第76話 武士の起こり
☆ 公家と武家の境界線 ☆
今更ながら、公家と武士の線引きがわからなくなった。例えば臣籍降下した源経基は武士のイメージないけど、満仲は武士ですよね。(2020/02/03)
別に経基に武勇がないと言ってるのではありません。でも、やっぱり「ただの満仲、武士の始まり」って言いますしね!(2020/02/03)
配下に武士団を置いたということなのかな?(2020/02/03)
南朝は後半みんな武士ですね。二条関白でさえ、具足を着込んで戦場に赴くんですから。(2020/02/03)
☆ 武士団の起こり ☆
今日は承平天慶の乱を起こした平将門の命日。このとき将門を討伐した藤原秀郷、平貞盛、源経基の子孫が軍事貴族として武士の血統となりました。ちなみに将門の外孫(娘の子)平忠常も長元の乱を起こします。この乱を鎮圧するのが経基の孫、源頼信。河内源氏が東国を地盤とする切っ掛けとなりました。(2025/03/25)
平貞盛、源経基、藤原秀郷の子孫が武士の主流になったことを考えると、将門は三人にスゴい箔をつけたということですよね!(討伐されたことで)(2019/11/17)
武士の起こりは複雑ですが、荘園などの発展で自衛武装が必要になり、また、律令下の軍団が縮小・解消される中、地方の反乱を鎮めるために武力を持った地方豪族を取り纏めた軍事貴族が軍事の担い手になったという。もし、公地公民と軍団制が続いていたら、武士という存在は生まれなかったのだろうか?(2024/02/18)
平将門を討伐して栄誉を得た藤原秀郷・平貞盛・源経基の子らが軍事の担い手になって武士団を形成していくのが正にこの時代ですね。源平藤ほどではないですが、藤原純友の討伐で活躍した橘遠保の子らも繁栄しました。楠木正成の祖先とも考えられる人です(2021/08/13)
伊予橘氏の橘遠保だが皇別橘氏に繋げる説もある。承平天慶の乱で藤原純友を捕らえたことで一躍有名となる。伊予橘氏か皇別橘氏かは置いといて、武門の源平藤橘の一角に橘氏を据えたのは遠保の功績。(2022/02/23)
(「光る君へ」の時代の武士は)正確には孫の代ですかね。何れにせよ、将門・純友の乱は、その後の武士社会を作った一大契機。公家絶頂期の時代と、武士団が育っていく状況を二面的に演出するのは非常に面白いと思います(2021/08/13)




