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1. 前編

ペルラとディアバスは、バサルク王国での結婚式を終えてしばらく経ち、もうすぐムーンストーン王国に戻ることになっていた。


二人は、ムーンストーン王都のベトーラ伯爵家でずっと一緒に育ってきた。

ディアバスは実際はバサルクの第二王子で、ペルラと血のつながりはないのだが、ペルラの実兄がディアバスを弟のように扱い、ペルラの世話をいろいろ頼んできた。

そのため、ディアバスも、自分が家族なのかそうでないのか、微妙な意識のまま今日に至ってしまった。

しかし、そんな二人もとうとう結婚したのだから、人生はわからないものである。


今日は、ペルラとディアバスは優雅に舟遊びをすることにしていた。

バサルク王宮内の水路を、小舟でぐるっと一時間ほど回る計画である。

ディアバスの母国バサルクは、熱帯雨林に覆われた、赤道付近の小さな島国である。

バサルクには水路が張り巡らされており、バサルク王宮でも同様であった。

おすすめのルートは、数日前に、ディアバスの兄オーニチェ王太子にリサーチ済みである。


二人は王宮の船着場から小舟に乗った。

侍従も侍女も、新婚夫婦に気を遣って舟に乗らないようだ。


「ペルラ様、いってらっしゃいませ」


侍女が笑顔でペルラに包みを渡す。


「これは?」


「お昼のおにぎりです」


「ありがとう。外でお昼なんて、すてきね!」


ペルラも微笑むと、手を差し出してきたディアバスに包みを渡した。




二人を乗せた小舟は、静かな水路をゆっくりと進んだ。

巨木の枝が頭上を覆い、涼しい風が通り抜ける。


「あ~、気持ちいい」


ペルラは笑顔で深呼吸した。


「そうだな」


ディアバスも目を細めた。




しばらくすると、ペルラはあくびをした。


「少し眠くなってきたかも……」


昨夜は食事会で、寝たのは遅かった。



「……ペルラ、起きろ」


「んん……」


「ペルラ」


肩を揺すられ、ペルラは目を開けた。


空が広い。


起き上がると――


「海!?」


二人とも寝てしまい、小舟は水路を出て川を流れ、さらに海に出てしまったようだ。



運良く、舟はまもなく砂浜に乗り上げた。


とは言っても。


「ここはどこ?」


「さあな」


ディアバスは舟を先に降りると、浅瀬を歩き、舟を砂浜に引き上げた。

ペルラも舟から砂浜に降りる。

薄曇りで、何だか肌寒い。

あたりを見回す。

少し奥に洞穴があった。低木も生えている。


「とりあえず、雨風はしのげそうだな」


ディアバスはため息をついた。


自分まで寝てしまうなんて、本当にうっかりしていた。

仮にも自分は第二王子、ペルラもこれでも妃である。

行方不明になって、今頃王宮は大騒ぎだろう。


――兄上。こんな間抜けな理由で、申し訳ない。


ディアバスは目を閉じた。




「とりあえず、持ち物を確認するか」


ディアバスは気を取り直して、ペルラを見た。


「俺は短剣。あとは、昼飯のおにぎりな」


ディアバスは、バサルク人の慣習に倣い、短剣はいつも持ち歩いていた。


「私は何も……」


ペルラがしゅんとした。

そのまま何気なくポケットへ手を入れる。


「あら?」


ごそごそ。


「あっ」


パッと顔を輝かせた。


「私も持ってる」


ペルラは得意げに手を差し出した。


「……何だ、これは?」


ディアバスは怪訝な目でペルラを見た。


「黄金のおしゃぶりよ!」


「……それは見ればわかる」


「さっき王宮で落とし物を拾って、後で侍女の方に渡そうと思ってポケットに入れて、そのまま忘れて舟に乗ってしまったのよ。

誰か貴族の赤ちゃんのおしゃぶりかな。なくして、きっと泣いてるわ」


黄金のおしゃぶりには、小さなイカの絵が刻まれていた。


「イカだ!

ディア、イカはどのお家の紋章か、知ってる?」


「いや~、わからないな。そもそも紋章なのか?」


ディアバスは黄金のおしゃぶりを手に取って、まじまじと観察した。


「バサルクはもともと森の民の国だから、貴族の家の紋章は全部、熱帯雨林をモチーフにしている」


「そうなの?」


ペルラはもう一度、おしゃぶりをよく見た。


どう見てもイカの図柄だけど……見ようによっては宇宙人にも見えるかもしれない。

まさか、宇宙人がバサルク王宮に……?


ペルラは頭を振った。


「まあ、まずはおにぎりを食べて腹ごしらえするか」


ディアバスは、混乱している様子のペルラに声をかけた。

かわいそうに、ペルラもあまりの事態にショックで考えがまとまらないのだろう。


「そうね」


二人は砂浜に座った。


ディアバスが包みからおにぎりを出し、ペルラに渡した瞬間――


急に海から、長い物がにゅーっと伸びてきて、ペルラの腕に巻きついた。


「!?!?」


ペルラは固まった。

驚き過ぎて声も出ない。


ディアバスは、残りのおにぎりを一瞬できちんと包み直すと、素早く短剣を抜いた。


ペルラの腕に巻きついているのは、白くて太くて冷たくてブヨブヨした長い物だった。小さな円形の突起も並んでいた。


ディアバスは無我夢中で白い物体を切り始めた。


クニュクニュ。クニュクニュ。


なかなか切れない。


「何だ? これは」


切りながら、ペルラの顔を横目で確認する。


顔面蒼白である。


「ペルラ、しっかりしろ!


くっ……短剣も包丁と同じで毎日研いでおくんだったな」


今さら後悔しても遅いな……と内心冷静になりつつ、ディアバスは短剣で切り続けた。


クニュクニュ。クニュクニュ。


相手が動くので、剣の刃がずれてしまい、余計に切れない。


そのとき、背後の海で、ザアアアアッと大きな波音がした。


ディアバスが振り返ると、そこには大きなイカが立ちはだかっていた。


「うわ!」


ディアバスが叫んだ時、雲の切れ間から太陽の光が差して、黄金のおしゃぶりを照らした。


ピカーーーン!!!


黄金のおしゃぶりが眩しく輝いた。


巨大イカは目がくらんだのか、動きを止めた。


「今だ!」


ディアバスが力任せに短剣を引くと、ついにイカの白い足が切れた。

切り離された白い足から力が抜けて、ペルラの腕からドサリと落ちた。


ディアバスは息を吐いた。


そのとき、急にペルラは両手で顔を覆った。


ディアバスが海を振り返ると、イカが墨を吐いて攻撃してくるところだった。


ディアバスは咄嗟にペルラにおおいかぶさった。

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