第10話
「いたたた……」
康大は頭をさする。
辺りを窺うとそこは完全な地下だった。それも部屋ではなく、洞窟のような暗い空間で、おそらく先ほどの部屋は、死と智の館(校舎)の1階にあったのだろう。
康大は自分の無事を確認すると、すぐにハイアサースを捜した。
幸いにもハイアサースは手の届く距離に倒れており、あれだけ顔についていた血も綺麗さっぱり消えていた。
それでも動かなければ安心は出来ず、康大はハイアサースの身体を激しく揺する。
「んん……腹減った……」
彼女らしい情けない寝言を言いながら、ゆっくりと目を覚ます。
そこで康大もようやく安心できた。
「ここは?」
「俺にも詳しくは。あの部屋の問題を解いたと同時にここに落とされたんだ」
「問題……そういえば最後花の色で悩んでいたようだが、どうしてそれが分かったんだ?」
「ああ、あれか」
康大はわざとらしく鼻を鳴らし、少し得意気な様子で答えた。
「あの壁には"赤い字"で"毒の花"って書いてあったろ。つまり毒の花も赤い色って事さ」
「改めて聞くと単純な話だったんだな。だがあの状況では、私ではきっと思いつかなかっただろう。ふ、少しは婚約者らしいところを見せたか」
そう言って笑いかけたハイアサースの顔があまりに眩しく、康大は咄嗟に顔を背けた。今さっきあんな醜態を見せたハイアサースに惚気るなど、男として情けなさ過ぎる。
その際、康大の視線があるものを捉えた。
なんだろうと思いそれに近づくと、
「……うげ」
見事なまでの人骨が康大を待っていた。
人骨はそれだけでなく、他にもいくつか無造作に転がっている。
「ここに挑戦した者のなれの果てだろうか?」
「いや、そうだとしたらさっきの部屋に死体が無いのはおかしい。それに――」
康大はおもむろに人骨を持ち上げる。
すると重力に従ってバラバラになるはずの骨が、まるでピアノ線で補強されたかのように丸ごと持ち上がった。
これにはさすがのハイアサースも不自然だと分かる。
「つまりここにある死体は、この館に罠を仕掛けた者が用意したと言うことか」
「そう思う。そして死体を触ることになんら抵抗が無かった自分自身に、ちょっと驚いてる」
数日前なら多少の抵抗は見せただろう。しかし実際に人を殺した上に、ここまで散々人の死を見せられ、感覚が完全に麻痺していた。
ハイアサースは「そんなものか」とだけ言い、肯定も否定もしなかった。こちらもこちらで聖職者ならざる反応だ。
それから2人は黙ったまま、地下の様子を探る。地面はむき出しの岩で、空間を支えるのは人工的な柱ではなく石柱だ。長方形のしっかり区切られた部屋ではなく、掘り返して作られたような場所だった。
そこまで広い部屋ではないので、康大とハイアサースはすぐに室内の全てを見終える。
その結果、明らかに不自然な場所は死体を除き2箇所あった。
まず最初の1箇所は、
「……椅子だよな」
今康大の目の前に並んでいる6脚の椅子である。
洞窟のような部屋には似つかわしくないほど豪華な調度で、現実世界の観点から見ても高級品であることは明らかだった。康大の脳裏に瞬時に玉座の2文字が浮かぶほどである。
もう1つの不可解な点は、その椅子がある場所の壁に掛けられた、巨大な絵画である。
絵画では6人の煌びやかな衣を纏った王らしき人間が、椅子に座っていた。また前回同様、絵画の隅に康大の読めない言語の文字が書かれていた。
康大は早速それをハイアサースに読んでもらう。
「これはフォートラ文字ではないな。ベーシ文字で二段に分かれて書かれている。私としてはこちらの方が得意だから、今回はかなり正確に読めるぞ」
「それは良かった」
「では上から読んでいく。……ふむふむ、最初の方はなにやら箇条書きだな。1つ、王の秘密は誰にも分からない。1つ、全ての王は1人の王のために。1つ、弱き者のために負う傷は王にとって名誉である……以上が上の段に書かれている内容だ」
「下の段は?」
「こっちは文章だな。「王をあるべき場所へ還せ。さすれば新たな扉が開かれよう。しかし、彼の王達をいつまでもうち捨てておく不敬者には、地の底より彼らの家臣が至りて罰を与えるであろう」……と書いてある」
「つまりいつまでもこのままにしておくと、アンデッドが襲ってくるぞって話か」
「そう言うことなら私が返り討ちにしてくれよう!」
「返り討ちにするまでもなく、完全に黙殺されると思うけどな。なにより、謎を解かなきゃ次のステージには行けないんだよ。とりあえず指示通り、死体を集めて椅子に座らせよう」
それから康大とハイアサースは、手分けして人骨を椅子に座らせていく。人骨は全員が特徴的な装飾品や武具をつけており、絵にある生きた王の姿と照らし合わせれば、どの死体をどの椅子に座らせるかは一目瞭然だった。
「今回は簡単だな」と、まるで自分の手柄のようにハイアサースは死体を座らせていく。
だがこの場にある死体を全て椅子に座らせた時、ある致命的な問題に気付いた。
「……死体が1つ足りない?」
「みたいだな」
康大は頷いた。
それほど広い地下室ではない。6体の死体があれば全て見つけられるはずだった。
けれども、この部屋にある死体は5体だけで、どうしても椅子が一脚余ってしまう。言うまでも無く絵画の王は6人いるため、椅子が多すぎたというわけではない。
「ま、まさか死体を1体用意し忘れたのか!?」
「いや、それはないな。そもそもすんなり死体が揃ったら、例の箇条書きの意味がない」
「あれは王としてのあるべき心構えだから、別に今回の事とは無関係だと思うが……」
「そうじゃないのがこういうゲームのセオリーなんだよ。とりあえず探しても無駄だと思うけど、念のため探し忘れが無いかもう一度地下室を見てみよう。探しながら俺は謎を解いてみる」
「分かった」
康大とハイアサースはそれぞれ見落とした死体が無いか探し出す。
ハイアサースは慎重に探していたが、康大はほとんど探してなどいなかった。死体が無いことなど分かりきっている。立ち止まって考えるより、歩きながらの方が頭が働くため、その口実にしたに過ぎない。
(とにかくあの箇条書きの意味から考えないと……)
康大は頭の中で3つの文章を反芻する。
まず、花壇の時のような直接的な意図は見られない。文章の並びにも椅子の並びにも不自然な点はない。ハイアサースがああ言っている以上訳は正確で、言葉遊び的なものでもないだろう。おそらく文字通りの意味として受け取らなければならないはずだ。
(まず1番目から……)
王の秘密は誰にも分からない――。死体に何か秘密が隠されているのだろうか。
康大は椅子のある場所に戻り、着ている服や武具で隠れている場所を覗いてい見たが、別におかしな点はなかった。死体は全身骸骨だ。
(次のやつは……)
全ての王は1人の王のために――。まず頭にルールもよく分からないラグビーが浮かんだ。
(ないな)
頭の中で即否定する。そもそもこのセカイの人間がラグビーを知っているわけがない。何より人数が違う。康大も最低限ラグビーの人数が5人でないことだけは知っていた。
(となると……駄目だ、明らかに関係ないだろうラグビーが頭から離れない。先に最後のやつを……)
弱き者のために負う傷は王にとって名誉である――。言葉通り考えると、死体に何かしらの傷があるということになるが、魔法の力で守られているのか骨には何の傷もなかった。まるで薬品で肉をそぎ落としたかのように綺麗だ。
残念ながら今まで与えられたヒントから、答えらしきものは何一つ浮かばなかった。
命の危険に対する深刻さはこちらの方が下だが、謎のレベルは上のような気がした。
「コータ」
不意に肩に手が置かれる。
振り返るとそこには真剣な表情のハイアサースがいた。
「この謎について、私なりに思いついたことがあるんだ。口で説明するのは難しいし面倒だから、実際にそれをやってみたい」
「……分かった」
康大は頷いた。
その凜々しさとはかけれ離れた、何か突飛なことをやりだすことは考えに難くない。それでも、コウタはハイアサースの好きにさせることにした。
うまくいかないのは、型にはまった考え方が悪いのかもしれない。ハイアサースのような荒唐無稽な人間のアイディアが、正解ではなくとも何かのヒントになるように思えたのだ。
万が一死体や椅子を粉々にするといった無茶なことしようとしたら、その時止めれば良い。それが簡単にできるほど、2人には歴然とした力の差がある。
ハイアサースは頷くと、まず空いている椅子に座った。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「……駄目だったか」
「それだけ!?」
康大は思わず叫んだ。まさかいない王の代わりに自分が座るだけとは。これ以上考えられないほどの安直な結論だ。
ただその一方で、何もしないで考えているだけの自分よりは多少はマシに思える気もした。
「……まあ装置が重さに反応するものだったら、1億分の1ぐらいの確立で上手くいったかもしれないか」
「いや、そういうことを考えてたわけじゃない。ただこの空いている椅子に"せい"と言う字が書かれていたんで、生きた人間が座ればいいんじゃないかと」
康大には模様にしか見えなかったが、どうやらそれは字だったらしい。
「"胸"だったら確実だったのにな」
「お前はすぐそういうことを言う!」
軽口を返した直後、康大はあまりに根本的かつ重要なことを見逃している事に気付かされる。
「……なあハイアサース。俺にはこの世界の文字が読めない。だから聞くが、今言った"せい"と言う字は音……っていても分からないか。他に別の意味も持つのか?」
「ん、そうだな。生きる以外だと生えるとか生まれるとか……」
(となるとこの世界……もしくはこの地域の言葉は※表語文字なのか)
日本語を使うだけあって、文法のそれも現代日本とかなり似通っているらしい。そしてそれすら知らずに今まで謎を解こうとした自分に、康大は寒気すら覚えた。
「そういうことか!」
その事実に気付いた瞬間、今まで全く意味を成さなかった箇条書きの文言が、一気に色を帯び始める。
ハイアサースは康大の突然のひらめきに驚いていたが、同時に頼もしさも覚えた。
「ほう、我が婚約者殿はまた何かしてくださるようだな」
「その言い方止めて! マジで照れるから……」
言いながらいったん椅子に座らせた死体を椅子から降ろし、装飾品や武具をはぎ取ると、
「うりゃ」
平然とその骨を折った。
ハイアサースがしたら止めようとした行為を、逆に自分でしたのだ。
これには、ハイアサースの方が驚く。
「お、お、お、おめえ何すんだべ!?」
「文字通り骨を折っている、かな」
そうつまらないだじゃれで答えながら、同じように他の骸骨の骨も折っていった。
「ああ……罰当たりな……」
「どうせこの死体も王の話も作りもんだろ、さてこれでいいかな」
康大はそれぞれの王から折ってもぎ取った骨のパーツを、1箇所に集める。
必然的に、全ての王はどこかの部分が欠損している状態になった。
ここまでくるとハイアサースにも康大が何をしようとしているか分かってきたが、それでも納得は出来ない。
「お前が全員の骨を集めて、1人分の骸骨を作ろうというのは分かった。それが全ての王は1人の王のために、という文言の意味であることもな。だがその状態はさすがに問題があるだろう……」
「ハイアサースにしてはよくそこまで分かったな。確かにこのままならひどくみすぼらしい。だがこうするとどうなる?」
康大はいったん履がした装飾品や武具を再び装着させる。
すると表面上はどこも欠けていない元の王達が出来上がっていった。
「これは……」
「確かにこんなことを実際の死んだ王様にしたら不敬だ。だがこの王様達の"秘密"は幸いにも"誰にも分からない"。まさか着ている物の下ががらんどうだなんて秘密は、な。さらに俺達みたいな"弱き者"のために、骨を折られるような"傷を負うことは名誉"だと思っていらっしゃる。するとどうなるか」
康大は再び王を椅子に乗せ、最後に余ったパーツで作った完全な裸の王を"生の"椅子に乗せた。
「最後にこの椅子に相応しい新たな王が"生まれる"わけだ。まあ最初から考えてみると妙な話だったんだよ。全然ばらばらにならないが骸骨とか、やたらでかい装飾品とか」
康大が全てを終えると、絵画のある壁が2つに割れ、その先に階段が現れる。位置的にあの花壇の部屋に繋がっていないことは明らかだった。
「今度は危険が迫る前に解決できたな。お前も初対面の時から比べると、役に立つようにはなってきたな」
「そ、そうか!」
「ああ、四つん這いの赤ちゃんが2本足で立てるようになったぐらいには」
「貴様ァ!」
そんなことを言い合いながら、2人は階段をぼ登って言った……。
※その言葉自体に意味がある文字。日本語では漢字が当てはまる。たとえば「火」と「日」は同じ発音だが、意味が全く違う。こういう発音はどうでもよく文字自身が意味を持つ言葉が表語文字。ぎゃくに「ひ」という発音だけ重要で、文字れ自体に全く意味が無い言葉は表音文字という。ここ試験に出ます。




