手足となって、傍に居た
再び一緒に居たいと願っていた相手、ほかならぬマナコの身体と再会できたはずなのに、あろうことか腕を振り上げてマナコの身体を破壊しようとし続けているハリコ。
それを阻害するために組み付いたグレッサとの格闘は、存外に長く続いた。本来ならば、こういった荒事には全くの経験がないグレッサに対し、小柄な体躯とはいえ長らく処刑任務に携わり続けてきたハリコのほうが有利なはずである。
「ガア゛ゥ゛ゥ゛!ウ゛ウ゛ァ゛ァ゛……!!」
「あ゛、あ゛あ゛ぁ゛!」
やみくもに暴れるハリコの吠え声と、全身全霊で食らいつき続けるグレッサの声が、暗がりの中で反響しあう。
現状においては背後から組み付いているグレッサに分があった。ずっと口に咥えていた携行照明も取り落とし、ハリコは思ったような視野も得られず、さらには早々に深々と噛みつかれてしまった片腕の自由が利かない。
また、ハリコ自身の意図も関わってきていた。当然ながら、マナコに再会し、マナコの活動を再開し、マナコと今後もずっと一緒に居たいと願っていたのはハリコ自身である。
「ア゛ァ゛ゥ゛!グルァ゛ァ゛ウ゛ゥ゛!」
マナコの身体を、壊したいなどと考えるはずがない。可能な限り損傷の少ない状態のまま、マナコに養分液を与えてやりたい。
自分だけが、良い目を見られると思うな!この身体は、私のもの!あの死体は、私のお姉ちゃんなの!お前が殺したんだ!リズァーラーの養分にするために、私のお姉ちゃんを!
お前にも大切な相手がいて、心底嬉しいよ!大切な相手を殺され、壊され、奪われて死に別れる苦痛を、お前にも味わわせてやれるんだから!
全身が乾燥した状態で横たわるマナコの身体へ、ハリコの身体は一歩近づいては一歩遠ざかるのを繰り返している。
ハリコの内面で強烈な憎悪を抱いた人格が破滅的な結末をもたらそうとする意思に、ハリコの辛うじて残った意識は抗い続けていた。マナコを守るため、ハリコの背後から組み付いて腕に噛みつき続けているグレッサの妨害も大いに助けとなっていた。
「落ち着いてください、いったいどうしてしまったんですか、リコさん!マナコさんと、あんなに仲良くしておられたのに、今になってどうしてマナコさんの身体を壊そうなどと……!?」
暗闇の中に錆びれた研究室、床に転がった携行照明の光を中途半端なスポットライトのように浴びながら、デリクが懇願と当惑を口にし続けている。
デリクは、ハリコという名前を知らない。パートナーとして行動していたマナコはハリコのことを"リコ"としか呼んだことがなく、ハリコ自身も言葉を発せなかったため、結局デリクが知り得た名前も"リコ"のみであった。
その呼び名は、ハリコの中に潜む怨恨を、ますます逆撫でしていたわけだが。
リコは私の名前、こいつの名前じゃない!マナコはお姉ちゃんの名前、こいつの気持ち悪い仲間の名前じゃない!どうして、私たちと同じ名前を、こいつらは勝手に名乗っているの!?
やめろ、やめろ!こんな人殺しどもと、人の血肉を啜るリズァーラーどもと、私たちを一緒にするな!
絶対にぶち壊してやる、マナコ、お姉ちゃんと同じ名前の、あのリズァーラーの身体を!!
グレッサが全力で噛みつき続けるハリコの腕の奥で、ミシッと骨格にひびが入る音が鳴った。
「グア゛ァ゛ア゛ァ゛ウ゛!ウ゛ア゛ァ゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛!!」
「う、う゛……うあぁっ……!?」
直後、ブツリと音を立てて、グレッサは唐突に後ろへと投げ出される。グレッサの噛みつきが振りほどかれたわけではない、彼女の牙はしっかりとハリコの腕に深々と食い込んだままであり、口にはハリコの腕が咥えられていた。
抵抗が無くなったのはすなわち、ハリコの腕が胴体からちぎれたためである。
「あ……うぁぇあぁ……?」
口元からボトリと、ちぎれたハリコの腕を取り落とし、グレッサは前方へと手を伸ばして探る。
この場に存在する灯りは、床に転がっている一本の携行照明だけ。暗闇を見通す視力を有していないグレッサには、ハリコの位置を視覚で捉えることなどかなわない。
腕を一本噛みちぎることにだけは成功したものの、このままでは残った両足、あるいはもう一本の腕でマナコの身体を砕かれてしまう……。
「グレッサ、無事ですか!?リコさん、どこに!?止まってください、マナコさんのことを一番大事にしていたのは、あなた自身でしょう!?」
「ア゛、ア゛、ァ゛……!」
ハリコもまた、グレッサによる妨害が無くなった直後から、自分の身体が勝手に前へ前へと進んでいくのを止められなかった。
床に落ちた携行照明の灯りは壁面のデリクばかりを照らしていたが、凡そマナコが横たわっている位置は分かる。噛みちぎられなかった方の腕を振り上げ、着実に着実にその方向へと近づいていく自分の身体を、止められない。
散々、抵抗してくれちゃって。このリズァーラーの"マナコ"とやらの身体を粉々に砕いたら、あのチビのリズァーラーも、壁際で喚いてるだけのリズァーラーも、壊してやる。
お前は、永遠に孤独で居ればいい。自分自身の手で、仲間を壊した実感を味わったまま。
足先に、マナコの身体を包んでいた死体袋が触れる。暗闇の中でも、もはや位置を間違えようはない。ハリコの意思は懸命に抵抗していたのだが、いまや体の動きは完全に、生前この身体の持ち主であった"リコ"の制御下にあった。
ハリコの身体はその場に膝をつき、思い切り振り上げた腕を、渾身の力で振り下ろそうとする。
「……エ?」
……え?
肩の筋肉が動いた感覚は確かにあったのだが、振り下ろされる拳が存在しなかった。
ハリコの斜め後ろで、ドサッ、と音が鳴る。腕の先の感触が無い。ぎこちなく振り向き、顎の先で自分の肩先の感触を確かめた時、何が起きたのかをようやくハリコも、リコも、理解した。
腕が……勝手にちぎれ落ちてる……?
「う、う゛、うぅ゛ぁ゛!」
「グレッサ!リコさんの身体ををあらためて捉まえたんですね!そのまま、マナコさんの身体から引き離してください!これ以上暴れさせると、巻き添えでマナコさんの体が砕かれてしまいます!」
ようやく手探りで位置を確認し、再びハリコの背中から組み付いたグレッサは、デリクの指示通りにハリコの身体を背後へと引き倒し、マナコの身体から遠ざける。
が、リコは、ハリコの身体を用いて、もはや満足に抗うことも叶わなかった。
まだ両脚は胴体に繋がってはいたが、それすらも強く麻痺したような状態になり、自分の意思通りに動かせなくなっていたのである。
どうして……何が起きたの?あれだけ噛みつかれた方の腕がちぎれるのは分かる、けど、もう片方の腕は、脚は、無傷のはずなのに、なんで……?
いや、嫌だ、動いて、私の身体!こんなチビのリズァーラーに、私の復讐を邪魔されるわけにはいかないの!脚だけでも、立ち上がって、奴を踏み砕くことぐらいできる!動いてよ!
……お嬢さん、確かにハリコの頭と胴体は、もともとお前さんの身体だったかもしれない。
だが、この両手と両脚は、お前のものでも、ハリコのものでもないぜ。マナコを壊すために、使わせてやるわけにはいかないな。
「ウ゛ゥ゛……!」
ハリコはあまりに懐かしい声を聴いたような感覚に、思わず呻き声をあげる。それは間違いなく、シェルの声だった。
ハリコがブラックマーケットでの処刑任務で四肢を切断された後、ウィトゥス博士によって新たに移植されたのはシェルの両手両足であった。そのこともまたハリコは、すっかり意識の外に置いていたわけだが。
菌糸としてのみハリコの手足として存在していたシェルは、グレッサによる懸命の噛みつきで、自分がハリコの身体に接続されていなかった頃の意識を呼び覚ましたのであった。
両手足を提供してやった俺への恩も忘れて、最初っから自分のものみたいに手足を使いやがって。ハリコらしいっちゃ、ハリコらしいけどよ。
お前が俺のこと、きれいさっぱり忘れ去ってたおかげで、俺の存在にも気づかれず……最後に、俺たちの仲間を守ることが出来た。
あとは、マナコのことを頼んだぜ、ハリコ。
「ア゛、ア゛ァ゛、ウ゛ァ……!」
ハリコは懸命に、どこへともなく呼びかけたものの、既にシェルの声は聞こえなくなっていた。
グレッサによってマナコから遠ざけられるようにズルズルと引きずられていった後には、自切されたハリコの……いや、シェルの両脚がゴロンと転がっていた。




