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3. 後編

バサルク王宮では、侍女たちが首を傾げていた。


「もう午後のお茶の時間ですけれど、ペルラ様は?」


「ディアバス殿下と水路へお出かけになったはずですが……」


「まだお戻りではないの?」


「遅いですわね」


王宮の船着場へ確認に向かう。

二人の小舟が戻っていない。

近衛も王宮内の水路を見て回ったが、小舟の姿がない。



王太子執務室にて。


報告を受けた王太子オーニチェは、険しい顔で立ち上がった。


「二人がいない? いつ出た?」


「昼前です」


ともの者は?」


「お二人だけでした」


オーニチェは少し黙った後、ハッとして顔を上げた。


「待て。今日、すでに一件、行方不明事件が起きているな」


補佐官ピレイはオーニチェを見た。


「……セバスチャンですか」


「そうだ」


オーニチェの顔色が変わった。


「まさかこれは……」


「オーニチェ様?」


「同時多発誘拐事件なのでは……?」


執務室に沈黙が流れた。


「とにかく捜索範囲を広げましょう」


王宮内。水路。下流の集落。そして、古い港。


二人の舟は見つからなかった。


捜索は、ついに沿岸部へ広がった。



その頃、砂浜では。


ディアバスが必死に切り落とした巨大なゲソは、焚き火の上で焼かれていた。

ディアバスがゲソを手際良く切り分けて、枝に刺してペルラに渡す。

キスの後、ディアバスの痺れは完全に消えていた。


「ありがとう。おいしい!」


ペルラは右手におにぎり、左手に焼いたゲソを持ち、交互に頬張った。


「色々あったけど、外で食べるご飯は格別ね!」


ペルラは笑顔でディアバスを見た。


「……まあ、そうだな……」


黒いディアバスは、複雑な表情でゲソをかじった。



同じ頃。

バサルクの別の海岸で、近くの村の人々が騒いでいた。


「巨大イカがいるぞ!」


「白い!」


「王宮が探してるセバスチャンって奴じゃないのか?」


「王宮へ知らせろ!」



ほどなくして、報告がピレイに届いた。


「白い巨大イカを発見しました!」


村の代表の男が言った。


ピレイが少しホッとした表情になる。


「おお、よくやった! まずはセバスチャンが見つかったか!」


村人の顔が曇る。


「それがちょっと変なイカで……足が九本なんです」


「九本?」


ピレイは聞き返した。


「セバスチャンの足は十本だ」


「足が一本足りないので、おかしいとは思ったのですが、やはり違いますか?」


「ああ。我々が探しているセバスチャンとは違う」


ピレイは厳しい顔に戻った。


報告に来た男が尋ねた。


「では、村で食べてもいいですか?」


「構わない。煮るなり焼くなり、好きにしろ」


「ありがとうございます!」


男は元気よく村へ帰っていった。



しばらく後、砂浜にて。

ペルラとディアバスは食事の後、少し休憩していた。

ゲソは大きく、まだ半分以上残っていた。


「ディア、元気出して。きっと助けに来てくれるわ!

私たち、おなかもいっぱいだし、まだまだ大丈夫よ」


「……そうだな」


ディアバスはペルラに微笑んでみせた。


ペルラを無駄に不安にさせてはいけない。

兄オーニチェは必ず探してくれるだろう。そこは自分も疑っていない。

しかし、ここだと分かるまでに時間がかかるはずだ。

それまでの問題は、海の危険生物だ。

さっきの巨大イカは幸い撃退することができたが、次もペルラを守れるか?

もうすぐ日も暮れる。

暗くなったら、この海岸には何が出るのか?

とにかく焚き火は絶やさないようにしないと。

海岸にはあまり燃やせそうな物が見当たらないが、それでも枯れ枝をかき集めよう。


「ペルラ、枝を――」


ディアバスが言いかけた時、ペルラが黄金のおしゃぶりをディアバスの手に乗せた。


「ほら、これ、お守りで持ってていいから」


ペルラが真剣な目でディアバスを見上げた。


ピカーーーーン!


ディアバスの手のひらで、西日を受けて、黄金のおしゃぶりは再び明るく輝いた。



その頃、海で複数の船がペルラとディアバスを捜索していた。


「暗くなってきたぞ! 急いで探せ!」


ピレイが声を張り上げた。


その時、砂浜でキラリと光る物があった。


「何だ、あれは? あの砂浜へ向かえ!」


船は砂浜へ方向を変えた。



船が砂浜に乗り上げるように着けられた。

オーニチェとピレイが砂浜へ降り立つ。


「ディアバス!」


「兄上!」


オーニチェは弟の肩をつかんだ。


「何があった!」


「小舟で寝てたら流された」


「……」


「兄上、申し訳ない!」


「……」


オーニチェが目を閉じた。

そして、もう一度弟を見る。


「無事でよかった」


「……ああ。ありがとう」


ペルラのもとには侍女たちが駆け寄った。

張り詰めていた空気が、一気に緩む。


ピレイも少し離れた場所から、その様子を見ていた。

よかった。

二人とも、大きな怪我はない。


その時、砂浜の端に、白い物体があるのが見えた。


「これは……?」


ピレイが近づく。

焚き火の近く、大きな葉の上に、ぶつ切りにされたイカが積まれていた。


ディアバスが気づいた。


「ああ、それはイカのゲソです」


「……イカ?」


「巨大イカに襲われて、足がペルラに巻きついてきたから、切りました」


「…………」


ピレイの脳裏に、昼間の報告がよぎった。

白い巨大イカ。

足が九本。


「……なるほど」


そしてディアバス殿下が黒いのは、きっとイカの墨がかかったのであろう。


「せっかくだから、切った足は食べました」


「……なるほど、なるほど」


ピレイは微笑んだ。


――見なかったことにしろ、自分! 私は宮廷の魔物と呼ばれる男だ!


「自然保護のため、焚き火は消して、砂浜も元の状態に戻した方がよいでしょう」


ピレイは冷静に言うと、近衛を見た。


「近衛。消火せよ。そして、そこの食べ残しと共に、焚き火跡を砂の中へ埋めよ」


近衛たちが敬礼した。


「ハッ!」


近衛たちの手際良い働きにより、白い巨大イカの痕跡は、たちまち砂の中へ消えていった。




近衛たちが後始末をしている横で、オーニチェは改めて弟ディアバスに目をやった。


「それにしても、お前、ひどい姿だな」


「バサルクバケモノオオイカの墨を浴びました」


「痺れたか?」


「はい。でもペルラのキ……いえ、対処で助かりました」


「対処?」


オーニチェはディアバスに怪訝な目を向けた。


「痺れの作用は約十分で自然に消えるぞ」


「…………」


ディアバスとペルラは顔を見合わせた。


ピレイが笑顔で口を開く。


「まあ、いろいろな言い伝えがありますからね。

お二人が仲良しで何よりです」


「…………」


ピレイは続けた。


「しかし、水路の小舟で二人仲良く昼寝するのは今後慎んでいただきたい」


「すみません……」


ディアバスとペルラは小さくなった。



とあるバサルク貴族の屋敷。


貴族男は、海を望むテラスに座っていた。

手には酒の入ったグラスがある。


日没後の暗い海。水平線のあたりにだけ、細く赤い光が残っていた。


「セバスチャン……」


男はグラスを傾けた。


「……結局、見つからなかったな……」


瞬き始めた星を見上げる。


「お前は、うちの狭いプールから出て、広い海で今ごろ楽しく、のびのびと暮らしているんだろう?」


空も海も静かだった。


「世界中を旅しているのか?」


男は少しだけ寂しそうに笑った。


「たまには、ワシのことを思い出してくれよ」


そのすぐそばでは、妻が赤ちゃんを抱いていた。


「ベビちゃん、お気に入りのおしゃぶり、見つかってよかったわね〜」


ご機嫌な赤ちゃんの口には、黄金のおしゃぶり。

小さなイカの図柄が、テーブルの燭台の光に温かく照らされていた。


「ディアバス様とペルラ様が拾ってくださったんですって」


妻はにこにこと笑った。


「お優しいわね〜」


貴族男は再び夜空を見上げた。


その時、スーッと星が流れた。


男は静かにグラスを傾けた。

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