その③ ロンパースと空き巣事件
『わたしはすべてをみていました。まちがいなく、はんにんは、あいつです』
「…信じて、いいんだな…?!」
『だいじょうぶ、わたしのじんせいにかけて、ほしょうします』
「人生にかけてって…」
「お前、まだ1年も生きてないだろうが…!」
周囲の人間に聞こえないよう声を押さえながら、俺は目の前の赤ちゃんに言い放った…!
俺の名前は中田健治
玉串県警柳南警察署に所属する刑事だ
年齢26歳。趣味は、中学のころから続けている空手
現在、絶賛恋人募集中だ
本日、俺は空き巣事件の現場である、柳南市内の高級住宅街にある一軒家にやってきていた
専業主婦の被害者が、1時間ほど家を留守にした間の出来事だったらしい
「…ええ、夕食の準備にいくつか足りない材料があったので、それを買いに…まさか、その間にこんなことになるなんて…」
被害者である坂本美里は、そう言ってため息をついた
「主人に、なんて言ったらいいのか…」
「仕方ありませんよ、しっかりと施錠はしてらっしゃったんですから…」
俺は、そう言ってなぐさめる
「いえ、そのことではなくて…」
美里は、リビングの奥に置かれたベビーベッドに目をやった
そこには、ピンク色のロンパースに身を包み、ピンク色のおしゃぶりを咥えた、可愛らしい女の子の赤ちゃんが眠っていた。生後11ヶ月だそうだ
「あの子に何もなくて、本当に良かった…でも、主人にはきっと叱られます…」
「ああ…」
ほんの少し留守にするだけだからと、よく眠っていた赤ちゃんを1人だけ家に残しての、外出中の犯行だったんだそうだ
不幸中の幸いというか、美里のアクセサリー類やご主人のノートパソコンなど、金目の物を100万円相当ほど盗まれてしまったが、赤ちゃんはまったくの無事であった
「刑事さん!どうか…主人には、わたしがあの子をちゃんと連れて出ていたことに、してもらえませんか…?」
「いや、その、それは自分からは、何とも…」
俺は、曖昧な返事で誤魔化すしかなかった
「中田刑事!ちょっといいですか?」
現場検証をしていた、鑑識官の沢村桂子ちゃんから声がかかる
「ああ、すぐ行く!」
助かった。俺は逃げるように桂子ちゃんの元へと向かった
「ここから侵入したようです」
鑑識の制服をきっちりと身につけ、黒縁のメガネをかけた桂子ちゃんが、白手袋をした手で1つの窓を指差す。庭に出入りできる、いわゆる掃き出しの窓だ
「なるほど、外から窓ガラスを破って、カギを開けての侵入か…」
その窓は、クレッセント錠の付近が割られていた。極めて原始的なやり口だ。それだけに、犯行の手口から犯人を特定するのは厳しいだろうな…
「坂本さん!…大丈夫かね?!」
玄関の方から声が聞こえた
「まあ、大家さん…お騒がせしてしまって、すみません…」
見ると、美里が玄関口で70前くらいの老紳士を出迎えていた
「…なんだ、借家だったんですね、ここ」
「…こらっ」
ぼそっと言う桂子ちゃんを、こそっと叱る俺
なかなか良いコンビだよな、俺たち…なんて思っていた時だった
『…あいつです…』
「え?」
誰かの声が聞こえた
『あいつが、はんにんです…』
まただ。子供の声だが…子供なんて、ここにはいないはずだが…?
しかも、あいつが犯人って…?
俺は、思わずあたりをキョロキョロと見回してしまった
「…どうかしましたか?」
不思議そうな顔で、俺を見る桂子ちゃん
「いや、いま、子供の声がしただろ?」
「はあ?そんなの、聞こえませんでしたよ」
怪訝そうな表情で、桂子ちゃんは言う
「え?そんなバカな…」
『あなた…わたしのこえが、きこえていますね…』
まただ。間違いなく、誰かの声が聞こえている
『よかった…きこえるひとが、やっとみつかった…』
桂子ちゃんの顔を見るが、桂子ちゃんには聞こえている様子がない
どうやら、俺にだけ、この声は聞こえているようだ
『こっちです、こっち。べびーべっどをみてください』
「え?」
声に従い、ベビーベッドの方を見る
いつの間にか、赤ちゃんが目を覚まし、ベビーベッドの柵につかまり立ちをして、俺の方を見ていた
「あら~きらり~、起きたのね~」
美里が気づいて、近づいてくる
「あらあら、このお兄さんに遊んで欲しいのかしら~。いま、お兄さんはお仕事中だからね~、がまんするのよ~」
なんとものんきなセリフを言う美里
しかし、俺はそれどころではなかった
『そう、わたしです。わたしが、あなたに、はなしているのです』
「…嘘、だろ…?」
以前ハマっていたドラマの主人公の台詞が、思わず口から漏れてしまった
なんと、さっきから俺に呼びかけていたのは、
この赤ちゃんだったってこと…か…!
『もうわかっていることとおもいますが、わたしは、ちょうのうりょくしゃなのです』
『いま、てれぱしーをつかって、あなたのあたまに、ちょくせつこえをおくっています』
『わたしと、はちょうのあうにんげんがいて、ほんとうによかった』
「…マジかよ…」
俺は、つかまり立ちをやめてハイハイの姿勢になった赤ちゃんの顔を凝視しながら、そう呟くしかなかった
以前の俺だったら、なかなか目の前の現実を、受け入れられなかっただろうと思う
しかし最近、「幽霊を目撃する」という、自分のこれまでの人生観が根本からひっくり返るような出来事を経験していたためか、俺の頭は比較的容易に、この出来事を受け入れてしまっていた
『さて、ほんだいです。いま、おおやがきましたが、あいつがはんにんです』
「何だって…?!」
俺は思わず大家の方を見る
大家の老紳士は、また玄関口の方に戻っていった美里と、話をしていた
「…本当なのか?」
俺はベビーベッドに近づき、ひそひそ声で赤ん坊に問いかける
『みていましたから』
「見ていたって…?」
『ままが、げんかんのどあをしめるおとで、めがさめました。それからしばらくして、あのおおやがげんかんからはいってきたのです』
「玄関からだって?」
ならば、あの割れた窓は偽装工作ということなのか…?
『おおやなら、あいかぎをもっていても、ふしぎではありませんからね』
なるほど、それで、自分への疑いをそらすために、偽装工作をしたということか…
『わたしは、あいつのはんこうを、すべてみていました。あかんぼうにみられても、まったくもんだいないと、おもっていたのでしょう。まちがいなく、はんにんは、あいつです』
「…信じて、いいんだな…?!」
『だいじょうぶ、わたしのじんせいにかけて、ほしょうします』
「人生にかけてって…」
「お前、まだ1年も生きてないだろうが…!」
周囲の人間に聞こえないよう声を押さえながら、俺は目の前の赤ちゃんに言い放った…!
俺は本来、どっちかというとボケ役なのだが、今回ばかりはツッコミ役に回らざるを得ないようだ
『さあ、ここからは、あなたのしごとです。がんばって、はんにんを、おいつめてくださいね』
どうやら、やるしかないようだ…!
俺は1人、心の中で気合いの雄叫びをあげていた
「桂子ちゃん、この割られた窓が、偽装工作だっていう可能性はないかな?」
「…はあ?」
桂子ちゃんは、思いっきり不機嫌そうな眼差しを俺に向けた
「何か、そう思う根拠があるんですか?」
「いや、その、あらゆる可能性を、検証しないといけないかな~とか、思ったりしてさ…」
そのジトっとした目に、しどろもどろになってしまう俺
「…そう言えば、気になることが」
「え?」
「割られたガラスの破片なんですけど、室内よりも外の方が量が多いんですよね」
「…どういうことだ?」
「どのくらいの力で叩いたのかにもよると思うんですが…普通は、外からガラスを割ったとしたら、室内の方に多く破片が落ちるはずなんですよね…」
「つまり、本当は別のところから侵入した犯人が、内側から窓を割って、そこから侵入したように偽装した可能性もある…ってことだよな?」
「………」
桂子ちゃんが、黙ったまま俺の顔をじっと見てくる
「ど、どうした?」
「…いえ、中田刑事にしては知的なセリフだな、と思いまして」
この子、俺を脳筋バカとしか思ってないらしい…
『あなたのふだんのしごとぶりが、わかるようなきがします』
やかましいわ0歳児!と、俺は心の中だけで叫んでおいた
「中田刑事!付近の聞き込み、終わりました!」
周辺の聞き込みに回らせていた、制服警官たちが戻ってきた
「お疲れ!…で、どうだった?」
「残念ながら、平日の昼間ということもあって、目撃者はゼロです」
「やっぱりそうか…」
「こちらのお宅は、袋小路のいちばん奥ということもあって、玄関側も、庭側も、周りの家からは見えづらい立地になっていますしね…」
「わかった、どうもありがとう」
目撃証言に頼るセンはダメか…
こうなったら…
「どうもこんにちは、柳南署の中田と申します」
「これはどうも、こちらのお宅の大家の、佐々木という者です」
とりあえず、この大家をつついてみよう…
「刑事さん、早く犯人を捕まえてください。そうしないと、坂本さんが安心して過ごせませんからな」
本当にこの大家が犯人なら、たいした悪党だな…と俺が思っていると、
『ぬすっとたけだけしいとは、こういうことをいうのですかね』
うん、ちょっと黙ってて。たぶん使い方も違うと思うよ
「ええ、全力で捜査をいたします。大家さんにもぜひ、ご協力をお願いします」
「もちろんですとも、こんな年寄りにできることでしたら、喜んで」
『だったら、ぬすんだものをかえしてください、といえないのがくやしいです』
うん、それは俺も同じ気持ちだ
「ではまず、これは皆さんにお聞きしているのですが、今日の午前10時から11時ごろの間は、どちらに居られましたか?」
「ええ、その間は、家でテレビを見ておりましたな」
「失礼ですが、それを証言してくれる方は…」
「おりません。一昨年妻を亡くしまして、それ以来ひとりでおりますもので」
「わかりました。では、その時間帯で、何か気づいたこと、気になったことなどはありませんでしたか?見覚えのない人物や車を見かけたとか…」
「いえ、そういうことも、特になかったですな」
「こちらのお宅には、よくいらっしゃるんですか?」
「まあ、ヒマな年寄りの1人暮らしですからな、わたしはこのあたりに6軒ほどの家を貸しておりますが、専業主婦をされてらっしゃるのはこちらの坂本さんだけでして、たまにお茶に呼んでいただいたりしております」
何度もこの家に出入りしているとなると、残った指紋や毛髪などから侵入を暴く手も使えないな…
『てづまり、といったかんじですか?』
ベビーベッドの近くに戻ってきた俺の脳内に、つかまり立ちをした赤ちゃんのテレパシーが響いてくる
うーん、はっきり言って、そうだ
この大家の家を調べることができれば、盗んだ品物などが出てくる可能性もあるが、現時点でそれをするのは不可能だ…
『しかたありませんね、では、さいごのしゅだんをさずけましょう』
「最後の手段?」
『ええ、これでばっちり、おおやのはんこうをしょうめいできます』
…俺は、猛烈に嫌な予感がした
「…!、おい、それ、本当なのか…!」
『はい、わたしはすべてをみていたのですから』
「…で、もしかして、それは今も…そうだと…?」
『ええ、おそらく、ここにやってきたりゆうは、そのためです』
超能力乳児?である、坂本きらりから授けられた、最後の手段
たしかにそれは、大家の佐々木がこの事件の犯人であることを立証する、動かぬ証拠となるものだった
「…だけど、その証拠を得るには…」
『はい、かなりごういんなしゅだんにうったえるひつようが、あるでしょうね』
「…だよなあ…」
『さあ、あとはあなたしだいです。たまぐしけんけいのけいじのじつりょく、みせてください』
まだ立って歩けもしない赤ん坊が偉そうに言いやがって…などと考えているヒマはない
これはもう、やるしかないな…俺は、覚悟を決めた
俺は、中学に入学すると同時に、自宅最寄りの空手道場に通いはじめた
以来13年、わりと本気で鍛練を積んできたつもりだ
その、空手で培ってきた…
一瞬の間合いの見切りと、手技のスピードを活かすんだ…!
俺は、そっと大家に近づいていった
大家の佐々木は、その年齢にふさわしい、とても紳士的な服装をしている
黒いカッターシャツに、紺色のスラックスを、小粋に着こなしていた
狙いは…
正中線…!
「おおっとぉ!足がすべったぁっ!」
俺はわざとらしい叫び声を上げながら、わざとコケる演技をした
その際、右手の指先で大家のカッターシャツの襟元を引っかけ、すべてのボタンを強引に引きちぎってやった!
「ああっ!すみませぇん!うっかり足を滑らせてしまってぇ!」
アフターフォローもカンペキだ
「…」
一瞬の、静寂の、のち…
「きゃあああっ!」
美里の悲鳴が上がった
「そ、それ…!」
「わたしの…下着です!」
美里の指差す先には…
「こ、これは…その…!」
なんと、すべてのボタンを引きちぎられた大家の黒いカッターシャツの中には、フリルつきの白いブラジャーが着けらていたのだった…!
「…わたしは…美里さんに恋をしておったのですよ…」
柳南警察署の取り調べ室で、俺は佐々木の尋問をしていた
「一昨年に妻を亡くし、寂しい1人暮らしをしていたわたしを、あの人はとても気にかけてくれて、何度も家に招いてくれました…」
「いつの間にかわたしは、あの人のことを好きになってしまっていたのです…」
「しかし、こんな老いぼれが相手にされるはずもない。だが、想いは募る一方…とうとう今日、悪事に手を染めてしまいました…」
俺は、えへん、と咳払いをし、次の質問に移る
「アクセサリーやノートパソコンを盗んだのは偽装で、本当の狙いは、その、ブラジャーだった…と?」
「はい…美里さんの家に合鍵で侵入し、彼女の下着を身につけたとき…まるで彼女と1つになったような…そんな気がしました…」
「リスクがあることはわかっていましたが…どうしても、彼女の下着を身につけたままで、彼女に会いたいという衝動を、抑え切れませんでした…」
うん、途中まで、なんだか良い話みたいになっていたが、ただの変態ジジイだったってことだな…
「刑事さん、このたびは、本当にお世話になりました…」
翌日。俺は坂本家に、事件の顛末を報告しに訪れていた
「まさか…あの大家さんが、わたしのことを、そんなふうに…」
「さぞ、ショックだったでしょうね…」
「…それならそうと、はっきり言ってくだされば良かったのに…」
「…え?」
「あ、いえ、何でもないんです…」
今のは、聞かなかったことにしておこう…
『わたしのおかげで、てがらをあげられましたね』
頭の中にひびいた声に、俺はベビーベッドの方を見た。例によってつかまり立ちをして、ドヤ顔をした赤ちゃんがそこにいた
俺はベビーベッドのそばにいき、しゃがんで赤ちゃんに顔を近づける
「ま、結果的にな。ところでお前、いつからそんななんだ?」
『せいごはんとしのときには、りょうしんのかいわや、てれびのおんせいから、にほんごをますたーしていましたね』
『しかし、まだこえをだすことがちゃんとできませんので、いしそつうのためにと、てれぱしーをますたーしたつもりだったのですが、すべてのにんげんにつたわらないのが、こまりものです』
『このたびは、たまたまあなたにてれぱしーがとどいて、ほんとうによかった』
「…本当だな、お前のおかげでスピード解決になったのは事実だ。これは、そのお礼だ」
俺は、胸ポケットから小さな包みを取り出した
『まあ、ぷれぜんとですか?』
「あらあら、どうもありがとうございます~。きらり~、良かったわね~」
『………』
「気に入ったか?」
『まあ、あなたのせんすでは、こんなものでしょうね』
俺のあげた、新しい真っ赤なおしゃぶりを咥えながら、
憎まれ口を叩きながらも、隠しきれないご機嫌っぷりが見てとれるそいつを、
俺ははじめて、かわいらしいなあ、と思ったのだった…
~終~




