28話(最終章):熊本大震災と藍綬褒章・受賞
だが避難所の外で車中泊していた50~60代の女性3人が静脈血栓塞栓症・エコノミークラス症候群で意識不明の重体となり救急搬送され、他6人が同症候群と診断された。4月18日、車中泊をしていた50代の女性1人がエコノミークラス症候群で死亡し5月15日までに同症候群に罹ったとみられるのは51人となった。その他にも4月26日までに被災住家の屋根修理の際に転落し17人が重軽傷を負っており注意を呼びかけている。
4月16日未明の地震後、避難者は最多で18万3882人に上った。4月19日12時現在、熊本県の避難者は計約11万6900人。5月8日までに熊本市は公民館や公共センター施設など、空調や生活施設などが整備された拠点避難所を市内に延べ21ケ所開設し延べ3600人を収容する予定であった。避難所の環境改善と市立学校の授業再開に目処をつけるため、同日までに学校施設にある避難所を含め58ケ所を閉鎖し集約している。テント村も撤去され、避難所へ住民が入った。
避難所では、布を使いプライバシーを守ろうとした。最初の地震から7ケ月後の11月18日、最後まで残っていた西原村の避難所が閉鎖され、熊本地震による避難者はゼロとなった。2016年6月30日、朝、美紀さんから絹恵さんにパーク24株を3600円で売却の指示があり、全株売れ、税引き後利益が1614万円となった。2人で熊本大地震震災募金に1千万円を送った。
2018年1月25日、朝、美紀さんから絹恵さんに日本電産株を18500円で3千株ずつ売りの指示が入り売りを入れ全株売れ税引き後利益2900万円となった。熊本地震へヤフーネット募金を通じて3千万円を送金した。2018年10月1日、田嶋美紀さんと田嶋絹恵さんが橫浜市内のこども食堂での活動と東日本大震災への7200万円の募金、熊本地震への4千万円と1億円を超える巨額の寄付金により藍綬褒章を11月3日に送られると手紙が届いた。
そこで池添幸夫さんと範子さん夫妻と田嶋好夫と田嶋絹恵夫妻と田嶋美紀さん5人で出かける事にして、男性はタキシードを新調した。女性達は着物を新調して、事前に着物着付け業者と打ち合わせして叙勲当日、11月3日、早朝、家を出て着物の着付けと化粧もしてもらい男性2人はタキシードを着せてもらい会場のホテルにタクシーで出かけた。そして田嶋好夫がスマホのカメラで各自の写真や集合写真を記念に多く撮った。その後、叙勲を終えて自宅に帰った。
その後、お茶を飲みながら、暮れなずむ、夕日を見て田嶋絹恵は今迄の歴史を振り返り、この成功は田嶋美紀さんの知識と的確な指示、田嶋絹恵一家を支えてくれた池添夫妻のお陰だと思い、その場面が脳裏に蘇り、思わず、涙がこみ上げてきた。それを見ていた美紀さんももらい泣きして、「よくここまで、やってこれたね」と絹恵の肩をたたき、田嶋好夫が絹恵の肩を抱いた。(終了)
読破ありがとう、今後のために感想を書いて下さい宜しくお願いします。




