第23話「東京湾侵略編⑤ 戦場と化す都市」
西暦2055年4月15日 午前1時02分。
東京都・港区。
新橋駅前にある、再開発途中の高層ビル群。
その一角が、真っ赤な炎に包まれていた。
——爆発音。
地響きのような衝撃と共に、街の構造が崩れていく。
自動車が押し潰され、歩道は割れ、避難途中の市民が散乱する瓦礫に阻まれていた。
「このままじゃ挟み撃ちになる! 第2班、そっちから回れッ!」
陸上自衛隊の隊員が、ヘルメットの下で汗を飛ばしながら指示を飛ばす。
しかし、声が届くより先に——黒い影が、建物の上から降ってきた。
「——っ! 回避——!」
叫びと同時に、地面が抉れる。
敵兵器。
巨大な外殻。柔軟かつ質量のある四肢。
動きはまるで“生きている”かのようにしなやかで、反応が早すぎた。
◆
東京都・芝浦。
避難中の市民たちが、封鎖された湾岸道路で立ち往生していた。
後方には黒煙。前方には無数の車列。
逃げ場が、ない。
「……誰か、助けて……」
老夫婦の声が、夜の騒音にかき消される。
その時。
轟音。
上空を低空で通過する輸送ヘリが、サーチライトを照らす。
「この場にとどまってください! 救援部隊が到着します!」
機内から吊り下ろされた拡声器の声が響く。
だが、その下——ビルの隙間から現れた“影”が、光を跳ね返した。
敵兵器。
今度は複数。
湾岸沿いの入り組んだルートを、獲物を探すように進んでくる。
◆
東京第7防衛区域——訓練施設。
鳴瀬隼也は、格納庫の前で立ち尽くしていた。
彼の視線の先、滑走路のはるか向こうに、空が赤く染まっていた。
「まさか……ここまで来るとはな」
訓練基地の副官が、吐き捨てるように言った。
「湾岸部はすでに突破された。こっちの施設も避難対象になるだろう」
「避難、ね……」
鳴瀬は、握った拳をほどかずに言葉を返す。
「どこに逃げたところで、あいつらの進軍を止められなきゃ意味ねぇだろ」
「……お前、まさか」
「まさかもクソもあるか。俺たち、“航空宇宙軍”って名前ついてるんだぜ?」
誰かが笑うような、あるいは諦めたような息を漏らした。
◆
市ヶ谷・防衛省。
地下指令室では、すでに最終防衛ラインの見直しが始まっていた。
「都心南部の一部区域、すでに戦闘区域と認定。住民避難率、50%未満」
「被害規模は想定以上。敵兵器の装甲が従来兵器の火力を上回っている……」
ホログラム地図に、東京全域が赤く染まりつつあった。
東郷官房長官は、眉間に深くしわを寄せたまま言う。
「総理、これ以上の損害拡大を防ぐには、新たな戦力の投入を検討すべきかと」
吉岡圭吾総理は、無言で資料に目を通していたが——やがて、口を開いた。
「“旧式機再起動計画”——準備状況は?」
「現在、パーツ調達が80%。フレーム整備は完了。ただし——」
「間に合わないか」
「……はい。今の侵攻速度では、最低でも数日、時間が必要です」
吉岡は静かに、視線をモニターへと戻した。
「……ならば、その“数日”を稼げる者に、すべてを託すしかない」
◆
品川。
炎の中、都市のひとつが戦場と化した。
残された警察、消防、そして陸自の小隊が、“時間”を買うためだけに戦い続けていた。
敵の目的は不明。
だが、その進軍に“迷い”はない。
人がいようと、いまいと。
建物だろうと、車だろうと。
すべてを踏み潰し、貫き、進む。
市民の声が消え。
戦車の砲声が消え。
ついには——通信までもが、寸断され始めた。
東京。
首都が、“陥落”の二文字を背中に感じた瞬間だった。




