第199話 おわりのはじまり
飛行機がラスベガスの空港に着陸したのは、太陽がちょうど空を赤く焼き始めた頃だった。
10時間の空の旅。映画は3本、機内食は2回。
最後には、隣の席の外国人男性に目を輝かせながら聞かれた。
「キミワ、ニンジャ? サムライ?」
僕は胸を張って、自信満々に答えた。
"No. I'm a guardian."
機体が完全に停止すると、乗客たちが一斉に立ち上がる。
僕も荷物を手に、通路へ並ぶ。
機内の明かりが、まるで舞台の照明みたいだった。
扉が開き、乾いた風が吹き込んでくる。
ボーディングブリッジ──飛行機とターミナルをつなぐ通路──を渡ると、ガラス張りの巨大なロビーが広がっていた。
空港は雑然としていて、それなのに整っている。
英語が飛び交い、笑い声とキャリーバッグの音が交錯する。
電光掲示板の文字は、異星の言語みたいに輝いていた。
僕の手には、神戸氏が「一晩で作った」と豪語したパスポート。
国家の特殊機関「継案局」が命がけで間に合わせたものだ。
だけど……本物のはずなのに、ギラついててチープ感が拭えない。
「……本当に通るのか?」
入国審査ブースに並びながら、僕はそっとつぶやく。
順番が来る。
無表情な審査官がパスポートを受け取り、僕の顔をじっと見つめる。
「What is the purpose of your visit?」
──その瞬間、成田を発つ直前のサブリナの声が頭をよぎった。
「サイトシーン!なんて言うなよ? 田舎もんだって笑われっからさ! ヒヒヒ!」
「じゃあ何て言えばいいんだよ!」
「これだから海外シローとは話になんないのよ! 真実よ! 目を見て! 叫ぶの! 魂で言うの! いい? 叫ぶのよ!」
……叫ぶのか、ここで? 本気で?
僕は、審査官の目をまっすぐ見た。
そして、世界で一番本気の声で言った。
"To save the world."
一瞬、空港全体の音が止まった気がした。
審査官の眉が、ほんの少しだけ動く。
カチン。スタンプの音。
「……OK」
通った。
僕は、ラスベガスの地を踏んだ。
太陽は茜色に変わり、夜の街が始まろうとしていた。
乾いた風、スロットマシンの音、眩しい光。
ここは、眠らない街。
そして今、“新しい物語”が始まる場所。
ふと、梢社長の言葉を思い出す。
「森川君は、一人じゃないからね」
……そうだ。
僕には、もう仲間がいる。
サブリナの無駄にうるさい笑い声。オフィーの毒舌。ドン殿下の芝居がかった言動。
詩織さんの凛とした眼差し、淳史君の真面目さ、岩田兄弟の息ぴったりのボケツッコミ。
モモとタイショーの温かさ、神戸氏のうさんくさい自信、無口な矢吹さんの静かな強さ。
ツバサさんの、あのまっすぐな瞳。
そして──あの、大樹のぬくもり。
あの頃の僕は、前の仕事を辞め、何をしていいか分からず、ハローワークと家を往復するだけの日々を送っていた。
何者にもなれない焦燥と、自分を信じきれない不安に包まれていた。
でも今は違う。
大切な人たちがいて、守りたいものがあって、そして──今の自分を、ちゃんと誇れる。
僕はもう、「たまたま流されて選ばれた誰か」じゃない。
自分で選んで、ここに立ってる。
──さて、今度は何が始まるやら。
僕は今、世界を救うためにここにいる。
誰が笑ってもいい。誰が信じなくてもいい。
僕は──僕だけは、自分のことを信じてる。
それで、十分だ。
空を見上げると、夕日が砂漠の向こうへ沈みかけていた。
日本では、もうすぐ朝が来る頃だ。
新しい一日が、始まる。
世界が、また続いていく。
そのために、僕はここにいる。
梢ラボラトリーの代表として──
世界樹の守護者として──
この足で、一歩を踏み出す。
ここからまた、何かが“動き出す”。
終わりではない。
これは──はじまりなんだ。
** 完 **
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お読みくださった皆さまへ。
『梢ラボラトリー(株) 世界樹の守護者って正気ですか!?』
その名の通り、少しばかり風変わりな研究所と仲間たちの物語は、
199話(約50万文字)を経て、完結とさせていただきました。
ここまで旅を共にしてくださったあなたに、心からありがとうございます。
この物語は、今年から三作品の投稿を始め、最初に「完結」という景色に辿り着いた、思い入れ深い一本になりました。
「まだまだ梢ラボの仲間たちと一緒にいたい」と思っていただけたら、 ぜひ ★評価・フォロー・ブックマークをしていただけたら嬉しいです!
そして、いつかまた。
ページの隙間から、彼らの声がふっと響いたなら──
その時は、ぜひまた、一緒に旅をしていただけますように。
言葉では伝えきれないほどの感謝を、
物語の余白に、静かに、込めて。