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将来何になりたいだとか、何をしたいだとか。そういうのがある事ってマジで幸せな事だと思う。
俺だって幼稚園なら将来の夢あったよ。宇宙の本が好きで宇宙飛行士になりたいって思ってた。
でも危険な仕事に命の危険を感じて諦めた。幼稚園児にしてはリアリズムな考えでね。
でもこのクソったれな世界ならそんなモノ要らない。
いや、正確には『要らなくなった』って言うのが正しいか。
――—『天職』なんてくだらないシステムがこの職業の自由が確立されていた世界に生まれた時から。
***
「クッソ、滅茶苦茶だろ!」
やばい。マジでやばい。
ちらっと後ろを振り返ると追いかけてくる狼。
いや、狼に見えるけどアイツらは狼じゃない。
なんせここは神域だ。普通の環境でもなければ、ここを縄張りとする生き物だって普通の奴らじゃない。
このエリアは俺ら人間如きが生き延びられる場所じゃないんだから。
……でも俺だって普通の人間じゃねえぞ。黙ってやられてなるものか。
「そんなに俺を喰らいたきゃこれでも喰ってろ!」
その瞬間、後ろからギャインと犬の様な悲鳴が一つ。
ゼエゼエ言いながら後ろを振り向くと、大きな土壁がせり上がっている。
「……どれどれ」
土壁の後ろに回り込むとそこにはいきなり現れた土の壁に勢いよく頭をぶつけたのであろう巨体の狼が絶命していた。
俺は口や鼻から血を流して倒れる狼に若干及び腰になりながら、引き攣った顔で笑う。
「は、はは」
「今のは結構あぶなかったのぉ」
オワッッ!!
「はっは、そんなビビらんでもええじゃろ」
後ろから急に話しかけられた事にビックリしてその場で飛び跳ねてしまった。
声がした方を素早く振り向いた俺はその元凶の男を軽く睨んで悪態をつく。
「いきなり話しかけてくるからだろうが!」
「神域に足を踏み入れとる以上は周囲に気を配らんといけんじゃろ。この程度でビビり上げよったら先が思いやられるで」
そういって元凶の男はやれやれといった感じで首と手を左右に振って溜息を零す。
全く以てふざけた態度を取っているこの男。でも、俺はこの男がタダ者ではない事を知っている。
「ていうか、ずっと俺の事近くで見てたんだろ?可愛い教え子の危険なんだから助けてくれよ先生」
「あれくらいは自分で対処せんと卒業できんけえのぉ」
先生。そう、この痩身で胡散臭くて方言丸出しのこの男、先生なのである。
ウエストコートで身を包み、咥え煙草の煙を棚引かせた、聖職者とはまるで思えないこの男、先生なのである。
「……お前なんか失礼な事考えとらん?」
「いやー、まさかー、ハハハ、心にもない」
「まあええけど、お前もうちょい能力の使い方身に着けえよ」
ジト目でこっちを一瞥し、フーッと煙草の煙を勢いよく吹き出した先生が言う。
確かにその通りだ。本来の能力の使い方は別に攻撃的なものじゃない。
「そもそもお前の天職ならあんな犬っコロ如き、態々相手取る必要すらないじゃろうが?」
俺の天職。
そう、この世界に『天職』という概念が生まれたのはごく最近、5,60年前の事だ。
『天職』、それは人に与えられた福音であり呪い。
俺たち人類はある日突然、ソイツに合った適正を与えられたのだ。
そして人類はそれから今日に至るまでこの『天職』ってヤツに散々振り回されている。
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