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日の目を見ざるリズァーラー  作者: MasauOkubo
命溢れれば浪費も増えて
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命の絶えてなお、死が生活する

 食糧生産プラントの責任者が処刑された現場からは、既に警備兵たちの多くが立ち去り、処刑の後片付けを行うリズァーラーたちを見張る役目を担った者だけが残されていた。


 首元の咬傷からとめどなく血を流出させ続けている遺体を前に、ベスタは仲間たちの方を振り返って口早に指示を出した。


「死体袋を開いて。遺体搬送の準備を整える。」


「はぁい。いやぁ楽しみですねぇ、食糧生産プラントの責任者さんの死体となれば、さぞ栄養価も豊富なんでしょうねぇ。」


 丸めて携行していた死体袋をシェルと共に広げているマナコは、地面に広がっていく鮮血溜まりを前に、見開いた目を輝かせている。


 が、ベスタが遺体の回収を急かしたのは別な理由による判断であった。


「彼は処刑直前に服毒しているの、すみやかに回収しなければ、どんな毒素が傷口から垂れ流されるとも知れない。」


 ベスタとハリコによって首筋に噛みつかれ失血死する直前、プラント責任者は自身の口の中へと何かを放り込んでいた。


 一瞬の動作だったため、彼が服用した物の詳細を見極めることは不可能だったが、飲み込んだ直後から痙攣の症状が始まっていたことからも相当に強力な毒性を有する薬物なのだろう。


 いかに強い効果を発揮する毒素も、服用して間もない現時点では全身に回っているわけではあるまい。が、その消化管内部から身体へと毒が浸透していくことは防ぎようがなかった。


「死体袋に押し込んだら、きっちりと口を閉じて。おそらく、この遺体を養分液に加工することは出来ない。毒が混じっているんだから。」


「えぇー、こんだけ苦労して処刑にこぎつけたのに、おあずけですかぁ?でも、人間さんにとっての毒が、私たちリズァーラーにも有害とは限りませんよぉ。」


「確かに分からないけれど、不明な成分を積極的に取り込むべきではないと思う。」


 マナコは不満げな声を上げるが、今言われたことの意味を理解しなかったわけではないらしく、ハリコと協力しつつ男の遺体を持ち上げにかかった。


 持ち上げられた遺体からボタボタと垂れる血の音が妙に響くことに気づけば、一帯は妙に静まり返っているようであった。とはいえ、警備兵たちの靴音は絶えず聞こえてくる。


 人の声や生活する音が全く絶え、無機質な物体同士がぶつかり合い、こすれ合う音だけで、この居住区は満たされていたのだ。


「警備兵さんたちも、お忙しそうですねぇ。」


「ウゥ。」


「目覚めなくなった住民の皆さんを運び出す仕事も、楽じゃないんでしょうねぇ。」


 遺体を収め、死体袋の口を閉じながらも、マナコとハリコの間で交わされるそんな無駄口を、シェルもベスタも窘めることなく無言であった。住民が目覚めなくなったのは、食糧庫内の食品に薬物を添加したマナコとハリコ自身の行動の結果である。


 実際の住民数よりも過剰に食糧を確保していた件について、食糧生産プラントの責任者に罪を着せるために実行したのが今回の処刑前工作だった。本来は管理局から指示される食糧消費抑制ノルマに従って減らしておくべき住民を、彼が生かし続けていたが為の措置でもあった。


 全て、管理局の思惑通りに進んだことには違いない。この任務の成功を、無邪気に受け止めていられるマナコとハリコの精神が、シェルもベスタも今は羨ましいようであった。


「それにしても、269人でしたっけぇ?そんなにたくさんの身柄を、上層の医療施設まで運ぶのは、苦労しそうですねぇ。」


「ウン。」


「ここの居住者さんたちが、まるきり消えたわけじゃないと思いますけど、食糧生産施設で働く人がこんなにも大幅に減っちゃって大丈夫なんでしょうかぁ。」


 その心配をするのは、今回の任務を執行し終えてからでは遅すぎるが、ノンビリした口調に変化が無いあたり、マナコの中では大した問題としては扱われていないのだろう。


 搬送の準備が済んだ死体袋を仲間と協力して持ち上げつつ、シェルが答える。


「ここでの働き手ぐらい、他の居住区から募集すりゃあ、いくらでも集まってくるんだろうよ。食糧調達には事欠かない居住エリアだ、と印象付けられてるだろうからな。」


「なるほどぉ、確かにゴミ漁りしているよりも、よっぽど生活しやすく思われそうですねぇ。」


 食糧生産に携わる以外の人間といえば、マナコは廃棄物処理エリアの市民ぐらいしか知らなかったが、地下都市の下層には更に多様な市民が暮らしている。


 実際のところ、廃棄物の山から有用な資源を取り出し、廃品から新たな製品を作って暮らしている面々は、貧困層の市民の中でもかなり恵まれた暮らしを送れている方である。


 日々生きるための食糧どころか、水や空気までも安定して得られる保証の無い区画で生きている人間たちにとっては、この食糧生産プラントで働けるという身分はほぼ特権階級のように感じられただろう。


 不自然に人口が大量に減少したことは同時に、暗に管理局に逆らったことについての見せしめとして機能し得る事実であった。


「処刑対象の遺体を運び出します。」


「我々が先導する、こちらが指示するルートを外れないように。」


 仲間の持ち上げた死体袋の口がしっかり閉じたままであることを確認し、移動開始の意思を告げたベスタに警備兵が答える。


 後には血溜まりが残されていたが、服毒した人物の流血をリズァーラーたちも積極的には吸収しようとはしていなかった。ここが衛生状態を気にすべき区画であることを鑑みれば、後ほど管理局から清掃チームの派遣があるだろう。


 処刑執行現場は警備兵たちによって監視されていたためか、周囲に野次馬など居るはずも無かった。しかし、その場を離れ、居住者たちの住まいが並ぶ区画に近づいていくほどに、喧噪は大きさを増していった。


 勿論、それは目覚めぬ眠りに落ちた住民たちの身体を、警備兵たちが部屋の中から引きずりだしては路上に並べていく喧噪である。


「搬送開始手順の済んだ班から順次出発。C班、D班を先発させろ。」


「警備巡回班からの増援は行われない、多少手荒でも構わない、作業を速やかに済ませることを優先せよ。」


 遠目には相変わらず見分けのつかない警備兵たちが、指揮を執る警備隊長の声に従ってキビキビと動き続けている。


 集団発生した急病患者を、医療設備へ運び込むというのはあくまで建前に過ぎない。荒々しい動作で各部屋のドアをこじ開け、まるで荷物のようにドサドサと住民の身体を転がしていく作業は、救護活動には程遠い光景ではあったが。


 住民の中には、家族と同じタイミングでは食事をとらなかった者も居たのだろう。


 死体袋を運びながらもシェルは、ある部屋の扉が細く開かれ、その隙間から怯えたような少年の目が外の様子を窺っていることに気づいた。


「……。」


 扉には、力尽くでこじ開けられた跡が残っている。


 おそらく少年の家族は、既にあの薬物が添加された食品を口にし、昏倒した状態で警備兵たちに運び出されてしまったのだろう。彼の背後には、生きている者の気配の無い、冷たい薄闇だけがあった。


 明らかに警備兵とは異なるリズァーラーが死体袋を運んでいる様にも少年は気づいただろうが、生き延びた住民の行動を監視し抑制するための警備巡回部隊がその視野を遮る。


 怯えるように、数少ない生存者である少年は扉をピシャリと閉めた。


「なぁ、ベスタ。」


「ねぇ、シェル……何?」


 シェルが話しかけようとするのと同じタイミングで、ベスタもまた彼に声をかけようとしていた。


 発言を譲るように彼女が口を噤んだのを確認して、シェルは言葉を継ぐ。きっと、同じことを喋ろうとしていたであろうことは、おおよそ伝わってきていた。


「ここから運び出された市民が、意識を取り戻すことは無いんだよな。」


「……そうね。」


「誰も帰ってこないんだよな……。」


 シェルは念を押すように語り続けたが、ベスタはそれ以上、返答しなかった。


 既にもぬけの殻となった空き部屋からは、踏み込んでいった警備兵たちが物を漁る音が響いている。地下都市における住民の登録書類を回収する目的もあるだろうが、もはや持ち主の消えた家財に敢えて値打ちのある品々を残す意味も無いだろう。


 つい先ほどまでそこで生活を続けていた市民たちの暮らしが、事務的に効率的に片付けられていく音を背に、死体袋を運ぶリズァーラーたちは現場を去っていった。

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