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日の目を見ざるリズァーラー  作者: MasauOkubo
命溢れれば浪費も増えて
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収穫を得て、死はいずれ忘れられ

 死体袋に詰め込んだ遺体を運び、リズァーラーたちは排水管内を経由して自分たちの拠点へと帰ってくる。


 帰ってきた彼らを、処刑任務の管理官が出迎え、死体袋を開けさせ、間違いなく指示した標的を処刑したことを確認するまではいつも通りであった。


 溢れんばかりに血液の溜まった死体袋の中身に、リズァーラーたちが触れまいとすることだけは、常とは異なっていたが。


「はい、確かに。処刑任務の達成を確認いたしました、お疲れ様です、皆さん。ところで、何故彼の遺体に触れないよう扱っているのです?」


 開かれた死体袋の中身を覗き込んでいた管理官は顔を上げ、いつもなら自分たちの養分となるはずの遺体から離れている面々に向け、不思議そうに尋ねた。


 ベスタが返答する。


「彼、処刑の直前に薬物を飲み込んだの。その正体は分からないけれど、服用して即座に効果が出たことから、劇毒の可能性がある。彼が毒の作用で死ぬ前に、処刑を急ぐ羽目になった。」


「なるほど、そうでしたか……。」


 事情を知った管理官は、改めて死体袋の中で血に浸っている遺体へと視線を落とす。


 処刑を担当するリズァーラーたちと異なり、彼は活動持続のための養分液を上から支給されている。そのため、この遺体を物欲しそうな眼差しで見つめる理由など無いはずだったのだが、管理官がなかなか目を離せずにいる原因は別にあった。


 食糧生産プラントの責任者だった処刑対象は、血に染まりつつも高級なスーツやアクセサリを身に着けているのである。それと気づいたシェルは、ベスタの背後から歩み出つつ口を開いた。


「この男の遺体が欲しいなら、譲るぜ?どうせ、毒が混じってて、養分液には適さないだろうからな。」


「いえ、いえ、もとよりあなたがた処刑担当チームに扱いを委ねられた遺体です。」


 管理官はシェルからの提案を辞退したが、仮にこの遺体が浸っている血液に劇毒が混じっている可能性さえなければ、ポケットの中身ぐらいは探っていたかもしれない。


 管理官が引き下がり、再び遺体を扱う権限が戻ってきた面々であったが、こちらも積極的に遺体処理過程へと移ろうとはしていなかった。先ほどの発言が聞こえていなかったのか、とばかりにシェルが肩をすくめながら改めて喋る。


「とはいえ、俺たちも欲しくはないんだ。毒入りだ、って言っただろ。」


「しかし、遺体をここに放置されても困りますから。」


 遺体が置かれていたのは管理官の執務室前であったが、既に管理官はドアノブを握り、そのまま後退して扉を閉めようとする体勢となっていた。


 管理局職員との面会も行われる執務室の眼前、リズァーラーたちが居る排水管とは隔離されているとはいえ、扉一枚隔てた先で遺体の腐敗が進めば異臭や衛生面の問題も起きるだろう。


 あくまでも事務的な手続きを優先しようとする管理官と、自分たちの養分に適さない可能性の高い遺体を持て余す処刑担当チーム。両者の言い分が平行線を辿るであろうことを予見し、ベスタが割って入る。


「管理官、以前も似たような事例があったのは覚えている?工業プラントでの処刑任務、標的が有毒な廃液を飲み込んでいた時のこと。」


「えぇ、ありましたね。」


「あの時は、処刑対象の遺体が有毒成分を含んでいて、私たちの養分摂取に向かないから、管理局に処分を託した。今回も、この遺体を管理局で引き取ってもらえないの?」


 基本的には処刑された市民の遺体をリズァーラーたちに与えることが、処刑任務の報酬であり、同時に遺体の処理手段でもある。


 が、遺体がリズァーラーの好まぬ毒物を含んでいた前例において、それを彼らへ問答無用で押し付けなどせず、管理局が別の処理手段へと回したことがあったのだ。


 今回も同様の手続きが為されないか、そしてあわよくば大体の報酬を得られないかと期待してベスタは告げたのだが、管理官の返答は芳しいものではなかった。


「しかし、今回に関しては処刑標的が飲み込んだという薬品が、毒物であると明確に報告できる状況ではありませんからね。それに、彼が薬物を飲んだという行為自体、あなた方の目視以外で記録されてはいませんし。」


「それでも、管理局の職員さんたちへ、伝えてはもらえないの?回収した遺体は、私たちの養分に適さない状態だって。」


「いちおう伝えてはみますが、期待はしないでくださいね。」


 今度こそ管理官は身を引き、執務室の扉をピシャリと閉めた。


 欲しくも無い遺体と共に、排水管の内部に残されたリズァーラーたち。落胆の空気が流れる中、マナコは何かを思い出したように作業服のポケットをゴソゴソと探っていたが、間もなく空になった小瓶を取り出した。


「これ、お返ししなくて良かったんですかねぇ。もう、空っぽになってますけど。」


「ラベルも何も貼られてないし、その辺にポイ捨てしても問題ないって思われたんじゃないか?」


 食品に垂らすことで任意の市民を目覚めぬ眠りにつかせ、二度と退院できない医療機関へ送り込むために用いられる薬品。


 消費抑制、人口削減のためのノルマを達成させるため、各コミュニティのリーダーに与えられるものであった。人口削減ノルマの存在は地下都市における機密の一つではあったが、こうして空っぽになった薬の小瓶は単なるゴミの一つに過ぎなかった。


「私たちが、この小瓶の中身を全部使い切っちゃうことも、既に想定されてたんですかねぇ。」


「さぁな。……それより、どうするよ。あんだけ危ない橋を渡って、手にしたのが毒入りの死体だけってか?」


 愚痴っているシェルの隣をすり抜けて、死体袋へ近づいて行ったベスタが、遺体から滲み出る体液に触れないよう気をつけつつ死体袋の口を閉じている。


「ここで文句を言っても仕方がないでしょう。それより、遺体を移動させる準備を。執務室前に腐乱死体を放置するわけにはいかないから。マナコ、ハリコも手伝って。」


「ウゥ。」


「はぁい。」


 ハリコもマナコも言われた通り、死体袋の移動を手伝い始める。現状に不満を述べているのが自分だけであることに気づいたシェルは、マナコに向かって問うた。


「おい、マナコはいいのか?お前、今回の任務はタダ働きになりそうだってのに、珍しく文句を言わねーんだな。」


「そりゃあ、ごほうびを戴ける目途が立ってなければ、私も文句言ってましたけどぉ……。」


 こちらを振り向くマナコの顔を見たシェルは、彼女の目が楽しそうな光を湛え、口元が愉快そうに持ち上がっている様に気づいた。


「今回は、きっとたんまりボーナスをもらえますよぉ。」


「そんな、何を根拠に……」


「だって、あんなにたくさんの市民が運ばれて行きましたからねぇ。研究施設には、持て余す数の人体が届いてるはずですよぉ。」


「ウン、ウン。」


 マナコの隣で、ハリコも頷いている。彼らは、以前ウィトゥス博士の研究施設へ赴いたときのことを思い出しているのだ。


 あの研究施設には、リズァーラーと人間の関連性を探るため、数多くの人体が保管されていた。死体ではなく、脳活動の停止した状態で、眠り続ける人体が。


 どのような研究がなされているのかはマナコもハリコも興味を持つところでは無かったが、二度と目覚めぬ眠りについた人間が、そのままにリズァーラーのための養分液へ加工され、自分たちへの“ごほうび”として贈られた経験は忘れ難いのだろう。


「269体も搬送されたんです、1体や2体分の遺体を加工した養分液は、私たちの功績を讃えて送っていただけるんじゃないかと……」


 喋りながらも死体袋を抱えて離れて行くリズァーラーたちの背後で、執務室の扉が再び開かれる。


 見れば、管理官が満面の笑みを湛え、重そうなケースを彼らに向けて差し出していた。


「あぁ、お待ちを、皆さん。つい先ほど、管理局の職員様から、今回の処刑任務成功についてのお褒めの言葉とともに、追加の褒賞を戴けました。どうぞ、お受け取りを。」


 開かれたケースの内部には、粉砕され攪拌された血肉の詰まった瓶が……今までに与えられたものよりも、二回りほど大きな代物が並んでいた。管理官が妙ににこやかになっていたのも、上の職員に良い心証を与えられたことを喜んでいたためだろう。


 パッと表情を明るくしたマナコが走り寄っていき、ハリコもそれに続く。


「わぁ、やっぱりですよぉ!新鮮な養分液です、しかも多いですねぇ!」


「ウゥ……!」


「ちょっと、いきなり手を離さないで。死体袋を運ぶのが途中だってのに……。」


 瓶を大事そうに抱えて戻ってくる二人を窘めながら、ベスタやシェルもその瓶の魅力には抗えず、管理官が差し出すそれを受け取っていた。


 すぐにでも瓶の中身を堪能しようと気もそぞろなマナコやハリコを宥めつつ、死体袋を処理部屋まで引きずっていった一行は、早速瓶を開けて、粉砕したての血肉を味わいはじめる。


 食糧生産プラントで働いていた市民たちの肉体だけはあって、栄養状態は間違いなくその他のエリアで処刑された人間の身体よりも良好であった。


「マナコとハリコの奴、こうなることを見越して、あの薬品を全部、食糧庫の中身に振り撒いたんだろうか?」


「さぁ……何も考えていなかった結果だと思うけれど。」


 血肉のジャムを両手で掬っては肌に塗り込み、お互いの顔を見合わせてはしゃいでいるハリコとマナコ。こんなにも無邪気な反応を見せている彼らが、意図的に人間市民の犠牲を拡大したのだとは考え難かった。


 やがてシェルもベスタも、地下都市においてはこの上ない栄養価の塊を前に、摂取行動へと専念し始めたのであった。毒物が混じっていると思しき死体の詰まった袋は、遺体処理室の隅で忘れ去られたように捨て置かれていた。

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