって?!本当か!」


その時だった


俺のスマホの通知音が鳴る


もしかしたら…!



「沢村巡査からです!」


桂子ちゃんからの、LINEメッセージだった



はんにんひとり


はんどがんひとつ


ひとじちじゅうごにんぜんいんぶじ


でんわとられた


はんにんこうふん


とつにゅうはまたれたい





~桂子side~



とりあえず、中田刑事に中の状況は送った


わたしは坂本さんの赤ちゃん、きらりちゃんのベビーカーにうまく隠れながら、中田刑事にメッセージを送ることに成功した


わたしを含め、人質全員のスマホや携帯電話は犯人に奪われてしまったが、わたしは仕事用の支給スマホだけを出し、私物のスマホは隠し持っておいたのだ


あとは様子を見つつ、うまく隙をついて犯人確保に貢献できれば…もちろん、人質たちの人命が最優先だけどね…


そう思っていた矢先だった



「お前!何をしてる!」


犯人の怒声が響く


しまった!見つかった…?


しかしそうではなかった



「この野郎!電話を隠し持っていやがったな!」


犯人に手首を捕まれ、1人の男性が引きずり倒された。唯一の男性銀行員だ。犯人に掴まれた手には、スマホが握られていた


どうやら、わたしと同じことを考えて実行していたらしいが、犯人に見つかってしまったのだ



「この野郎…ふざけた真似しやがって…!」


男性行員の手からスマホをもぎとって、銃を向ける犯人


「ま、まだ、どこにも連絡はしていないです…!」


震えながら、なんとか言葉を発する男性行員


「ちょうどいい…誰か1人、見せしめに撃っておこうかと思ってたところだ…!」


…まずい!



「やめなさい!」


わたしは立ち上がり、声を上げた


「何だてめぇっ!」


こんどは、わたしに銃が向けられる


「外への連絡なら、わたしもしていたところよ」


わたしは、自分のスマホを犯人に見せつけた


「…てめえ…いい度胸してるじゃねえか」


「わたしは警察官です。市民を守る、義務があります。…撃つなら、わたしを撃ちなさい!」


人質を守るためには、これしかなかった


「…警察官だと…!」


犯人の顔色が変わった…顔は見えないけど


「ええ、休日で丸腰の、しかも鑑識官だけど、ね」


「………なるほどな」


犯人の緊張が弛んだのが、わかった



「2人も撃つのは弾丸のムダだ…今回は許しておいてやるよ…」


犯人が銃を下ろすのを見て、わたしの緊張も弛んだ。同時に、膝が震えて倒れそうになったのを、必死でこらえた



もちろん、わたしのスマホも犯人に取り上げられ、外との連絡手段は失われてしまった…





~健治side~



「沢村からの、次の連絡を待つべきか…」


石原警部は、迷っているようだ


「中田!こちらから沢村に連絡をとるのは、やはりまずいと思うか?」


「はい、中の状況がわからない以上、こちらから沢村巡査のスマホを鳴らす行為は、厳に慎むべきだと思います…!」


「…そうだよなあ…」


歯ぎしりする警部



実はもう1つ、中と連絡をとる方法がある


…そう、きらりだ


きらりの新しいテレパシーなら、ここに居ながらにして、あいつと会話ができるはずだ


しかし、さっきから頭の中であいつに呼びかけているのだが、返事がない


おそらく、今は恐怖でテレパシーどころではないのだろう…


そう、ふだん、どれだけ大人ぶったセリフを言っていようと、あいつはまだ1歳にも満たない赤ん坊なんだ…!



その時、俺のスマホの着信音が鳴った!


桂子ちゃんからの、LINEの音声通話の呼び出しだった


「警部!沢村巡査からです!通話です!」


「よし、出てくれ!」


俺は頷いて、応答ボタンをタップする


「…桂子ちゃん?」


できるだけ静かに、そっと呼びかけてみる。向こうの周囲に、声が漏れてはまずいかも知れないからだ


…しかし、



「…お前が、‘’中田刑事‘’ってやつか?」


返事をしたのは、桂子ちゃんではなかった…!





~桂子side~



わたしのスマホを取り上げた強盗犯は、画面をチェックし、わたしが中田刑事に送ったメッセージを読んだ


「‘’とつにゅうはまたれたい‘’…つまり、まだ突入はしないでくれ、ってことだよな?」


「…ええ」


「危ないところだったぜ、とんでもないスパイが紛れ込んでたもんだ…」


そう言いながら、犯人はわたしのスマホを操作し、耳に当てた…これは、発信をしている…?



「…お前が、‘’中田刑事‘’ってやつか?」


「…!」


中田刑事に、電話をかけたのか…!





~健治side~



「こうなった以上、お前が逮捕されるのは時間の問題だ。少しでも早く、大人しく投降して、罪を軽くするのが最善の行動だぞ…!」



とりあえず、俺は教科書通りのセリフを犯人に投げかける


スマホはスピーカーモードにして、石原警部や他の特機の隊員も、この会話を聞いている状態だ



「…それに大人しく従うやつがいると思うか?」


まあ、いないだろうが…


「…なら、お前の要求を聞こう。お前の望みはなんだ?」


「もちろん、逃走に成功して、お縄にならないこと…さ」


「…それは…」


「不可能、だよな?…わかってるさ」


わかっている…だと?


「俺の誤算は、拳銃を取り出した瞬間に、非常ベルを鳴らされちまったことさ…あれで、すべての計画が狂っちまった。もはや、捕まらずに逃げきれるなんて思っちゃいないさ…」


「…だったら…」


「…だからこそ、だ。少しでも長く、娑婆(シャバ)の空気を吸っておいてから捕まりたい…ってのが人情だろう?」


こいつ…!すべてを承知の上で、結果的には無駄な、時間稼ぎだけをしようとしているのか…!


「…ならせめて、人質の中から、老人や女性、子供を解放してもらえないか?中には赤ちゃんもいるはずだ、たのむ…!」


「………」


犯人は、少しだけ考えたようだったが、



「…いや、ダメだ。お前たちが解放して欲しいやつらが残っているほど、俺が有利になる…お断りだな」


このくそったれ外道め…!



「さて、それじゃ俺の要求を言おう…!」


「………」



「いま、この銀行を包囲しているすべての警官たちの、あらゆる装備を解除してもらおう!」





~桂子side~



「いま、この銀行を包囲しているすべての警官たちの、あらゆる装備を解除してもらおう!」


「………」


この犯人は、もう逃げ切ることをあきらめているが、できるだけ長く、捕まるまでの時間を延ばそうとしている…


それは、逃げ切ることをあきらめていない強盗犯よりも、はるかに手ごわく、タチが悪い


「30分、時間をやろう。それ以降に、ひと目で警察官だとわかる服装・装備の人間をここから見かけたら、人質を殺す!パトカーなんかもすべて帰らせておけ!」


犯人の言葉を聞いて、人質たちの間に新たな緊張が波紋のように拡がっていく


「要求としちゃ、簡単だろう?とにかく、警察の制服も装備もすべて脱いで、一般人と同じ格好をしておくんだ!いいな!」


この犯人、往生際は悪いが、頭は悪くない…!どうすれば自分が有利になるかを、よくわかっている…!



「そして2つ目の要求だが、双眼鏡を1つと、全員ぶんの水と食事を用意してもらおう。言っとくが、薬を仕込んでもムダだ。こっちには毒味役がいくらでもいるんだからな…!」





~健治side~



「とりあえず、今のところの要求は以上だ。双眼鏡と食事の準備ができたら、この電話に連絡しろ。いいな!」


そう言って、犯人は電話を切った



「なんてやつだ…!」


石原警部がつぶやく


「もはや逃げ切れないことを分かっていて、なお籠城を決め込むとは…最悪の場合、人質を道連れに心中するってことも有り得るぞ…!」


そんなこと、絶対にさせられない…!


「とにかく、今は犯人の要求に従うしかない!配置済みの全隊員に、犯人からの要求を通達!それと、双眼鏡と食事の手配を依頼してくれ!」


「了解!」


警部の言葉を受け、動き出す特機の隊員たち



「間違いなく、特機の歴史上、最悪の相手だと言わざるを得ないな…!」


警部の歯ぎしりが、周囲に響き渡るようだった





~30分後~



俺は、犯人と連絡をとるため、桂子ちゃんのスマホを鳴らした



「…よう、中田刑事」


「食事と双眼鏡の準備ができたので、電話をかけさせてもらった。要求通り、付近のすべての警官の装備を解除し、警察車両も撤退済みだ」


「ご苦労さん」


「…どうやって、食事を受け渡す?」


「人質の中から1人、受け取りに行かせる。いちおう言っとくが、おかしなマネはするなよ?何かあったら、他の人質が死ぬことになるぞ」


「…ああ、わかっている」


通話が終了し、しばらく待っていると、銀行の正面出入り口のシャッターが1枚、上がり始めた



そして、1人の女性が、姿を現す



「…!さ、坂本さん…!」


そこから出てきたのは、きらりの母親、坂本美里だった…!





~桂子side~



「さて、誰に行ってもらおうか…」


中田刑事との通話を終えた犯人が、人質たちをぐるりと見回した



「…よし、あんたに行ってもらおう」


犯人が指差したのは、なんと坂本さんだった


「…わかりました…」


坂本さんは、小さな声で返事をして、立ち上がる


「待って、受け渡し役なら、わたしが行きます!」


わたしは、そう言って立ち上がるが、


「ダメだ!警察関係者なんかに行かせられるかよ!何を渡されてくるかわかったもんじゃない!」


犯人は、そう言ってわたしに銃を向ける



「…だいじょうぶです、わたし、行きます」


坂本さんは、震える声でわたしにそう言って、


「…きらり、ちょっと待っててね。お母さん、すぐに戻ってくるからね…」


精一杯の笑顔をつくって、きらりちゃんにそう言う坂本さんを見て、わたしは涙が出そうになった



きらりちゃんを見ると、とても緊張した表情で、坂本さんの顔を見ていた


…この赤ちゃんは、非常ベルが鳴った時も、犯人が発砲した時も、泣くことはなかった


もし、きらりちゃんが泣いたりしていたら、犯人を刺激して危険な状態になっていた可能性もあるが、今も、泣きそうな素振りはまったくない


なんだか、まるで今の状況をちゃんと理解して、大人しくしているような…いや、そんなことがあるはずもないのだけれど…



わたしがそんなことを考えている間に、犯人と坂本さんは正面出入り口のシャッター前に移動していた


「わかってるな、あんたが何かおかしなマネをしたら、あんたの赤ちゃんがタダじゃすまないぜ…」


「…わかっています…」


…この外道め…!





~健治side~



坂本さんの姿を見た直後、俺のスマホの着信音が鳴った



「その女に、まずは双眼鏡だけを渡して、銀行内に戻らせろ!」


「…わかった」


俺は双眼鏡を手に取り、坂本さんに近づいていく



「…刑事さん」


「奥さん…みんなは無事ですか?」


「ええ、…早く戻らないと…」


俺は頷き、双眼鏡を坂本さんに手渡した



足早に銀行内に戻っていく坂本さん



「…よし、ではもう一度、さっきの女を行かせる。水と食糧を女に渡せ。さっきの双眼鏡でしっかりと見てるからな、くれぐれもおかしなマネはするなよ…」


「ああ、わかっている」


「何かあれば、最初に死ぬのは赤ん坊だ」


「………」


俺は、怒りで返事ができなかった



戻ってきた坂本さんに、台車に載せた水と食糧を渡し、坂本さんはまた銀行内に戻っていく



そして、また元通りに、シャッターが下ろされたのだった



「…このまま、犯人の言うなりになるしかないのか…っ!」


防弾装備も機動制服も脱ぎ、カッターシャツとスラックスになった石原警部が、奥歯が砕けそうな歯ぎしりを響かせる


「…なんとか、この状況を打開する方法はないか…!」


俺も、爪が掌に突き刺さりそうなほど、拳を握り締めていた



…その時だった



『…なかた、けいじ…』



『…きこえますか、なかたけいじ…!』



きらりからの、テレパシーだった!





「きらり!…お前…だいじょうぶなのか?!」


俺は、思わず声に出して叫んでしまった


「なっ…ど、どうしたぁっ?!」


突然の俺の大声に、すっ転びそうになる石原警部


「あっ…す、すみません、何でもないんです…」


警部のほうは適当に誤魔化しておいて…



「…きらり、お前…みんな…無事か?」


俺は、頭の中で呼びかける


『はい、いま、うちのままが、はんにんのぶんのべんとうを、どくみさせられているところです』


「そうか…弁当や飲み物には何も細工はしてない、安心してくれ…」


『…すみませんでした。もっとはやく、あなたとれんらくをとるべきだったのですが、こわくて、なにもできませんでした』


「そんなこと…」


俺は、まだ一年も生きていない赤ん坊の健気なセリフに、涙が出てしまった


『でも、あのこわがりのままが、わたしのためにひっしできょうふにたえながら、えがおをつくっているのをみて、わたしもゆうきをださなくてはいけない、そうおもいました』


「きらり…!」


『なかたけいじ、わたしがあなたに、なかのじょうほうをおくります。すきをみて、はんにんを、かくほしてください』


いつもとは違う、とても緊張した声で、きらりは言った


「…ああ、わかった。俺が必ず、無事にみんなを救出する!…きらり、頼んだぞ!」


『………』


「…どうした?」



『…はじめて、あなたのことを、たのもしいと、おもいました』


「…それは、すべてが無事に終わってから、面と向かって言ってくれ…!」



必ず、俺が無事に助けてやるからな…!


たとえ、この命にかえても…


俺は、固く硬く、心に誓った…!



きらりの能力を活かして、一刻も早く犯人を確保し、人質たちを無事に救出しなくてはならない


そのためには、素早く銀行内に突入するための手段が必要になる



「警部!もしも、犯人が隙を見せることがあったとして、あのシャッターを素早く突破する方法はありますか?」


俺は石原警部に問いかけた


「俺を、誰だと思っている」


自信満々の表情で、警部が答える



「パニックオープナーを使うしかないだろうな…!」





~桂子side~



「…30分たったな。どうやら、何か薬を仕込んだりはしてないようだ」


犯人は、運び役を務めた坂本さんの奥さんに毒味をさせて、様子を見ていた


「ようし、では、遠慮なくいただくとしよう…!」


毒味済みの飲み物と弁当を持ち、犯人は人質たちとは反対側の隅に移動した



「…もう、こんな物も必要ないな…」


そう言うと、犯人はサングラスにマスク、ニット帽を脱ぎ捨てる


短めの角刈り頭と、ところどころ傷のある、強面の顔があらわになった



「お前たちも、遠慮せずに食え!当分の間は、俺たちは楽しい共同生活を送ることになるんだからよ…」


犯人は笑いながら言うが、弁当に手をつけようとする者は誰もいなかった



…相変わらず油断のない犯人だが、もしかしたら、食事の間にチャンスが訪れるかも知れない


さすがにこの犯人も、食事の間は銃を置いているからだ


あの、銃さえ奪うことができれば…



…その時だった



「ゲホッ…!ぅゲホッ!…ゲホッ!」


犯人が、突然むせて、咳き込んだ


おそらく、食べ物がうっかり気管に入ってしまったのだろうが、


わたしは、瞬間的に動いていた



「…ぅ…てめぇっ!」


わたしが猛ダッシュで銃に飛びつくのと、犯人がわたしの動きに気づいて銃を取ろうとするのが同時だった!


お互いに両手で、銃を掴み合い、振り回し合う


わたしにとって幸運だったのは、偶然にも銃口が犯人の方を向いていたことだった



「この野郎!離しやがれぇ!」


両手で銃を掴んだままの状態から、思い切りヒザ蹴りを脇腹に入れてくる


あばら骨にヒビが入ったのが、自分でもわかった…それでも、離すわけにはいかない



「いいかげんにしやがれっ!」


思い切り、鼻に頭突きを食らわされた


「ぐうっ!」


眼鏡が吹っ飛んで、尻もちをつく。痛みと涙で、前が見えなくなる


…しまった!手を…離してしまった…!



「たいした女だな、お前…!」


眼鏡がないのと涙とでよく見えないが、おそらくわたしは銃を向けられていた



「殺すにゃ惜しいタマだが、だからこそ、殺しておかなきゃ安心できねぇ…!」


…ここまで、か…



その時だった!



ズババババババババババババッ!



ものすごい爆音のような音が、正面出入り口のシャッターから聞こえてきた!


「な、なんだ?!」


犯人がそちらを向いたその時、一瞬で1メートルほどシャッターが上がる


その隙間から、風のように飛び込んでくる人影があった…!





~健治side~



「パニックオープナー…ですか?」


「あれを見ろ」


石原警部が指差す方を見ると、いつの間にか1台の小型消防車が停められていた。銀行の店内からは死角になって、見えない位置だ



「災害時や停電時などに、外からシャッターをこじ開ける手段の1つがパニックオープナーだ。消火ホースからの強力な放水の力によって、電源なしでもシャッターを開けられる仕組みが、たいていの電動式シャッターには備えられているのさ…」


ドヤ顔で説明する警部


「しかし、こうやって消防車を用意していても、突入するためには中の情報を知らなくてはならないからなあ…」



その時だった!



『なかたけいじ!たいへんです!いま、けいこさんとはんにんが、けんじゅうをうばいあって、かくとうになっています!』


「なんだって?!」


『このままでは、けいこさんがあぶない!すぐに、たすけにきてください!』


もう、迷っているヒマはなかった



「警部!今がまさに突入の時です!」


「な、なに?なんでお前、そんなことが…」


「詳しい説明は後でします!沢村巡査が危ないんです!俺を信じてください!」


俺は石原警部のシャツの襟を両手で掴み、互いの鼻がくっつくほどの距離でわめきたてた!



「……………!」


「と、突入ぅーーーっっっ!!!」


警部は右手を高く掲げ、突入の号令をかけた



消防車が、正面出入り口前に横づけされる


消防士が、ホースの筒先を、シャッター横の穴に挿し込む


放水が始まり、一気に水圧が上げられる


少し上がったシャッターの隙間から、サラリーマン姿の特機の隊員たちが手を入れ、一気に持ち上げる


一瞬で、1メートルほどの隙間ができる


俺は、迷わずその隙間から、中に飛び込んでいく


角刈りで強面の男が、俺に銃を向けている


銃声が響いて、俺の左肩から、血しぶきが上がる


それでも、俺は止まらなかった


俺のいちばんの得意技、


右の上段回し蹴りが、強面の顔面を捉える


蹴られたショックで、もう1発、銃声が鳴ったが、


その弾丸は、天井の照明を粉々にしただけだった



「桂子ちゃん!だいじょうぶか?!」


俺は、鼻血を流して尻もちをついている桂子ちゃんに駆け寄った


俺の右上段でノックアウトされた犯人は、特機の隊員たちによって捕縛されている



「…中田刑事こそ、だいじょうぶなんですか?」


鼻血を押さえながら、桂子ちゃんは言う



「え?」



そう言えば…



「…叫びたいくらい、痛いです」



救急車のサイレンの音が、遠くから聞こえてきていた…





「中田刑事、具合はいかがですか?」


桂子ちゃんが、腫れた鼻を隠したマスクでくぐもった声で聞いてくる


「ああ、痛み止めが効いてるから、なんともないよ…左手は動かせないけどね」


俺は病室のベッドに横たわったまま、そう答える



あれから1日が経った


俺は桂子ちゃんと共に救急車で柳南中央病院に搬送され、そのまま弾丸の摘出手術を受け、入院していた



「桂子ちゃんも、あばらの痛み、少しは引いた?」


「…横になってしまうと、起き上がるのが苦痛なので、できるだけ横にならないようにしています」


「あー、わかるわー…」


俺も、過去に試合であばらを折られた経験があった



「あの、」


「ん?」


「まだ、お礼を言ってませんでしたので。助けてくれて、ありがとうございました」


「い、いや、当然のことをしたまでさ」


俺は必死で照れを隠しながら言う



「…ひとつ、気になっていることが」


「え?」


「どうしてあの時、タイミング良く突入に踏み切れたんですか?石原警部は、中田刑事が必死で突入を直訴した、と言っていました」


「あ、いやその、それは…」


…困った、どうしよう…そう言えば、石原警部にも何て説明したらいいんだ…



「あら~お2人さん、お加減はいかがですか~?」


その時、いつものほんわかした声と共に、坂本さんがやってきた



『こんにちは、なかたけいじ』


もちろん、きらりもいっしょだ



「事情聴取がようやく終わりましたので、お見舞いに伺いました~。…あ、でも、お邪魔だったかしら~?」


…いえ、助かりました



『なかたけいじ』


「…なんだ?」


俺は、頭の中で応える


『ほんとうに、たのもしかったですよ』


「あ、ああ」



『…あなたと、てれぱしーがつうじて、ほんとうに、よかった』



「ああ、俺も、そう思うよ…」



ほんの小さな偶然の出会いが、



大きな奇跡につながることもある



俺は、そんな運命に、



ただただ感謝の気持ちで一杯だった…



~終~

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