19:仕切り直し
『心は自分自身が忘れたモノさえも覚えている』
★
ユウが意識を取り戻した時、視界の正面には天井があった。
窓からは陽が差している。
今度はどの時点に戻ったのかと思ったが、体に感じる布団のぬくもりはまだ経験したことのないものだ。
そしてその上には何か重いものが乗っている感触。
その正体を確かめようとしてユウは体を起こした。
「……ステラ?」
その正体はユウにとっての女神。
ユウが彼女にしたい女の子ランキングぶっちぎりで一位の美少女、ステラだった。
椅子に座ったまま上半身をベッドの上に預けて寝息を立てている。
ユウの呼び掛けにも彼女は反応しない。
よく寝ているようだ。
窓からは柔らかい日光が差し込んでいる。
ステラの髪が輝いて見えた。
(起こすべきか、寝かせておくべきか……。ん? この感触は……?)
布団越しに太腿に伝わる彼女の感触に気が付いたユウはそのままにしておく方を瞬時に選択した。
部屋には自分たち以外いないことを確認してからステラの寝顔をガン見する。
この場にリアが入れば問答無用で斬られそうだ。
(いい匂いがする。)
仄かに漂ってくるステラの香りがユウの鼻をくすぐる。
「ユウ、……好き」
「――!!!!!」
ユウの体に電撃とか衝撃とか色々なものが走った。
(寝言? いや、寝たふりをしているだけの可能性も……。)
ゴクリと息を飲むユウ。
『襲っちまえよ。据え膳食わぬはなんとやら、ってやつだぜ?』
「いやいや、寝てる女の子を強引にとか趣味じゃないし。」
ユウは脳内に響いた誘惑の言葉を否定した。
寝ているステラを起こさないように上体を近づける。
スー、ハー。スー、ハー。
(これがステラの匂いか。)
ユウは深呼吸してステラの空気を堪能した。
行動が変態っぽい。
というか変態だ。
ガチャ。
その時、何も知らないメイドがドアを開けて部屋に入ってきた。
「……え?」
メイドがユウの様子を見て固まる。
ユウも固まった。
ぎこちなく首から上だけを動かしてメイドの方向を見る。
目を白黒させている彼女と目が合った。
「し、失礼しましたー……」
パタン。
『これで完全に変態扱いだな。寝込みを襲ってたほうがまだ健全だったぞ』
「――え?」
再び脳内に響いた男の声に思わずユウは声を上げた。
さっきは気が付かなかったが、知らない声だ。
それに慌てて周りを見渡してもこの部屋にはユウとステラ以外は誰もいない。
ステラを起こさないように布団を抜けてベッドの下を確認してもやはり誰もいなかった。
ユウはホラー映画を見た直後のように挙動不審になる。
ちょうどそのとき、ラプラスが部屋に入ってきた。
ユウはベッドの下を確認しようとして床に伏せていたのだが、何も知らない人間が見ればステラのスカートの中を覗こうとしているように見えるだろう。
いや、それどころかスカートの中に頭を突っ込もうとしているようにも見える。
ラプラスは静かに剣を抜いてユウに突きつけた。
「さっきナターシャが『変態がいる』って言いながら走ってきたから様子を見に来てみたんだ。で? お前は何をやっていたんだ?」
「……ちょっと空耳の出所を探そうかと。」
「ステラ様のスカートの中でか?」
「違う、違うんだ。」
ユウは捕まった直後の痴漢のような声を出しながら、両手を上げて降参の意を示した。
(こっちの世界でもこれ通じるよな?)
幸いにして両手を上げるのが降参を示すというのはこちらの世界も同じだったようで、ラプラスは剣を納めた。
それを合図にしたかのようにステラも目を覚ます。
「ん……? ユウ……?」
「ああ、おはようステラ。」
「あ、おはようユウ……、くん。ラプラスくんも。……何してるの?」
寝起きのステラは状況がわからずキョトンとしている。
その仕草はユウの好みドストライクだった。
ユウの顔が一瞬で真っ赤に染まる。
「いや、その……。」
「僕はユウが目覚めたらしいと聞いたので来ました。もうじきあの男の引渡しの時間ですので一緒に見送ろうかと」
ユウと違ってラプラスはステラの寝起きにそれほど動じていない。
ちなみにあの男、というのはモンドのことだ。
「あいつはどうなったんだ? まだこの屋敷の中にいるのか?」
「ああ。お前が倒れた後、みんなで捕まえて鎖でぐるぐる巻きにしてある。今はワルダーさんの監視付だ。逃げられないさ」
「まだ生きてるのか。」
命を狙われた身であるユウは犯人がまだ生きているということに不安を感じた。
おもむろにナイフが刺さったはずの腹部を触ってみると痛みはない。
それどころか傷さえも無かった。
「傷はもうワルダーさんが治してくれたから大丈夫だ。よかったな」
何気ない一動作でユウの意図を汲み取れる辺り、彼もちゃんとした従者なのだとユウは感心した。
(この世界だと従者と執事って違うのか? 後で聞いてみよう。)
別にこの場で聞いても良かったのだが、ユウもなんとなく空気を読める男の振る舞いをしたくなったので止めておいた。
――別に読めてないけどな。
その後、少ししてからモンドを受け取りに憲兵達が来たのでユウもみんなと一緒に見送りに向かう。
モンドを引き取りに来た憲兵は二人の男女。
両方とも兜を被っていて顔は口元しか見えない。
「では確かに引き受けました」
「よろしく頼む」
(あれ?)
ユウは憲兵の男の声を聞いて違和感を感じた。
(この声、どこかで聞いたような? ……どこだっけ?)
どこで聞いた声だったのか思い出そうとするも思い出せない。
そうしている間に憲兵達は鎖で縛られたままのモンドをさっさと連れて行ってしまった。
モンドはずっと無表情のままだった。
★
「この辺でいいかな?」
モンドを引き取った憲兵二人。
彼らはレッドノート家を出ると、そのままモンドを連れて人気のない街の外れまで来た。
この方向には憲兵の詰所も留置場もない。
周囲に人がいないのを確認すると憲兵の格好をした男は兜を脱ぎ、結われた長い黒髪を解く。
現れた男の顔はモンドと同じ女神教の一人、エルネストだ。
もう一人の憲兵も同様に兜を脱ぐと、こちらからはモニカの顔が姿を表した。
「まったく、早まったことをしすぎだよ?」
エルネストの言葉にモニカも静かに同意する。
「わりぃな。今夜もう一度忍び込んで今度こそ……」
「それはやめておいたほうがいい。わざわざ敵地で無理する必要もないだろう?」
エルネストは内心で舌打ちしたい気分を抑えながらモンドを止めた。
(まったく、これだから狂信者は……)
だが女神教内の論理で言えば彼らこそが正統派だ。
露骨に対立するような発言をするわけにもいかない。
「何言ってやがる。これを逃したらいつ殺せるかわかんねぇじゃねえか」
エルネストがモンドをなだめるように両手で制して余裕のある笑みを浮かべた。
「大丈夫。そう遠くない内に向こうから来てくれるよ。……必ずね」
★
時はユウがモンドの攻撃で気を失った頃に遡る。
ユウがラプラスと一緒にモンドを待ち伏せしてから戦って倒れるまでの一部始終を、二人の男が屋敷の塀の上から堂々と眺めていた。
周囲に展開した光学的な干渉障壁によって、少しでも離れてしまうと彼らの姿は見えない。
気配を消していることも相まってか、警備をしていた者達の誰もが二人の存在には気が付かなかった。
もっとも、この世界の住人でこれを看破できる者はまずいないだろうが。
外の世界から訪れている者達を含めてもその数はそう増えないだろう。
「結局使ったのは『ターニングポイント』だけか」
二人の内の片方、ニット帽子を被った老人の目が光った。
小柄な体と白髭の弱々しさは油断させるための小道具だと言わんばかりに、その眼には野心が溢れている。
「ああ。」
隣にいた長身の痩せ型、白い仮面を身に着けた男が曖昧な言葉を返す。
その声は老人に比べるとかなり若い。
少年と言うほどの幼さは無いが、中年と言うにはまだかなり早いだろう。
仮面の目の所だけに開いた穴の奥は完全な闇になっていて一切の感情が伺えない。
まるで全ての光が吸い込まれていくようだ。
「せめて『ワンダーウォール』ぐらいは使えても良かったと思うがのぉ。ここまで宝の持ち腐れという言葉がしっくりくるのも珍しいわい」
「……。ほとんどの能力はまだ開放されていない。どの道そう遠くない内に使うことになるんだ、今ここで焦る必要はないさ。」
老人の視線は魔法で傷の治療を受けているユウに注がれている。
一方で仮面の男の視線は横にいるステラの方を向いていた。
それに気がついた老人が鼻を鳴らす。
「ふん、仕込まれた爆弾がいつ弾けるか次第と言ったところか。まったく、『白』の連中も性根の腐ったことをやりおるわい」
「……。」
仮面の男はそれに対して何も答えなかった。
……いや、沈黙で答えたと言うべきかもしれない。




