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日の目を見ざるリズァーラー  作者: MasauOkubo
日の目は見ず、故に日に褪せず
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人らしさは、あまりに難儀な感性であり

 ハリコはときおり頭を振って自意識をはっきりさせつつ、死体袋を運び続けていた。乾燥しきった状態で寝かせてあるマナコの身体のもとへ、新鮮な養分を届けるのが現状の目的である。


 上層街居住区から、ウィトゥス博士の研究施設……だった場所へ。経路は覚えていた、ウィーパに連れられて往復し2度通っただけであったが、それは決して忘れるべきではない情報と意識されて記憶に刻み付けられていた。


「ウゥ゛、ウ゛ゥ……。」


 居住区画の中央付近、立派な屋敷を取り囲む塀に挟まれた路地の奥。口に携行照明を咥え、両腕で死体袋の足部分を抱えて引きずりながらではあったが、その場所を間違えることはなかった。


 思えば特徴的な位置関係ではあった……上層街のライフラインを管理する設備への入り口なのだから、警備されやすい富裕層の屋敷の傍に備えられるのも当然であった。


「……ウゥ゛ー、ウ゛ン゛。」


 死体袋を一旦置き、ハリコは路地の突き当たりを塞いでいる金属の扉を開く。取っ手は多少堅かったが、ガコンと回って扉は開かれた。


 施錠はされていなかった、もはや管理する必要もない都市の設備、封鎖される意味もない。


「ウゥゥ゛ー……。」


 ハリコの向かおうとする先、その道を塞ごうとする障害は無かった。しかし、彼の思考は時おり希薄化した。


 今しがたも、ただ扉を開こうとして取っ手を握り、それを回すという動作を取ったのみの僅かな時間のうちに……ハリコは、自分が何故、今こんなことをしているのか、思い出せなくなりつつあった。


「……?」


 どうして、こんなに街中が真っ暗なんだろう?ここは、たしか、水道管理局長さんのお屋敷、脇道の奥の扉は、前に探検しに入ろうとしたとき、警備兵さんから入っちゃダメって言われて……。


 ここを開けて、私は中に入ろうとしているの?この先へ、何かを運ぼうとしていて……この重い袋は、何?とても大切なものが入っているような気がするけれど、思い出せない。


 ずっと、懐中電灯を口に咥えてたんだ、私。変なの……普通に手に持って、構えればいいのに。




 えっ……なに、この、私の口から生えている牙……。




「……アァ゛、ウァアゥ゛ウ゛ゥ゛……!」


 何かおぞましいものに気づいたような悪寒が全身を走り、と同時に自分がリズァーラーのハリコであることを思い出す。


 ちょうど、自分の手が、自分の口に触れたところであった。幾度も繰り返した処刑任務にて、幾人もの処刑対象の首筋を噛み裂いてきた大牙の感触が、本来の自分としての意識を呼び戻したのであった。


「ウゥ゛、ウ゛ゥ゛ゥ゛。」


 改めて首を激しくブルブルッと振るい、先ほどまで自分の思考を乗っ取りかけていた、ありもしない記憶と、居もしない何者かの意識を振り払おうとする。


 自分は、リズァーラーのハリコ。今は、新鮮な死体を、マナコちゃんの元に届けるのが目的。たくさんの処刑任務を一緒に続けたパートナー、最後の任務で乾燥剤を噴きつけられて活動停止してしまったけれど、養分液を補充してあげればまた一緒に居られる。


 そう、マナコちゃんと一緒に居たいから、あの退屈な地上世界から地下都市へと戻ってきて、ようやく新鮮な死体を手に入れたところなんだ……。


「グルウゥ゛ゥ゛……ウ゛ン。」


 こんな分かり切ったことをわざわざ自らに再認識させねば、自分の行動目的を忘れてしまいかける経験など今までにない。


 それはリズァーラーが管理局から任務を与えられ、命令されてのみ動ける存在であったため、自主的な意図に沿って行動することに慣れていなかったためかもしれない。


 が、だとしても、自分本来の意識が他の思考に覆い隠されるのとは逆で、意識の奥底から自らの知り得ぬ自我が浮き上がってくるような感覚は、この上なく不気味で不愉快であった。


「ウ゛ゥ゛ー……ウゥ゛ー……。」


 頭を振るうたびに牙からズレる携行照明を噛んで咥え直し、死体袋をしっかりと抱えて、管理設備の通路へと入っていくハリコ。


 そこから先も、道に迷う恐れなど無かった。上層街居住区からウィトゥス博士の研究施設に至るまでの通路に分かれ道などなく、通路の天井から壁を覆うように這わされている種々のパイプやケーブルを辿って進めばいずれ到着できる。


 もはや空気も水も電気も通ることの無いライフラインに囲まれながら、ハリコは口に咥えた照明の光を頼りに歩を進めていった。


「……。」


 この場に、死体袋を引きずって歩くハリコ以外、音を立てる存在はない。


 ときおり、壁面を通るパイプから何かが反響するような音が返ってくることもあったが、警戒するように足を止めたハリコの足音が遅れて響いているばかりであった。


 誰か他の存在が自分を追いかけてきているような感覚に、ハリコはたびたび振り向きもした。口に咥えた携行照明の光の先には、無人の殺風景な通路が伸びているのみであったが。


「……グウゥ゛。」


 居るはずのない敵性存在を想定し、必要のない警戒をずっと続けていた、あの警備兵が考えていたことも十分に実感できる気がした。


 真っ暗闇に包まれ、ほとんど完全な静寂に埋め尽くされた空間では、自分の神経が尖るごとに僅かな振動、刺激も大きく増幅されて届くようになるものなのだ。


 特に、"マナコ"はその傾向が強かっただろう。彼女は聴覚が人一倍鋭敏だった。集中して勉強している時間に、コトリとでも音を立てれば目くじらを立てて怒鳴りつけにきたのだから。


「……ウ゛ー……。」


 だから、あの階段下の物置に隠れるときは、ゆっくり扉を開けて、閉じる時も出来るだけ音を立てないように気を付けた。


 二階の部屋のなかに居るはずなのに、一階で立てた物音にも気づいちゃうんだもの、お姉ちゃん。だから怖かった……そーっと歩いてたのに、爪先を扉にぶつけて、バタンッって音を立てちゃった後なんかは。絶対、すぐ、上から怒鳴り声が聞こえてくるから。


 あの物置、中に詰め込まれた物の隙間に、すっぽりと私の体が収まるから、安心だったんだ。最初っから、体が動かせないほど狭い場所なら、どこかにぶつけちゃったりする心配もないし。


「……。」


 扉を閉じちゃえば、物置の中は真っ暗だったから、何かが気になって手を出しちゃうことも無かったし。


 けど、やっぱり、何もしないのって、退屈。だから、床に転がってた錆びた釘で、壁を削って落書きしてた。もちろん、真っ暗だったから、何が描けてるのかよく見えなかったけど……あんなにたくさん、お姉ちゃんの横顔ばかり描いてたなんて。


 思えば、あの物置の中を、あんなに明るい光で照らされたの、初めてかな。父さんも母さんも、私が物置の壁に釘で傷をつけてるって知ったら、きっと物凄く怒っただろうな。


「…………。」


 ということは、初めて私の落書きに気づいてくれたの、お姉ちゃんってことになるんだ。


 お姉ちゃん、たくさんお勉強してどこに行っちゃったのかと思ってたけど、警備兵さんになってたのか。カッコいいな、あんなに強い光の懐中電灯を持ってるのも、警備兵さんだけだよね。


 また会えたとき、お姉ちゃんは抱き着いてくれたっけ。あんなに謝らなくったって、私はお姉ちゃんと一緒に居られれば、それでいいの。




 それから……私は、お姉ちゃんの首筋に噛みついて




「ウ、ウア゛ァ゛!?ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!」


 どうして?せっかくお姉ちゃんとまた会えたのに、なんで死なせちゃったの?


 この牙は、何!?私の口、こんなに大きく開かないはず、こんなに鋭い牙、生えていないはず……私は、何になったの!?


 お姉ちゃんの死体を、今、抱えてる!私は、どこに行くの!?私の身体、勝手に動かしているのは、誰!?いや!私の頭、割れてる!!


「ア゛ァ゛、ウ゛ワ゛ァ゛、ガア゛ア゛!!」


 全身を打ちのめすような強い痺れが走り、バタリと倒れ伏したハリコの目の前を、口から外れた携行照明が転がっていく。


 身を悶えさせて、まるで自分ではない意思に抗うように四肢をバタつかせていたハリコは、勢い余って頭頂部を壁面のパイプで強打していた。一度砕けた跡のある頭蓋骨のギザギザした頂点のひとつが、衝撃と共に頭部の内側へと埋没している。


 内部へ嵌入した頭蓋骨の破片によって、思考をつかさどる頭部内の菌糸が一部切断されたショックで、ハリコの意識は遠ざかっていった。

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