君を押す
藍那に喝を入れられたおかげもあり、次の日から体育祭の練習でも失敗がなくなった。
親にも、食欲が戻ってよかったと心底ホッとされた。
そして今日こそは病院に行こうと足を進めている。
結局あれから行けてなかったのだ。
真奈美の他にも、自分を待ってくれている子たちはたくさんいるのに…。
本当に俺は弱くて勝手だったな。
そんな自分にうんざりしながら久しぶりの病院に入る。
そしてたちまち首を傾げた。
「……ん?……あれ?」
しばらく来てなかったけど……
こんな感じだったっけ……
妙に静かだ。
いや、静かどころかなんの音も無いし
誰もいない。
徐々に嫌な予感がしてきてしまった。
「っ……!」
まさかまた誰か死ん……
自然に体が動き、バッと駆け出した。
「?!……なんで誰もいないんだ!」
どこへ行っても無人で、気味が悪いくらいの静寂に包まれている。
「なにがどうなって……っわっ……!!」
「しー………」
突然口を塞がれ、引きづり込まれた。
かと思えば、切羽詰まった表情で口に人差し指を当てている志門と美乃里が目の前にいた。
志門はクマを持っていて、美乃里はサンカヨウの鉢を持っている。
ゆっくりと塞がられた手が剥がされ、光は息を整えた。
「ふっ二人とも…」
「しーっ。説明してる暇は無い」
美乃里も志門も、明らかにいつもと様子が違う。
隠れんぼや鬼ごっこではないことは明白だが、何かから逃げ隠れしているような様子だ。
しかし状況がまるで掴めない。
そもそも……ほかのみんなはどこだ?
説明してほしいことが山ほどある。
「あんたを待ってたんだよ光」
「えっ」
「外部の人間でここに来るのはあんたしかいない。そしたらあんたを守れる奴が必要でしょ」
美乃里は冷や汗をかきながら息を潜め、廊下の様子を伺っている。
志門はクマを握りしめながらも震えが止まらないようだ。
「よし……光が来たことだし、志門、私が引き付けてる間に、光を連れて早く茂さんとこ行って」
「なっ、美乃里はどうすんだよっ」
「私は残る。だから早く行って」
「お前を置いてけるかよ!」
「たまには言うこと聞きなさいよ!」
今まで見たことがないほど真剣な美乃里に、志門は悔しそうに眉をひそめている。
その時……
「くっそ、あのガキ共。データでもあとあの2匹だけのはずだろ?逃がしたなんて知れたら大変だぞ」
扉の向こうで男の声と靴の音がする。
「逃げたなんてことはない。外に張り巡らされてる、奴の結界から二重に私の結界を張った。外部からは誰も侵入できないし、ここからも誰も出られない」
今度は女の声がした。
なんのことを言ってるのか全くわからないが、少なくとも光は、じゃあなぜ自分はここへ入って来られたのかと疑問だけ浮かんだ。
「へーへーそーっすかそーすか。んじゃー、なーんでガキ2人消しそびれてんだ?燕さんよぉ」
「奴らの能力は隠されているからな。おおかた、その類で隠れているのだろう。
というかそもそも、お前が取り逃したのだろう蓮砲」
「違うっ!あの時お前がストップなんてかけっから」
「仕方がないだろう!あの時私が止めてなかったらお前は今頃腹に穴あいて使い物にならなくなってたかもしれん!とくにあの男児の方だ…あいつはもしかすると」
「俺があんな小僧にやられるわけねぇだろ!ナメてんじゃねぇよ!だいたいあの小娘が厄介だったんだ。まとめて消えられる前に小娘の方だけでも消しとけば」
ひたすら言い合いを続けている2人が通り過ぎるのを待ちながら、美乃里は言った。
「いい?私は車椅子から立つことはできるけど自力では走ることはもちろんあまり歩けない。だからあんたたちだけで早く行って。」
「なら俺も残るよ美乃里ちゃん」
光の言葉に、美乃里は信じられないものを見るかのように目を丸くした。
「は?あんたがいたって何もできない」
「美乃里ちゃん、姿を消すことができるんだよね?」
今だけでなく、隠れんぼしていたときもそうだった。
今だって、俺と志門くんの手を掴んでる。
自分に触れているものは、姿気配を消すことができるんだ。
信じられないけど……
でももうこの際この状況で、信じられないことを疑っている余裕なんてない。
「だから俺が、美乃里ちゃんの車椅子を押すよ」
覚悟を決めた光の目に、美乃里も志門も頷いた。




