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日の目を見ざるリズァーラー  作者: MasauOkubo
処刑は取引であり、駆引きである
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巨大で、偉大で……存在の無いもの

 ハリコは久々に夢を見ていた。


 睡眠の必要のないリズァーラーが見るそれは、人間が夢と呼ぶものとは厳密には異なっていたが……安静と静穏の中、現実から意識を遠ざけた際に見える光景は、夢と称して差し支えないものだった。


 以前と変わらず、光に満たされた空間の中に立つ自分自身をハリコは感じていた。地下世界では決して見ることの出来ない光景、取り囲む壁面もなく、暗がりを溜めこんだ影もない。


 世界中を満たすように、白く光を乱反射する粒子がゆっくりと全天から降り注ぎ続けている様も以前目にした通りであったが、今回に限っては初めて視野に映るものがあった。


「……。」


 空も地も、真っ白に染められた世界。その地平面もまた白くぼやけて境界の曖昧な光景であったが、彼方先に、巨大な生き物が身を起こしている様が見て取れたのだ。


 生き物だ、と判断したのは単なる直感に過ぎなかった。それは微塵も動く気配などなく、その詳細を目の当たりにするにはあまりに遠かった。ハリコの直感なしには、降り続く白い粒子が積もっただけの小山にしか見えなかったろう。


 だが、その真っ白な、巨大な塊は、明らかに意思を有していた。延々と降り続く白い胞子の下、それは周囲へ声なき声で呼びかけ続けていた。



 ……帰ろう、何も無かった時へ。



 提案ではなく、要請でもなく、呟きですらなかった。実現の可否をその後の経緯に問うべくして発される、個の想起とは全く以て次元が違う。


 それは摂理であった。時間が先へと進むこと、空間がここに存在することと同様の、避けるも避けぬも議論の余地なき現実の在り様であった。


「……ウン。」


 ハリコは、それに返答をしたつもりだったのかもしれない。


 言葉を発せぬ自分の喉から、ただ無邪気に発されたその唸り声が、彼を現実へと引き戻した。


 眼前の視野は錆びついた扉の内側が塞ぐばかりである。いつも通り、排水管内部へと通ずるその扉に隔てられた小部屋の中、彼はカビまみれのクッションが零れ出た椅子に腰かけていた。


「ウゥ゛ー……。」


 暫くの間、ハリコは不満げに唸っていた。この世に二つとなく偉大な、畏敬の念とともに向き合っていた存在との対話を、不本意な形で中断されたように感じていたのである。


 が、間もなく彼は自身の胸中にわだかまる不服の妙な重さに違和感を覚え始め……じきにキョトンとした表情で唸るのをやめた。


「……?」


 先ほどまで見ていた幻覚は現実ではない。そんな不確かなものよりも、今は自分の栄養状態が満たされていることの方が重要である。


 幸いにも、前回の処刑任務の成功報酬として、管理局からは有り余る量の養分液が支給されていた。たっぷりとそれを吸い込んだ今、余程時間が経たない限り飢渇を感じることなど無いだろう。


 何も不服を覚えるような状態にはない、何故に自分は眉根に皺を寄せて唸っていたのだろう?ハリコは自分自身の情動を不思議に感じつつ、吸収したばかりの油脂で潤った自らの掌を撫でながら、間もなく平静を取り戻していった。


 騒々しい足音が近づいてくる。排水管の内部を反響するそれが近づいてくるのに応じて、ハリコは反射的に足先を引っ込めていた。


 予想通り、中にいるハリコにぶつかる懸念などお構いなしに、勢いよく鉄扉を開いたマナコが顔を出す。


「新たな任務ですよぉ!リコくん!」


 呼吸を必要としないリズァーラーが息せき切って喋ることなど無かったが、マナコがここまで逸る気持ちとともにかけてきたことは、彼女のボロい作業服の裾が乱れて縺れている様から見て取れた。


 マナコは毎度、新たに処刑任務を与えられる度、少々過剰なまでに歓びを味わう。処刑した人体を加工し、養分液として吸収できる貴重な機会なのだから、それはリズァーラーとして自然な反応であったが。


「ウー。」


「ささ、行きましょ、行きましょ!今回はまた、シェルさんやベスタさん抜きで、私たちだけに与えられる任務みたいですし!」


 小さく唸っているハリコの腕を引っぱり、暗がりの小部屋から引っ張り出すマナコ。


 ハリコとマナコに加え、シェルやベスタも含めた4名のチームが組まれる時は、前回のごとく多少複雑な段取りを要する処刑任務であることが殆どである。


 対して、ハリコとマナコだけで処刑任務に向かわされる場合は、その難易度も低いことが多かった。殊に、浅い考えのまま命令を実行に移すこの両名に与えられる任務内容は単純であり、これから向かう任務もまた骨の折れるものではないのだろうと思われた。


 腕を引っ張られて連れていかれるハリコが排水管内の出っ張りに蹴躓き、倒れかかった彼の身体を即座に振り返ったマナコが支える。


「ウゥ、ウ。」


「おっと!躓いてる場合じゃないですよぉ、管理官さんもお待ちなんですからぁ。いやぁ楽しみですねぇ、次はどんな人間さんを処刑しに行くんでしょぉ!」


 マナコが異様に機嫌を良くしていたのは、これから引き受ける任務内容についての予見も手伝ってのことだったろうが、転びかけたハリコの身体を支え、彼の顔を覗き込むマナコの瞳には一種異様な光が湛えられていた。


 それは渇望にも似た色であった。


 今、この場を支配する現実はあくまで過程にすぎぬと考え、いずれ向かうべき先、辿るべき運命の果てを、狂おしいほどに欲する者の瞳孔が、ハリコの目の中へ視線を注いでいた。


「にしても、最近のリコくんは、何だか懐かしい雰囲気ですねぇ。」


「ウー?」


「いや、変な事言っちゃいましたかねぇ、ずうっと一緒にいるんですし。これからも一緒に、処刑任務やっていきましょうねぇ。」


「ウン。」


 マナコの口にした内容の真意を捉え兼ねて、ハリコはただ曖昧な相槌を打つのみであった。

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