シャンパンタワー
光は、その意味のわからないくらい積み上げられた煌びやかなシャンパンタワーなるものを前に、こんなものどのくらいの時間かけて何人くらいでどうやって組み立てたんだろうなんてことを考えていた。
たくさんの人たちに囲まれながら、周りがキャーキャーと何かを言い、亜蘭がお礼の言葉を述べ、上から高級そうなシャンパンを注いでいく。
それは確かに綺麗で、めったに見られるものではないというのもあって、一応写メを撮ったりして、つい魅入ってしまっていた。
その時……
ガッシャーーーーーン!!!
「「「?!?!?!」」」
全員が音の鳴るほうを振り返った。
「亜蘭っ……!!」
そこには1人の派手目な女性が、割れたグラスを持って亜蘭を睨んでいた。
先程の音はグラスをテーブルに叩きつけて割れた音だったようだ。
何が起きたか分からず周りは騒然となる。
「……エリカちゃん?」
どうやらこの女性も亜蘭のお客らしい。
そして亜蘭も光も朧も、見えていた。
エリカから見えるその膨大な影憑が……。
「あんたなんか殺してやる!!」
「おっお客様!!」
「やめてくださいエリカさん!」
「うるさい!近寄るなっ!」
鋭く尖ったグラスを振り回すため、誰も近付けず、周りの客たちの顔が青ざめていく。
徐々にホール内はパニックになりつつあった。
「マズイなこれは……」
「うん……」
朧のつぶやきに光も頷く。
こんな場所でこの質量の影憑……
退治するにしても危険で厄介すぎる。
「こんなに人がいたんじゃ闇雲にできないし…どうする?」
「はー、なんでよりによって……
まぁいーや、見てて」
面倒くさそうに朧がため息を吐いたかと思えば、朧のスキルが発動した。
空気に色がついたように一変した。
まるで朧のような空気がこのホール全体に漂うように。
そして全員が催眠術にかかったかのようにくらくらと思考を停止させ、立ったまま目を瞑り、眠りにつくように止まってしまった。
朧のスキルは、外のように外気のある場所では風を操れるのだが、建物の中など風のない場所では、空気を扱える。
空気にスキルを混ぜることによって催眠をかけることも可能なのだ。
これで一応、皆がパニックになることを避けることはできる。
しかし、影憑の威力は凄いため、それだけは止まっていない。
「はー…ありがとうね朧くん。」
「や、ありがとうとかじゃなくってさぁ、どーゆー状況なのか説明してくんない?この女知り合いなの?」
苛立ちMAXの顔で朧が睨み、亜蘭は頭を搔く。
「んー……最近ストーカー気質のお客様…」
「はぁ?なんでこんな大きくなるまで放っとくの!」
「いや、何度も祓ったさ僕だって!それにホストに来るお客様はだいたいみんな影憑つれてるから忙しいしキリがないしで……ってまぁ言い訳だね……。僕の失態だよ。まさかエリカちゃんが今夜という今夜爆発してしまうとは……はは」
「呑気なこと言ってる場合かよっ!」
「いや2人ともっ!喧嘩してる場合じゃないって!どんどん凄いことなってる!早いとこどうにかしないとっ」
光は、床に散乱しているシャンパンタワーの割れたグラスの破片を取り、スキルを発動した。
破片によって僅かに指が切れ、血が滲む。
シュシュッー…!!!
勢いよく投げたそれは、たくさんの小さな手裏剣となって影憑に突き刺さった。
そう。これは小鳥遊柚の、物体からイメージするものを作り出して使役するスキルである。
「くそ……」
しかし、光の生み出した手裏剣ではほとんど効かず、影憑はますます怒り出してしまった。
" いい?光くん。物体のもつイメージっていうのはね、自分が持つ恐怖と比例して強くなるの。
怖いものって、どうしても頭から離れないでしょ?それと一緒よ "
そう言って、その時柚は自分のピアスを取った。
そのピアスは、イナズマの形をしていた。
" 光くん、雷って、怖いイメージない?"
" あ、あります!"
" だよね。当たったら死んじゃうかもだしね"
柚はニヤリと笑いながらピアスを指で弾き飛ばした。
それは一瞬で黒い雷となり、物凄い音で向こうの木に落雷した。
光は咄嗟に耳を塞いでいた手を離し、言葉を失った。
太い木が数本も真っ二つに割れ、地面にまでヒビが入っていたからだ。
「怖いもの…怖いものをもっとイメージしろ……」
光は大きな破片を拾い上げ、グッとスキルを込めた。
そのせいで血が更に滴り落ちる。
「ちょっ、光っ!大丈夫?!血が…」
「来ないでくれ!」
朧を制止し、とにかくイメージに集中する。
血が……出る……傷が…できて……
血が……血……
その時ふいに、光の頭の中に昔の記憶が蘇った。
" きゃっ…! "
" 母さんどうしたの?!大丈夫?!"
" えぇ、ちょっとこのカマ、振り方を間違えてね"
庭の雑草を、ノコギリカマで刈っていたときだ。
母の腕からツー…と浮かび上がる血を見て俺は……
カマにトラウマになるほどの恐怖を覚えた。
まるでカマを持った死神が、母を取り囲んでいるように見えたんだ。
シュッッー……!!!
ブワワワワワワ
「はっ?冗談でしょ?!」
「光くんっ…これはっ」
驚愕している2人の目の前には今まさに、大きなカマを持った死神がいた。
シュパパパパパー……!!!
その死神は、大きな影憑を一瞬で切り刻んだ。
それは信じられないほど速く、目視ができないほどだった。
コトン……。
石となった影憑の前に、ハァハァと息を切らして膝をつく光。
「嘘…だろ?マジかよ…
あ〜動画回しとけばよかったぁ〜…」
朧が急いでスマホを取り出し、とりあえず写メをパシャパシャと撮り出した。
呆然としていた亜蘭は、ゆっくりとエリカの元へ行く。
影憑が一時的に離れたエリカは、穏やかな表情をして眠っている。
亜蘭は切なげな表情でしゃがみこみ、ジッとエリカを見つめていたかと思えば、覚悟を決めた表情でエリカの手を握った。
その瞬間、エリカの影の記憶が流れ込んできた。




