雀と燕
そこは、入った瞬間から大きな1つの部屋だった。
ソファーや椅子、ホワイトボードやスクリーンなどが置かれ、会議室のようにも見えるが、寛げるようなアットホームな空間にもなっている。
そこには、茂範、武臣、Kトリオ、
そして……
「っ!」
そこにいたのはどう見ても、
あの日ルミエール病院で、美乃里と共に追われ殺されそうになった、燕だった。
一気に恐怖が蘇り、全身から嫌な汗が吹き出す。
そして今更気がついた。
自分はあの後の記憶が無いから、この女と、そして一緒にいたもう1人の男がどうなったかということは全く聞いていなかったということに。
だから確かに、こうして生きていても何も不思議なことじゃない。
ただ問題は、何故ここにいるのかだ。
明らかに只事では無いオーラを醸し出す光に、茂範が口を開く。
「大丈夫だ光。こっちへ来なさい。」
「だっ、大丈夫ってなんだよ……なんで殺人鬼がここにいるんだよ……」
光は完全に頭に血が上って来てしまっていた。
大切だった者たちを消されたショックは、あまりにも自分にとっては大きかった。
だから今までずっと、思い出さないように封印していたというのに……
「ふざけんなよ……なんでノコノコ平気な顔して現れてんだよ、人殺し…!」
「人殺しなんて言ったら、お前だって人殺しだよ月詠光。私の相棒を殺したし、そもそもここにいる全員だって、お前の言う殺人鬼だよ」
燕が氷のように冷たい態度で氷柱のような言葉をさしてくる。
「……は?……俺が……?」
俺がまさかあのあと……コイツといた男を……?
その瞬間、自分が男を一瞬で砂にしている映像が蘇ってきた。
上手く呼吸ができなくなり、ハァハァと苦しそうに胸元を掴む光を、武臣がソファーに座らせる。
「なんで……っ……
なんで言ってくれなかったんだよ茂さんっ……」
「こうなることを想定していたからだ。
お前が優先すべきことはそうして項垂れることではなく、まずスキルを身につけることだからだ。」
冷静な茂範の言葉に付け足すようにカイトが光を見下ろしながら口を開く。
「そもそもエスパーの仲間入りをし、SPIに入ったのなら、仲間を守るために何かを犠牲にするのは当たり前のことだ。お前はそんなことも分からず一体何を目指してる?」
「違うんですよ!そうじゃなくて……
ただ俺は……俺自身の自覚がなく人を殺してたっていうのが……ただ……」
それだけは嫌だった。
無自覚で人殺してるなんて、本当の殺人鬼みたいじゃないか。
「とにかく、お前の立場はもう私らと同じなんだ。お互いにお互いの正義を貫けば、人は必ず死ぬ」
燕のその言葉に、光の中で怒りだけではない、一言では片付かない憤りが芽生えた。
感情を押さえ込むのに必死で小刻みに震える。
「……はぁ?何言ってんだ?なんの罪もない人たちを無条件で殺してる奴が、そんな屁理屈を語るのかよ!」
「殺人に良い悪いがあるのか?やっていることは一緒なんだぞ。」
限界の糸が切れた光が、スキルと共に勢いよく燕に殴りかかろうとした。
しかし、武臣の高い瞬発力によって止められてしまった。
「光くん落ち着いて。話を聞こうよ、ね?」
ソファーに戻され、水を与えられ、乱れている呼吸を整えさせられた光は深く深呼吸した。
冷静になれ。と自分に言い聞かせる。
「光。確かにここにいる誰もが殺人というものを犯している。しかしそれは、お互いに信じるものが違った結果なのだ。
この世に、敵などというものはいない。」
茂範の穏やかな言葉だけが、誰の息遣いも聞こえないこの部屋にやけに大きく響いた。
「まずは紹介する。」
そう言われて初めて気が付いた。
この部屋にはもう一人居た。
光がここに入ってきた時からずっと茂範の横に突っ立っている知らない女性……
なぜか存在感が無さすぎて、光は全く気が付かなかったのだ。
「彼女の名は、雀。燕の姉だ。」
「?!」
「はじめましてね、光くん。」
手を差し出してきた雀は、燕とは対照的な、朗らかな笑みを浮かべている。姉妹とは思えないくらいに上品な話し方に仕草だ。
そして一番の違いは、燕は圧倒的存在感を放っているのというのに、雀の方は、ただそこにいるだけでは全く誰も気が付かないのではないかというほど、まるで存在感がないということ……。
まるで本当に鳥の雀のように……。
「あ……はじめまして……」
差し出されたその手を握った時、反射的に離しそうになってしまった。
なぜなら、血が通っているとは思えないほどに冷たかったからだ。
そしてよく見ると、彼女は透明感のある不思議な目をしていて、腕には雀のタトゥーが入っている。
「ルミエール病院のこと、ごめんなさいね。
アタシの責任でもあるわ」
「え?どういうことですか?」
「アタシはアダマスのスパイなのに、」
「え?!」
光の驚愕の声に、「あら?まだ聞いてなかったの?」と首を傾げる雀。
すると、朝凪夕凪が、「あ!」と声を出した。
「ごめん、なんも言わずに連れてきちった」
はぁ……と皆のため息が聞こえたところで、冷静なカイトが説明を始める。
「燕も雀も、茂さんが潜入させたスパイなんだ。
だが燕は、前からこちらを裏切っていた。
雀も俺らもそれを知っていたが、先の襲撃は予想外だった。油断した俺らの責任でもある。」
光は初めて知る真実にただ驚くしかなかった。
かつては燕はこちら側の人間だった……というわけだ。
それが一体どうして……何があってアダマス側へ行き、あんな襲撃を起こしたのか……
視線を移すと、燕は眉を寄せて下を向いていた。
「そして今回の雫の件、この雀に協力してもらうために呼び出した。」
そこでようやく光は気が付く。
この雀という女性の存在感が、不自然なほど薄い理由に。
それがスパイ等の潜入や、情報収集に長けているスキルなのだろう。
つまりは、そのスキルを利用してアクシアに潜入し、雫を助けるということだと理解した。
「アタシは最近のアクシアについて、いくつかの情報を持ってるわ。違っていなければ、アタシ1人でも雫ちゃんを連れ戻せると思う」
「雀、今回は光も連れて行ってくれ。
理由は話した通りだ」
「はい。了解してますわ」
全員の視線が光に集まり、光の背筋がピンッと跳ねる。
なぜ自分だけがこの任務に参加するのか、それは光自身も重々分かっている。
そもそもこの世界に足を踏み入れた理由自体、自分の中に潜在している100のスキルを目覚めさせるためだ。
分かっているからこそ、緊張も恐怖も拭えない。
「よろしくお願いします」
光は覚悟を決め、力強い表情で頭を下げる。
こうして少しづつスキルを習得していって、最強を目指すんだ。
「で、こいつも行くからな」
カイトがそう言って親指で指す人物はなんと……
燕だった。
「え……?」
何故?意味がわからない。
裏切り者を連れて行ってどうするんだ?!
そもそも味方ではないだろう!
そう言おうとすると、カイトが燕の前に立った。
「意味、分かるな?燕。
俺に殺されたくなけりゃ貢献しろ。
姉貴と共に証明してこい」
誰もが怯んでしまうような冷酷な目で燕を見下ろすカイト。
いつもは隠れている髪の隙間から見えるもう片方の目は光っている。
眉を寄せどこか悔しそうにカイトを睨みあげる燕。
「別に俺は、今すぐお前を殺しても構わない。
むしろあの時に殺そうとしたのをこいつらに止められただけだからな。」
あの時というのは、ルミエール病院での襲撃のことを言っているのだろう。
光は最後の記憶がないため、あの後この3人が来たこと以外の詳細はよく知らない。
「だから正直俺はお前なんかどうなってもいいと思ってるが、お前の優しい姉貴も、今回お前を助けに来たようなもんなんだ。優しい奴らに囲まれてさぞ幸せ者だよな、お前は。」
カイトは嫌味をぶつけつつも、自分以上に怒りに堪えているのだろうと光は思った。
彼の性根は優しいが、敵と判断した者にはかなりの冷酷さを持ち合わせていると誰かが言っていた。
「だが勘違いするなよ。今回の件、成功したとしても、誰もお前を許したわけじゃない」
「そこまでにしろカイト。煽りすぎだ」
カオルに口を挟まれたが、カイトは不機嫌な顔を崩さない。
「お前の恋人の命が懸かってるが?」
「なっ、こ、恋人じゃないっ!」
「大丈夫よ。アタシがいる限り、妹に妙なことはさせないわよ。それに……ほら。光くんもいるのよ。」
まだ燕を受け入れられてない光は、さっきから鋭い視線を燕に向けている。
その時だった。
「ん?誰か来たな…」
気配を察知するのが一際鋭いカオルがそう口にした瞬間……
バンッ!!
勢いよく扉が開いたかと思えば、切羽詰まった表情で入ってきたのは爽斗と柚、そして気まずそうな表情の玲二だった。
「どういうことだよ茂さん!俺らをシカトしてくなんて!」
「私たち、雫の親友なんですよ!私達も行きます!」
突然のことに、皆目を丸くして固まっている。
「……すみません。止めたんですが聞かなくて……」
玲二だけが、ため息を吐きながら謝罪した。
「今回の件は、アクシアだ。
行ってもお前らには何もできねぇよ」
「そんなことないっす!仲間を守るために毎日スキル磨いてんですよ!」
「とにかくこうしてる間にも柚がっ……私達も連れていってください!」
冷たく言い放つカイトに、尚も言い寄る爽斗と柚。
するとカオルが2人の前にゆっくりと近付いた。
「2人の気持ち、よく分かるよ。
俺だって行きたいよ……」
「カオルさん……」
カオルは悔しそうに自分の包帯だらけの手を見た。
「こんな時に限って使い物にならない自分に嫌気がさす……でも、仲間を信じて託すのだって、助けることと同義だとも思うよ。だから、俺らは大人しく雫ちゃんを待ってよう。」
眉を下げて優しくそう言ったカオルのオーラが、光には一瞬、その言葉と雰囲気とは伴っていないものに見えた。
これは最近獲得しつつある、" 他人の感情を見る "スキルだった。




