失う時は必ず来る
初めてバーで出会ったあの夜、お前の視線に気がついて、目が合った。
こんなに優しげな目の奴、初めてだと思ったのを覚えてる。
「やぁ、えっと…誰かと待ち合わせ?」
「いや……俺は1人だが。」
「そう!なら少し話し相手になってくれないか?私はあまり会話がない日常でね、退屈してるんだ」
「……どういう生活してんだよ」
そして俺は意図せずオッドアイを使っていて、こいつの過去が断片的に見えてしまった。
熙が情緒不安定な母親に妙な扱いを受けているところ。
首を吊った母親を前に立ち尽くしているところ。
引き取られた本当の父親の元で、契約書のようなものを書かされているところ。
そこには、今後の金銭的援助や生活面の保証は何不自由なく全て提供することを約束するが、ただ後継者を必要としているだけなので、家族としての関わりはしないというような内容だった。
熙は1つの家を与えられ、掃除や食事は全て執事がやるが、子供の頃からほぼ一人暮らしと変わらない生活をしていた。
俺は純粋に驚いた。
熙は明らかに立ち居振る舞いや言動、その優しく明るい性格から、育ちが良さそうに見えていたからだ。
「お前も……なかなか大変だったんだな。お疲れさん」
そう言って俺はグラスをぶつけた。
お互いがエスパーなんてことは、エスパー同士ならばオーラが見えるから一目瞭然。
だからあえて、お互いそんな話はしなかった。
そもそもこのバーに来たのは店長にとりついている今にも暴れだしそうな影を祓うためだ。
ガチャンとグラスが割れる音がした。
その影が覚醒した瞬間、札を使って瞬時に祓ったのは俺ではなく熙だった。
すげぇ……なんだこいつの力……
速いし強力だし、見たこともない札にスキルに……
「君っ!今のグラスの破片で怪我をっ」
「……ん?あぁ……気付かなかったな」
「いけない!早く治療しなくては!顔は大丈夫だったか?!」
そう言ってギュッと俺の頬を両手で挟む熙に、俺はドキドキと心臓が煩くなった。
何してやがる、こいつは急に……
顔ちけぇんだよ。
「お、おい……」
「ん?よく見ると君は……額に傷が……」
熙はますます顔を近づけ、俺の前髪をめくってそんなことを言うから俺はフイと顔を背けた。
「これは違う。ガキん時のだ……」
俺の幼少期は酷いもんだった。
カオルとカミラと、閉鎖的な村で酷い差別をされながら育った。
普通の人間には無い力があったからだ。
気味悪がられ、よく虐められたし、隔離されていた。
どんなに傷つけられても、俺らは決してやり返さないようにしていた。
人には無い能力を持った俺らが反抗してしまえば、きっと相手を殺してしまうことになると分かっていたからだ。
それをいいことに、ある日ガキたちに一斉攻撃され、棒がカミラに当たりそうになったのを庇った時にできたのがこの額の傷だ。
「……て……なぜこんなこと、初対面のお前に話してんだろな。まぁ……お前の過去を勝手に盗み見ちまったからこれでチャラな……」
街灯だけがぼんやり光っている夜の街のベンチ。
熙はなぜか俺の手を丁寧に治療しながら俺のそんな話を黙って聞いていた。
チラと熙に視線を移すと、なんとも言えない表情をしていた。
怒っているような、泣いているような、絶望しているような、哀れんでいるような……
今みたいな……そんな顔。
「君をっ……そんな目に遭わせるなんてっ……100回殴っても殴り足りないよ」
俺はその時、嬉しかったんだよ。
俺のことを本気で想ってそんな表情をしてくれたのが。
熙自身の育ちのことはまるでどうでもいいみたいに。
熙の右に光るピアスにやたら目がいった。
右耳のピアスはゲイなんて、そんなこといつ誰が言い出したんだろうな。
人は、意味の無いものに意味を持たせるのが好きだ。
「カイトにも開けてあげようか?」
「……お前が開けてくれんなら…」
穴なんて開けられちまったら、俺の身体がお前のモンみたいでどうこうなんて小っ恥ずかしいこと、口が裂けても言えないな。
それからずっと、俺はお前に必死だった。
くれた言葉も、お揃いのピアスも、全部生まれて初めて俺が愛された記憶だ。
だから俺は……ずっと疑問だった。
人間は、与えられたものしか人に与えることはできないはずだと思っていたからだ。
熙は……俺にたくさんの愛を与えるように、愛を存分に貰ってきた人間ではないはずだ。
同時に怖くもなる。
こんなにできた人間が、いつか俺なんかの元を離れていくんじゃないかと。
だから人は、本当に欲しいものは無意識に手に入れないようにしてるんじゃないか。
失う時は必ず来るからだ。
それを言ったらお前は……
「信じることをやめてはいけないよ。それは人間にとって、一番難しいことでもあるが、一番大切なことでもある」
そう言ったな。
だがどうだ?
俺はたった今、お前を失ってこんなに後悔してるんだぜ。
「……お前が…いなく、なったらっ……俺はっ……どう生きていきゃ、い、んだよ」
もはや原型を留めていないボロボロなこの街に、ボロボロな熙の死体、ボロボロな俺……
「お前を信じた俺は……正しかったのかよ…っ…
それって本当に……っ、お前の命より大切だったのかよ……っ」
熙のピアスをボーッと見つめる。
" どんなに離れていても、私たちはこれで繋がっているから大丈夫だ! "
そう言ってピアスを付けてくれた熙の言葉を思い出しても、涙が止まらなかった。
「馬鹿野郎……」
泣き叫ぶ声は、夜風の音にかき消されて行った。




