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『泣き止め剤』②

 とある小さな喫茶店に、スノーと瑠璃は居た。瑠璃の手元には雑貨屋の紙袋がある。

「シュネーちゃん、今日はありがと。おかげでいいプレゼントが選べましたっ」

 今日は瑠璃の姉の誕生日が近いということで、プレゼント選びに付き合っていた。雑貨屋でああでもない、こうでもないとプレゼントを選ぶ時間はとても楽しく、あっという間に時間は過ぎた。

「いえ、シュネーも楽しかったです。こういう買い物、初めてですから」

「そうなんだ。じゃあ、今度シュネーちゃんがプレゼントを選ぶときには、私も付き合うね!」

「プレゼント、ですか……」

 あげる相手といえば、一緒に暮らしているヴィクセンぐらいのものか。渡す義理はあるかもしれないが、なんだかちょっと恥ずかしい。

「そう。お父さんとか、お母さんとか」

「大丈夫ですよ。シュネー、両親いませんですから」

 その何気ない一言を聞いたとたん、瑠璃の顔が曇った。

「あ、ごめんなさい!」

 瑠璃が頭を下げる。あ、そうか。普通、両親が居ないということは、いい話じゃないのだった。

「い、いえ、構わないですよ! 両親がいないのは昔からですし、同じ職場の人と一緒に暮らしてますですから!」

 慌ててフォロー。ヴィクセンは色々と危ない性癖を持っているとはいえ、研究施設にいた頃よりはマシな日々を過ごせている。

「そう? ……じゃあ、彼氏にプレゼント、とか?」

 暗い雰囲気になりそうだと察したのか、瑠璃が少し強引に話を逸らした。それはこちらも助かる。

 彼氏。そんなのいない。作る気もない。

「……彼氏とかいませんですよ」

「そうだよね!」

 瑠璃が笑顔を見せた。それってどういう意味だろうか。いや、彼氏なんか作る気もないのだが、見るからに彼氏が居ない雰囲気を出しているのだろうか。それはそれで屈辱というか、なんというか。

「そ、それってどういう意味ですか?」

「んーん、悪い意味じゃないよ。ただ、ちょっと安心した、かな」

「安心、ですか?」

 瑠璃ははにかむだけだった。彼女の真意が計れず、とりあえずオレンジジュースを飲む。

 店の中は静かなものだ。客といえば自分と瑠璃だけ。それに店主の老夫婦のみ。外の音もよく聞こえる。

 なんだか騒々しい。外の様子を見ようとした瞬間、携帯の緊急速報メールが鳴った。

「……え、近所の宝石店で、強盗……?」

 瑠璃にも同じメールが届いていたようだ。二人で顔を見合わせる。厄介事に巻き込まれるのはごめんだ。早めに帰ろう。席を立とうとした瞬間。

「お前ら、おとなしくしてろォ!!」

 怒号と共に、ドアが乱暴に開けられた。目出し帽を被った二人組の男だ。手にはスーツケースと拳銃が握られている。

 宝石店を襲った強盗か。突然のことに怯える瑠璃の前に立ち、自分の腕を見る。機械仕掛けの腕。この力を振るえば。

 ……いや、やめよう。少なくとも瑠璃の前では。

「……大丈夫です、きっと、大丈夫です」

 瑠璃の側でそう囁きつつ、男の動きを確認するスノーだった。




「商店街で立てこもり?」

 携帯に届いてきた緊急速報メールを見たラビットは、スノーから聞いた言葉を思い出していた。

「どうかしたのか?」

 録画していた映画を見ていたリンクスが携帯の画面を覗き込んでくる。

「……いや、シュネーの奴、商店街に買い物に出かけてるんですよ。カシマさんと一緒に」

「スノーだろう? あいつがいれば、だいたいのことなら大丈夫だろ」

「いや、どうですかね……。あいつ一人ならまだしも、カシマさんが一緒ですから」

「こないだ来てた子か」

 スノーは自分の力にコンプレックスを抱いている。自分の強すぎる力に。他人とは違う身体に。そして、ようやくできた友達。その前で力を発揮するかどうか。

「……ちょっと出かけてきます!」

「……私もついて行くよ。軍警察に協力すれば、謝礼でも貰えそうなものだしな」

 厄介事になりそうと思ったのか、リンクスも立ち上がる。

 二人は自宅を出て、事件現場である商店街へと急いだ。




 店の外は軍警察が囲んでいる。二人の男は店主に銃を突きつけたままだ。

 彼らの要求は逃走用の車と資金。おそらく軍警察は応じないだろう。突入のタイミングをうかがっているのか、投降を呼びかける声は収まっていた。

「……チクショウ、やっぱ無駄だったか」

 外の様子から、要求が聞き入られないことを察したのか、一人の男がこちらに近づいてくる。こうなると嫌な感じだ。自棄になって、何をしでかしてくるかわかったものじゃない。そっと拳を握る。

「せめて、楽しませてもらおうぜ。交代でな!」

 楽しませてもらう。それが何を意味するのか、スノーも瑠璃も把握した。

「おい、そこの銀髪の。こっち来いよ」

 男は銃をこちらに向けながら手招きし、下品に笑う。反吐が出る表情だ。

「なんだお前、そんな趣味があんのか」

「銀髪とか珍しいじゃねーかよ。結構可愛い顔してるしなぁ。それに、俺は胸が平坦なほうが好きだしよ」

「へっ、ロリコンが」

「……シュネーちゃんよりも、私のほうが、いいと思う、けどな?」

 男達の下卑た笑い。それをさえぎるかのように、瑠璃が立ち上がる。彼女の声は震えていた。低レベルな争いになるが、確かに瑠璃のほうが女性らしいプロポーションをしている。

「なんだ、友達かばってんのか」

「いいねぇ、そういうの。かえって興奮するぜ」

「瑠璃さん!」

 瑠璃はこちらを向いて、微笑んだ。そして、小さく呟いた。

 だいじょうぶ、と。


 駄目だ。駄目だ。駄目だ。


 そんなの絶対に駄目だ。

 この力は、何のためにあるんだ。誰かを守るため、大切な人を傷つけないための力なんじゃないのか。

 引かれたって構わない。大切な、大切な友人を守らなきゃ。自分にはその力があるんだ。

 瑠璃を押し退けるように、決断的に立ち上がる。

「シュネーちゃん……?」

「イヤーッ!!!」

 スノーは近くの男に飛びかかり、喉輪を入れる。

「なっ……」

 喉輪を入れたまま床へと叩きつけ、腹を踏む。

「ゲボッ……」

 動けなくなった男の脇腹を蹴り、もう一人の男を睨む。

 ただの人間、それもただの強盗犯相手なら、実に簡単なものだ。

 これが、スノーの力。強化人間の力。

「て、てめぇ!?」

 突然のことに動転したのか、男が銃を撃つ。とっさに顔と胴体を腕でガード。二発の銃弾がスノーの腕に命中した。だが、これは義手である。痛みなど感じない。

 悠然とガードを解くスノーに、男は面食らった様子だ。

「イヤーッ!!」

 その隙を逃さず、スノーは間合を詰め、膝蹴りを男の鳩尾に見舞う。

「グワーッ!!」

 膝をつく男の腕をすかさず掴み、逆方向へと捻りあげる。銃を握っている腕を。

「ギャアアアーッ!!!」

 男の肘が逆方向に曲がり、銃が床に落ちた。スノーはそれを店の隅へと蹴る。

 状況は終わった。

「……早く、警察に伝えてくださいです」

 老夫婦は怯えながらも頷き、店の外へと走った。

 店の中に残されたのは、激痛にのたうち回る男が二人と、怯えた様子の瑠璃。そして、スノー。

 やってしまった。それも、大切な友達の、瑠璃の前で。

 思わず自分の右腕を見る。黒い長手袋に空いた銃痕。弾は義手のフレームで止まっている。特殊合金の鍛造品で、軽量かつ高強度。それを人工筋肉とシリコンで覆った、紛い物の腕。

「……シュネーちゃん?」

 瑠璃がおずおずとこちらへ近付いてくる。心なしか怯えた表情で。

 駄目だ。こんな化け物に近付いては駄目だ。

「……ごめんなさいですッ!!!」

 スノーはそう言い残して、店を飛び出した。そして、彼女と入れ違いに軍警察が店に入ってきた。

 瑠璃はただ、スノーが立ち去っていった方向を見つめていた。




 ラビットは野次馬をかきわけながら、なんとか店の正面に出ることができた。軍警察が二人の男を連行している。これが犯人か。だとすれば、スノーと瑠璃は。

 少しして、軍警察に付き添われ、瑠璃が店から出てきた。

「カシマさん、大丈夫ッ!?」

 瑠璃のもとへと駆け寄るが、軍警察の職員がラビットを押し止める。

「君、どきなさい」

「僕は彼女の友達です!」

「……我々はこういう者だが?」

 後から出てきたリンクスが、AMC実働部隊の社員証を職員に見せた。軍警察とAMCのつながりは深い。厄介事に巻き込まれるのはごめんとばかりに、職員はラビットを解放する。

「……ハーゼ君?」

「シュネーは?」

「……うん。シュネーちゃんなら、大丈夫……」

 瑠璃は力なくはにかんだ。疲れているのか。あまり止めるのも悪いか。彼女の側にいる職員に一礼し、職員は瑠璃をパトカーへと乗せた。

「AMCの方ですか?」

 腕章を巻いた職員がこちらへ来る。どうやら今回の指揮者らしい。

「老夫婦から状況を聞いたところ、年端も行かぬ少女が二人の男を……」

 やはり、スノーがやったのか。なら、スノーはどこに。

「……『犯人同士の仲間割れ』だ」

 リンクスが職員を睨みながら強調する。それを聞いた職員は納得したかのように頷いた。どうやら彼は強化人間絡みの事件だと判断したようだ。そうなると、証言を馬鹿正直に採用すると厄介な事になる。

「……わかりました。そう処理しておきます」

 職員は敬礼して、現場へと戻っていった。強化人間の恩恵を受けている者は少なくないとはいえ、技術そのものは極秘なのだ。隠蔽されるのも無理のない話だ。

「……シュネーの奴、大丈夫かな……」

「大丈夫だろう。あんなチンピラ相手に……」

「違います! あいつ、カシマさんの前で力を見せて……」

「……嫌われたんじゃないか、ということか?」

「はい。あいつ、きっとふさぎ込みますよ……。友達の前で、自分が他人とは違うってことを証明しちゃったんですから」

「……思春期は難しいな。私にとっては遠い昔の話だよ」

 リンクスは自虐気味に笑った。

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