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12話 交渉

 

 この時間帯は連盟員が少なく受付も空いていた。フィンは今朝と同じようにグラニカの前に立ち、依頼達成の証書を手渡した。


「……お疲れ様でした」


 彼女の声は沈んでいた。

 フィンは首を傾げる。むしろお疲れはそちらの方ではないか。そう思うも、指摘はせずに話を進める。グラニカにではなく、何故か彼女の側に立つダーテに向かって言う。


「予定通り三件とも終わらせた。これで文句はないだろ?」

「ふんっ、まぁ期待以上と言っておこう。舐めた口も多めに見てやる……それで、依頼人のキナイ氏はどこだ?」

「重機を片しに行ってる」


 フィンは丘を進むキャタピラダンプを思い出していた。あの重量感のある金属の塊を小柄なキナイが操る姿は、中々忘れられそうにない。


「それは好都合だ」


 ダーテは顎を摩って頷いた。抑揚があり、穏やかな声だった。

 彼から向けられる関心の中にある、今朝のような刺々しさが薄れている。フィンは訝しげに目を細めた。

 フィンの警戒を察したのだろう、ダーテは鼻を鳴らして言う。


「なに、今の内に話しておきたいことがあってね……君のこれからの話だ」

「なんでアンタとそんなこと──」

「私はここの代表だぞ」


 ダーテは被せて言った。彼は咎めるように目を細めて見下ろす。


「これから先、依頼を受注できなくなっても良いのか?」

「こっちは他の支部に行っても良いんだぞ。戦力を失っても良いのか?」


 フィンは顎を上げて言い返した。直球の脅し文句に従う気はない。反射的に反発していた。

 グラニカがオズオズと手を上げる。


「あの……私は書類の整理に移っても良いでしょうか」


 二人に挟まる形になっている彼女は、肩身を狭くしていた。顔色も青ざめているように見える。

 フィンは罪悪感から一歩下がった。

 ダーテはグラニカを見下ろして言う。


「行け」

「失礼します!」


 彼女はカウンターの書類を引っ掴んで離席した。脱兎の如く。一度も振り返らない見事な逃走。フィンは小さな感心を抱いた。

 パタパタと言う足音が届かなくなり、冷たい沈黙が降りる。

 ダーテはグラニカが座っていた椅子を引き、腰掛けた。カウンターに肘を付いて指を組み、一息付くと言う。


「さて、生産的な話に移るとしよう」

「そいつは嬉しいな。女の子を無意味に怖がらせる趣味はないんでな」

「私もそうだ。意味のないことは嫌いだとも」


 言外に、態とグラニカを遠ざけたと言っている。フィンはそう解釈した。ここからは代表自身が対応する程の話題のようだ。

 それにしても、と思う。ダーテの語気が随分と丸くなっている。皮肉染みた語り口や喧嘩腰の圧がない。どういう風の吹き回しなのか。フィンは内心で首を傾げた。

 ダーテは立てったままのフィンを軽く見上げる。


「君を特許連盟員に推薦する」


 彼は前置きもなく淡々と言った。

 特許連盟員──連盟員の中でも特に有益である判断された個人やチームに付与される称号である。

 当然、ただの肩書きではない。それくらいはフィンも連盟に登録する際の書面で知っていた。

 得られるメリットは大きく三つ。依頼の優先受注権。医療施設の費用負担。そして、連盟が差し引く仲介料の減額による、実質的な報酬額の増額。

 戦闘をメインに扱う連盟員にとって、非常にありがたい内容と言えた。


「当然、受けるだろう? お金が必要なようだからね」


 ダーテはしたり顔で言った。

 フィンは微笑みを浮かべる。


「もちろん、断る」


 ダーテの表情が固まる。予想外だったのだろう。フィンは胸が空く思いだった。

 二秒ほどして、ダーテは硬直から回復する。


「……どうしてか聞いても?」


 フィンは外套を開き、纏う紺色の制服を指差す。


「見ての通り俺は学生だ。今は長期休暇のおかげで自由が聞くが、終わればそうもいかない。ノルマの達成は現実的じゃない」


 特許連盟員にもメリットばかりではない。その評価に見合った働きを求められる。分かりやすい判断基準として依頼達成数のノルマが設定されており、月間十件。三日に一つの依頼を熟す計算となる。

 連盟員をメインの働き口としている者なら問題にならない頻度だ。しかしフィンは学生。長期休暇が明ければ、どう頑張っても連盟に顔を出すのは週に二日が限度。それも最大値でだ。

 一日一つの依頼が鉄則である以上、計算ができる人間ならまず頷かない。

 ダーテも理解しているだろう。なら続く言葉は優遇措置に付いてだ。フィンはアタリを付け、ダーテは想像の中を動く。


「当然、考慮する。測定期間を1月から半年まで伸ばそう。六十件と数だけ聞けば途方もないが、一つの依頼を数時間で捌く君のペースなら、問題なく熟せると考えている」


 フィンは今回、一日で三つの依頼を熟している。単純計算で二十日あればノルマ達成に届く。月に四回のペースだ。確かにそれなら都合も付けやすいだろう。

 しかしフィンは首を横に振った。


「“出来るか否か“と、“やるか否か“は別の話だろう。そもそも、俺に旨みが無さ過ぎる」

「報酬額の上乗せでは足りないと?」

「逆だ。金は必要だが行動の制限に比べれば、その価値は大きく劣る。普通の依頼を好きなペースで消化できればそれでいい」


 ダーテの左の眉が跳ねた。想定から大きく外れたといった顔だ。

 フィンは呆れ、ため息を落とした。


「むしろ利益がデカいのはアンタだろ」

「魅力的な戦力だからな」

「それも事実だろうが、もっと欲しいのは時間だろ」


 ダーテは沈黙を選択した。

 否定の言葉がないのを良いことに、フィンは続けて言う。


「キナイさんから聞いてるが、連盟員の予約待ちが多発してるって?……見合った戦力は持っていても、回転速度に難があるってことだろ」

「彼女からそこまで聞いていたか。随分と親しくなるのが、いや、手が早いな」

「手ぬるい挑発じゃ誤魔化せんぞ」


 フィンは鼻を鳴らした。ダーテの真似だ。子供っぽいと思いながらも、やってやると気分が良い。

 ダーテが眉の間に皺を作るのを見下ろしながら、フィンは言う。


「戦力以上に処理スピードが欲しい。だから俺を優遇してまで働かせたい……契約とノルマで縛って、馬車馬の如くにな」

「君なら学生との両立も苦ではないと判断したのだがな……過大評価だったか?」

「さぁな。見積もりが甘かっただけだろ」


 ダーテの取って付けたような挑発も、フィンはさらりと流した。

 フィンにとって金は小目的だ。大目的は開放と自立。家族の下に帰る方法を探しながら、フィンディルの苦悩を晴らす。このゴールに辿り着く為、時間のコントロール権を奪われる訳には行かない。

 フィンの時間を求めたダーテとの交渉が決裂するのは必然だった。


「フィンさん!」


 キナイの声が響いた。振り返ると、彼女は手を楽しげに振ってこちらに向かっている。ダンプや荷物の整理が終わって戻って来たのだろう。

 話はこれで終わりだな。フィンはそう区切りを付けダーテに背を向けた。

 ダーテが小さく言う。


「念のため、もう一度聞いておこうか」

「いらない。“断る“と言った」


 フィンは振り返らずに言った。


「そうか、残念だよ」


 ダーテが立ち上がったのか、椅子を引く軋むような音が響いた。


「本当に、残念だとも」


 笑みを含んだ声が聞こえた。フィンにとって馴染み深い、悪意が紛れ込んでいるような粘着質な響き。想起するのはガキの頃の記憶。ニヤついた男に“仕事をやる“と連れて行かれた大通りで、羽無し(アン・ティー・ガン)だと声高々にバラされ晒し者にされた時のこと。

 フィンはゆっくりと振り返る。


「……おい、何を考えてる」


 ダーテは片頬を上げる笑みで答えた。

 フィンが言葉を付け足す前に、側に来ていたキナイが言う。


「あれ、ダーテ代表じゃないですか。何かお話していたのですか?」

「いやなに、彼が優秀だという話をしていてね」


 ダーテは澄ました顔で言った。

 キナイはニコリと笑みを浮かべて声を弾ませる。


「そうですよね! 私もびっくりしてますっ。もうこの出会いに感謝って感じで──」


 拳を握って力説するキナイに被せるように頷いて、ダーテが言う。


「流石は三大師族、コーマック家の次男だ」


 その声は妙によく響いた。

 フィンは目を細める。偽名で登録していた筈だ。


「アンタ……どこでそれを」

「客観視が不足していたな小僧。それは今もそうだ。私より優先する相手がいるだろう」


 何のことを言っているのか。そう思い、しかし隣に立つキナイが顔を伏せているのに気がつく。

 先程まで喜色満面だったとは思えない、重たい空気。黒く濁った水に沈んだかのような……。


「……キナイさん?」


 キナイは顔を上げない。彼女は口元に手をやって何やらブツブツと呟いている。とても尋常な様子とは思えない。

 フィンは彼女の肩に手をやって顔を上げさせる。


「おい、どうし──」

「コーマック家? フィンさんが?」


 キナイが尋ねた。交差した瞳の奥でジリジリと何かが焦げている。妙な圧を感じながらフィンは答えた。


「……そうだが」

「──ッ」


 キナイは日が昂るように目を見開いた。開ききった小麦色の瞳の奥で、バチリと赤が弾けたように見えた。火打石をぶつけたような──そこから先は真っ白だった。

 気づけばフィンの顔は横を向いていた。キーンッと耳の近くで、しかし遠い音が伸びる。頬に浮かんでくるジリジリとした熱。

 叩かれた。そうフィンは気づき、困惑した。

 どういうことか。そう問い詰めたくてキナイに視線を戻す。


「……ッ……最低っ」


 キナイは正面から睨みつけた。払った自身の手を心細げに握って、震える指先を抑えている。

 言葉を発すればそれだけで彼女を傷つけてしまう。そんな不安にフィンは迷い、重くなった舌に服従した。

 重く澱んだ沈黙の中、キナイの目尻から一雫の涙が溢れていった。


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