朱星
目が合った瞬間、
光はハッと息を飲み、空いた口が塞がらなかった。
なぜならこの少女は、光がいつも夢の中で見てきた少女そのものだったからだ。
「…っ……」
俺の夢にいつも出てきていたのは……
俺のお母さんだったんだ……
「あなた……やっぱりパパのとこから来たのね」
「……あのっ……朱星ちゃん、」
ドカドカッ!
ガガガガ!!
突然、上の屋根が突き破られるようにして残骸が飛んできたため、咄嗟に朱星の体を庇う。
くそっ……やはり見つかったか!
ここにいちゃまずい!
そう思って朱星を抱きしめたまま上を見上げると、なんとそこにいたのは先程のアーテルではなかった。
「え……?」
そこにいたのは、なんとアダマスのマントを着たエスパーたちだった。
この時代には居ないはずのアダマスってことは……
「くっ……もう来たんだっ」
向こうの世界から……
母さんを殺すために……!
「ちょっ!突然何っ!あいつら誰っ」
「朱星ちゃんごめん!掴まってて!」
朱星を抱えたままビュンッ!と勢いよく飛ぶ。
姿をくらますスキルを発動しながらかなりのスピードで逃げる。
「くそっ!」
なかなか追いつけない光に対し、アダマスエスパーは苛立っている。
何度も攻撃を放つが、光があまりにもすばしっこく、しかも万能スキル保持者のためどんな攻撃も跳ね返される。
まるで埒が明かない。
「ちょっとっ!どこへ行くつもり?!」
光に抱えられながら朱星は声を上げる。
「ひとまず知り合いのところへ行こうと思うんだ!」
「え?!知り合い?!そこっ大丈夫なの?!」
光は正直確信がない。
まだその場所があるのかさえ……
しかし、思いつくのがそれしかなかった。
ガギッ!バリバリ!!
「ひゃあっ」
「朱星ちゃんしっかり掴まってて!」
光はスッ…と地面に浸透するようにして消えた。
アダマスたちは一瞬で消えた光にギリッと奥歯を噛んだ。
地面の中を移動しつつ、
光は地理感覚のスキルを最大限に発動させる。
暗闇だが、その感覚を頼りに動くことができた。
……そんなに遠くないはずだ。
そして今はまだ地上へ出ない方が安全……
そのまま光はある場所へ辿り着いた。
「よかった……まだあって……」
その場所はありがたいことに、過去とあまり変わっていなかった。
「ここ……パパと来たことある……」
「そうなの?!」
《焼肉こころ》と書かれている焼肉店。
過去では何度か皆で来たことがあった店。
その2号店のほうだ。
「なんかもう営業してないように見えるけど……」
「うん……ここの人たちもサイメンバーって疑われて狙われて……本当は違うのに……。だから今はどこにいるのかわかんない」
なるほど……。
この時代になってもサイメンバーはこの店と交流があったんだ。
じゃあ店長の伸さんの子孫はきっとここを捨てて、今はどこかに逃げ隠れしているんだろうな。
なんだかやるせない気分になりつつ、光は朱星を連れて中へと入る。
荒らされている形跡はないようだ。
入って正面の小さな階段下……その裏に回り込むと、床に置いてある物などを退けた。
そこには隠し扉があった。
光は、店長の伸さんが言っていた言葉を思い出す。
" もしも何かあった時は、避難所としてウチ使っていいからね。君たちにだけ教えとく。こないだみたいに何かあっちゃ大変だなと思って、こっちの新店のほうは頑丈に作ったし、これも作っといたんだ"
なんとなく緊張感を滾らせながら、ゆっくりと床扉を持ち上げる。
そこは地下室の入口だった。
「え……なにここ?」
「入って朱星ちゃん。」
2人でゆっくりと地下に入っていく。
光も朱星も暗闇の中で目が見えるスキルがあるが、一応電気をつけた。
中には簡素なベッドと机、椅子、それしかなかったが、そこまで埃まみれになっていなかったため安堵した。
「あ……」
朱星がガサゴソと漁った箱の中からは、缶詰や栄養補給品が僅かに入っている。
「俺はお腹空いてないから、朱星ちゃん食べて」
大人しく食事をしだす朱星を見ながら、光はなんとなく心が落ち着かない。
なぜならこの子は紛れもなく自分の母親である。
現在12.3歳の朱星は、ちょうど子供と大人の境目といった雰囲気の少女に見える。
可愛らしい顔つきで、サラサラの髪。
丸い目に整った薄い唇。
自分に似ているんだろうか?
自分じゃわからない。
ただ、将来この子が自分を産むんだと思うと、なんだか不思議すぎてどういう感情を持っていいかわからない。
「ところで……あなたの名前は?」
「あっ」
もぐもぐと口を動かしている朱星を見ながら、まだ名乗ってすらいなかったマヌケな自分に気が付いた。
「光っていうんだ。月詠光。」
「……ひかり……」
「うん。」
「光くんは……私の名前知ってるってことはやっぱり……パパに言われて私を捜しに来たんだよね?」
「あー、うん、そうだね。」
過去から来ましたなんて言えないな。
そんなこと、今の母さんに言っても理解できるわけないし。
実は俺あなたの子供ですとか言っちゃったらどうなるんだろ。
俺だって全然実感なくて変な感じなのに…
「で、パパは元気?今どこにいるの?」
ドキッと鼓動が跳ねる。
「あ…えーと、ごめん。
実は俺もはぐれちゃったんだ…」
「え?」
そりゃ、え?てなるよな……
「でも……最後に話した時の茂さんは……とにかくキミのことを心配してた。さっきの奴らから守ってくれって、俺が託されたんだ。」
今の茂さんがどこにいるのかは分からない。
でも、朱星を見つけ出すことは意外と早々に達成した。
だからあとは何がなんでも守り抜くだけだ。
それはつまり……俺がアダマスの追っ手を殺す……ということ……。
その存在を完全に抹消しないと、俺は安心して元の世界に戻れない。
暫くすると、朱星の寝息が聞こえてきた。
光は箱の中に入っていた毛布をかける。
自分の腹が鳴る音がし、朝から何も食べていないことに気がつき、食欲は無いが、何かを腹に入れておくことにした。
保存食を齧りながら、光は目を見開いた。
「これ……伸さんの店の焼肉の味だ……」
一見すると何の変哲もない大きなビスケットのようなものなのに、明らかにそれは、こないだ向こうの世界で食べたものと同じ味だった。
そっか……この世界にはもう、形を変えても同じ味と同じ成分で手早く栄養を補給できる食べ物が存在するんだ。
ガンッ!!!!
「「?!?!」」
突然凄い音がしたかと思えば、地響きを感じた。
さすがアダマスのエスパーだ。
探知能力でもあるのだろう。
もう見つかるなんて……っ!
「大丈夫だよ、朱星ちゃん。
心配しないで。ちゃんと守るから」
朱星が不安そうな顔をして震えているのが分かり、光は優しく声をかける。
そして光は立ち上がった。




