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■第1話「再帰の刻印」

――銃声なんて、映画の中だけのものだと思っていた。

 乾いた破裂音が、ショッピングモールの吹き抜けに反響する。

「きゃあああっ!!」

 悲鳴が重なり、視界は人の波でぐちゃぐちゃだ。ガラスが割れ、誰かが転び、誰かが踏まれたらしく、悲鳴が上がる。

「……え?」

 手に持っていたトレーが、指から滑り落ちた。

 カフェの床に煎れたての熱いコーヒーが湯気をたてて広がる。さっきまで、ただの、いつも通りのバイトだったはずなのに。

「全員、動くな!!」

 声を上げたのは黒いスーツの男たち。その手に握られていたのは、銃。拳銃だ。

 現実に一拍遅れて、理解が追いつく。

(……やばい、逃げなきゃ……死にたくない!)

 足が震える。心臓がうるさい。呼吸が浅くなる。逃げないと――!

「シャッターを閉めろ!一人たりとも外に出すな!」

 ガラガラと金属音がしてショッピングモールの入り口全てにシャッターが落とされた。 逃げ道が、黒いスーツの男たちによって完全に封鎖される。

(嘘でしょ……っ)

 完全に、閉じ込められた。



数分後。

ショッピングモールの中から逃げ遅れた人たちが一箇所に集められた。

荷物は取り上げられて床に放られ、私たちは冷たい床に直接座らされている。

幸い、平日の閉店時間ギリギリだったためか、人は比較的少なめだ。百人いるかいないか。

その中で、私ーー鈴音凪沙は少しでも身体を小さくしようと猫背で体育座りをしてその膝に顔を埋めて、膝の狭い隙間から様子を伺っていた。

(お願い……誰か早く助けて……っ)

いつまでこの状態が続くのかわからない恐怖から震えがくる。

周りの人たちも顔をこわばらせたまま小さく固まっていた。

「おい、この中でこいつを見たヤツはいるか?」

バサリと床に紙が落ちる。それは写真だった。

全員の視線がその写真に集まる。

そこに写っていたのは、髪を短く刈り込んで左頬に大きな傷のある男だった。

「……し、知りません……」

「俺も……」

誰かの勇気ある震える声の答えに、全員が続く。

皆が知らない、と首を振り声を上げる中で私も少しだけ顔を上げて、首を横に振った。

声は出なかった。

「ボス、知ってるやついねぇみたいですわ、どうします?」

「この中に逃げ込んだのは確かなんだろ?」

「それは確かです! 俺、追いかけてきたんで」

「なら、どんな手法を使ってもいい、炙りだせ。ただ、カタギには手を出すなよ?」

バタバタとスーツの男たちが散っていった。

ここにいる一般人を解放する気はないようで、見張りであろう男が相変わらず銃を手に持ったまま立っている。

「おい、あいつが紛れてねぇか、ここにいるカタギどもを確認しろ」

先ほどから偉そうにエスカレーターの手すりに腰を下ろしている男が指示を出す。

それに頷いて返事をした立っていた男が、床に座る人間の顔を一つずつ覗き込んで確認を始めた。

小さく悲鳴が上がり、息を飲む音も聞こえる。

ボスであろう男の言いつけ通りに、丁寧にしっかりと確認しているようで、一人一人の顔を覗き込み、全身をチェックして、次という具合に。

そして等々、私の番が回ってきた。

男が探している人物であるわけではないのは自分が一番わかっているのに、心臓がバクバクと音を立てた。緊張して知らないうちに奥歯を噛み締めて、指の先が白くなるほど手を握りしめていた。

男の視線が私の顔を眺め、そして下に滑っていく。そのまま特に何も言われず、視線が逸らされてほっとした瞬間。

胸ぐらを掴まれた。

「……ボス!」

ぐいっと身体が浮いた感覚がして、びっくりして思考が停止した。

周りの空気が凍りつくのを感じる。

男の声にこちらによってきたボスと呼ばれた男が、私の顔を見て、そして視線が下に降りていき、ぐっと眉根がよった。

「……“再帰紋リグラム”」

ぼそっと小さな声が漏れる。

その声と男の視線の先にあったのは、私の右鎖骨下にあるアザ。

生まれた時からあるアザ。

そして掴まれた胸ぐらがパッと離された。

「殺せ」

たった一言。その言葉に、私の脳は思考を停止した。

(え……?)

鈍く光る銃口が目に映る。

(なんで……?)

嫌だ、死にたくない!と心は叫ぶのに、身体は凍ったように動かない。

引き金に添えられた、男の指に力が込められるのを見た。

(死にたくない……っ!)



その瞬間。

キィンと高い耳鳴りの音がして、視界が白く弾け飛んだ。

力が抜けて、膝から床に崩れ落ちる。

脳裏に駆け抜けるたくさんの映像。

顔、声、赤。

そして“再帰紋リグラム”。

(これ……知ってる。私、これがなんなのか知ってる……)


「やれ!」

パンッという音がして、硝煙の匂いを嗅いだ。

あ、死んだ。そう思ったのに、脳で処理するよりも先に勝手に銃口から身体を逸らして、避けていた。


チカチカと明滅する視界の中、足が力強く床を蹴り上げる。そして、そのまま一番近くで私に銃を構えていた男の手首を掴んで、捻り上げていた。

「ぐあぁっ」

苦しげな声を上げた男の鳩尾に、肘を叩き込む。

呻いてよろけた男から銃を取り上げて、その米神に押し当てた。


「……思い出した」

身体が勝手に動く。私の意思を無視して。

遠く離れたところからそれを見ているような感覚のまま、敵のボスが慌てて銃を構えているのが視界の端に映った気がした。

「聞いてた話と違う! さっきまで、震えてただろうが!」

そう叫んで、私を撃とうとする。

けれど、それよりも早く私の身体が動いた。

即座に一発。ボスの手首あたりを狙って撃った弾は見事に命中。

銃を取り落とした敵のそばに駆け寄って、銃を足で遠くに蹴っ飛ばした。

「……あなたのミスは二つ。一つ、僕に向かって再帰紋といったこと。その二つ、自分でさっさと始末しなかったこと」

カタカタと震える敵のボスは、顔を真っ青にしていた。

「探しているその男は、僕の部下だ。……そうだろう?」

床に放られた写真を一瞥し、チラリとテナントの影から出てきた男を見て私は、銃を下ろした。

「ご無事ですか⁉︎」

「うん」

駆け寄ってきた男は、まさに写真の通りの男で、私はほっと息を吐く。

「とりあえず、ここなんとかするよ。どうせ、皆んなついてきてるんでしょ?」

そう言い終わった瞬間。タイミングを見計らったように、閉じられたシャッターをガンガンとこじ開ける音が響いた。

あぁ、修理代……なんて頭の片隅に浮かんだ現実を見ないふりして、こそこそと私が蹴っ飛ばした銃を取りに行こうとしていた敵のボスの頭に向けて先ほど奪った銃を放り投げた。

「うがっ!」

ドゴっと鈍い音を響かせて命中した銃と共に床に撃沈した敵のボス。そして、等々頑丈に締め切られていたシャッターが嫌な音と共に開け放たれた。

若い男がひょっこりと顔を覗かせて、キョロキョロと何かを探すように視線を泳がせ、こちらを見つけるとふっと笑う。

音に気づいて戻ってきた敵組織の連中が、床に伸びているボスを見つけて、一斉に攻撃体制にはいる。

「一般人優先で外に逃がせ! 終わったら援護! アルジャン!」

バイトの制服のボタンを上から数個外して、袖を捲り上げた。

胸元にあるあのアザを見せつけるように、入ってきた連中に晒す。最初に入ってきた若い男はそれを見て、小さな銃を放り投げて私に寄越してきた。

それを巧みにキャッチして、銃を構えて安全装置を外す。

手によく馴染むそれを懐かしい気持ちで感触を確かめるように指を滑らせて、戦闘体制に入った。

「やれ!」

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