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今更普通の異世界転生  作者: 玉庭ひとり
第一章 賢者の町
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003 絵本と魔法

*** ハル ***


 おはようございます、こんにちは、こんばんは。4 歳になったクレアです。

 当初自分の名前が嘔吐の擬音と同じなのではと心配していましたが、可愛い名前をつけてもらっていました。ただ、自分が男に転生したわけではないことに、やりきれない思いの残る日々です。



 さて。4 歳にもなるとできることが増え、遊びの幅も広がったように思う。特に文字への理解が進み絵本をたくさん読めるようになった事が重要だ。

 俺がこの世界で生まれたところは、前世の感覚では小さい規模の町で、その昔魔法に秀でた賢者が隠居する際、彼を慕って国を出た人々が作り上げたという話だ。

 賢者は晩年、今後規模が大きくなるであろうコミュニティの未来を思い、彼の家族や後継者に知識や教育の重要性を説いて過ごしたため、この町は昔から小さいながら学校や図書館も備えている。

 町の中でも図書館は家からとても近いため、初めこそ母さんに連れられて訪れていたが、受付のお姉さんと顔馴染みになり母さんも安心したのか、今では一人で足繁く通い、絵本漬けの毎日を楽しんでいる。


 絵本の内容は神話や伝説が多く、けれど大人たちが言うには、それらの一部は脚色はあるものの史実らしい。その他の物語は史実を模した空想なのだとか。

 教訓的な内容を描いた童話的な話も少なからずある。

 母さんには動物が会話するような易しい内容の絵本を読み聞かせてもらっていたけれど、一番簡単な文字を一通り覚えてから自分で読んでいるのは所謂英雄譚だ。

 この世界で広く浸透している英雄譚の内容を簡潔にまとめると、神童として片田舎に生まれた英雄アポロアが、最終的に魔王ゲオスを倒し世界に平和をもたらすというもの。魔王はケルオスと表現されることもある。

 アポロアは旅路で様々な地を訪れ、各地での騒動がそれぞれ一つの物語になっている。一連のシリーズものというわけだ。

 "アポロア記"は史実の一つらしく、魔王を斃し平和な世をもたらした英雄アポロアは、人族には伝説的存在として周知されているらしい。

 具体的に何年前か、とか、誰がこの物語を描いたのか、といったことが記されていないのは気になるが、その辺りはひとまず無視して内容を素直に受け入れることにした。


 ちなみに文字は 4 段構えになっていて、平仮名に相当するエー文字、漢字に相当するベイ文字、魔力を込めるためのセーン文字、カタカナに相当するデック文字がある。

 セーン文字は一文字でベイ文字を幾つも合わせたような複雑さで、魔力を込め魔法を起動させる回路兼起動媒体のようなものらしい。もはや絵。

 デック文字は新しく生み出されたモノや他文化のモノに用いられるそうだ。


 自分の意識や記憶ははっきりしているにもかかわらず、文字を文字として認識し記憶するようにうまく頭が働かないため、まだエー文字しか覚えていない。

 それから、子供の体に宿る"遊びたい"というエネルギー、欲求が強く、心も引っ張られているような感覚がある。

 子供らしく振る舞えるか心配したこともあったが、端から見ればちょっと成長の早い子供、という感じだろう。多分。

 学校にはまだ通っていないけれど、何歳からという決まりはなく、十進法の数字一桁とエー文字を覚えた次の年から初年度生として入学するとのこと。

 もちろん数字も覚えたので、年が明けるのを楽しみにしている。


 アポロア記では、現実に確かに存在するとされるが誰もみたことのない存在、神についての言及や、魔族が住む大陸の話、天使、悪魔、精霊の話などがある。

 ざっと絵本を読んだ感じでは転生や異世界のことは出てこなかったが、絵本ゆえ端折っている可能性もあるかもしれない。

 早くベイ文字も覚えて、小説として書かれたシリーズに手を付けたいところだ。



***


「ただいま」

 夕暮れの食事時、クレアが家の戸を開けて帰宅した。家はこの町によくある大きさの平家で、庭では農耕地で作られる穀物とは別に季節の野菜や薬草を育てている。

「おかえり、クレア。毎日図書館で飽きない?」

「そんなことないよ。アポロア記の絵本は読んじゃったけど、他にもたくさんあるから」

 あらあら、と言って食事の準備を続ける母グレンの表情は柔らかい。

 第二子をお腹に宿しているが、妊娠初期の辛い時期は乗り越えたようで、最近は食事も進んでいる。


 クレアも食事の手伝いをしていると、父パルパが商店から帰ってきた。

「ただいまグレン、クレア。変わったことはなかったか?」

「おかえり父さん。今日も楽しかったよ」

「そうか。たまには体も動かしたらどうだ?最近急にインドアになって、ちょと心配してるんだ」

「え、そうなの?どこも体は悪くないよ?」

「そうか、それならいいんだ。・・・そうだ、今度の休みはみんなでコモリの丘にでも行こうか」

「ほんとっ?ピクニックだっ!楽しみにしてるね!」

 にこっと笑うクレアに、パルパも嬉しそうな顔で答える。

「じゃ、食べましょう。二人ともどうぞ」

 グレンが促し、三人はシチューとパン、椎茸のソテーとほうれん草の付け合わせを食べ始めた。


 夕食のひとときはパルパの心をいつも安らげてくれる。

 パルパは商店の店長で、商店は冒険者用の装備を主に扱っており、販売しているものの多くは町の内外から卸している。しかし薬の類は自分で作っているため、本職を問われると薬師と答える方が適切かもしれない。

 薬は店に併設の調合室で作るため、クレアが父の仕事を見ることは殆どなかったが、何の仕事をしているかは知っていて、たまに又聞きする冒険者の話をクレアは興味深そうに聞いていた。


 パルパの店は浮き沈みがあまりなく、たまに調子がいい時と、そうでない普通の時があるくらいだ。

 それも一重に冒険者のおかげで、ひいては冒険者が向かうダンジョンのおかげなのだろうが、多くの家庭で子供たちはダンジョンやその周囲は恐ろしい所だときつく教え込まれているため、一概にダンジョンに感謝することは憚られる。

 クレアは冒険者の話に興奮することはあっても、ダンジョン自体に積極的に興味を示す様子は無かったため、突然危険に身を投げるようなことはなさそうだと、最近はパルパもグレンも安心していた。

 図書館に入り浸り始めるまでは、グレンが見守っているとはいえ、近所の林を駆け回ってあちこち傷を作って帰ってくるような少し度を越した奔放さだったからだ。

 たまには妻の気分転換も兼ねてコモリの丘でゆっくりするのもいいだろうとパルパは考え、一心にパンを頬張る娘とのピクニックに思いを馳せた。



*** ハル ***


 父さんは商店で冒険者の相手をする事が多いらしく、冒険者の話を聞くこともたまにある。大体は母さんに話しているのを自分もついでに聞いているだけなので、あまり理解していないと思われている気がする。

 多くの絵本に出てくる"ダンジョン"はどうも共通のものを参考にしているようで、その現物は大陸の真ん中にあるらしい。

 ダンジョンの周囲には魔物が徘徊しているため、隣国に被害が出ないよう、あるいはダンジョン自体の攻略を目的に活動している者を総称して、冒険者と呼ぶそうだ。

 この町はダンジョンに関連した魔物が出現する平原の南西にあるらしく、平原で討伐された動物型の魔物の素材はギルドや商店が買い取っているらしい。


 父さんには体のことを心配されたが、俺は至って健康そのもの。

 むしろ調子がとてもいい。

 何しろこれは”物語の中の出来事”なのだ。いいようになっていないはずがあろうか。いや、ない。反語。


 ・・・赤子の頃に感じていた"あの感覚"は、やはりというか当然というか、魔素に触れる感覚だったらしい。

 父さんと母さんがそう教えてくれたから、そうなんだろう。

「いずれクレアにも自分に合った魔法が使えるようになるから、魔素を身近に感じているんだよ」

 と、父さんも母さんも度々私に話している。

 二人が言うには、魔素には幾つかの種類と種類ごとの性質、個人との相性があるらしい。日頃から魔素を感じて過ごすと、自分に合った種類の魔素に自然と体が馴染み、その恩恵にあやかれるのだとか。


 この話を聞いたとき俺は、これか!と思い興奮した。

 誰が何のために俺を元の世界から離脱させこの世界に捻じ込んだのかは知らないが、何らかの目的があってのことだろう。そして、何かをさせたいのなら、それがどんな分野であれ突出した能力が必要なのは間違いない。

 例えば圧倒的な武力や知力・・・この世界で云う魔法の力かもしれない。

 あるいは尽きることのない幸運、運命を手繰り寄せる能力かもしれない。

 はたまた、結末は既に決まっていて、そこに向けて全てが調整されるような出来レース的世界の法則かもしれない。

 いずれにせよ、自分の状況がこれらの、あるいはそれ以外のどのパターンかわからない現状、俺の持つアドバンテージはこの意識と前世との差異をどう活かすかに尽きる。

 そんなことを考えていた矢先の"魔素"だ。俺がこのファンタジー物質に注力するようになったのも自然な流れと言わざるを得ないだろう。


 ・・・そう結論付けてみたものの、この世界では転生者が珍しい存在ではなく、自分が転生モブの可能性もある。仕方ないことだが、往々にして主人公以外は扱いが雑になる。

 ただひたすらに、幸せな世界を失ったことを埋め合わせてくれるだけの優しい現実を願うばかりである。



 絶望的推察の話は置いておこう。

 魔素についてだ。


 意識だけははっきりしている現状、制御仕切れない体は別物とある程度割り切って、魔素のことをあれこれと探ってみた。

 初めから感じていた、体の中と外に魔素があること以外にもわかったことがいくつかあるが、特に重要なのは、自分で探る限り魔素には一種類しかないということだった。

 体に馴染む魔素の種類は自然に決まると父さんや母さんは言うが、まだそんな段階にないだろう幼児の自分に、既に一種類しか魔素が感じられないということは流石にないと思う。たまたまそうなら仕方ないが、反証として、自分はこの一種類の魔素でベクトルの異なる幾つかのことをできるようになっていた。


 まず一番大事なことは、魔素そのものを動かせるということ。

 動かせるといっても自分の体内の魔素が中心で、けれど体外の魔素にもたまに影響を及ぼせているようなので、いずれは全部操れるようになるだろう。

 体内の魔素は体の調子を整えてくれているらしいので重要だ。らしい・・・というのは他の人がどうしているのかわからないからで、父さんや母さんにも聞けていない。

「魔素の循環を整えたら調子が良くなるよね?

 なんてことを 4 歳児が親に聞くのは、こちらの常識は知らないけれど違和感を持たれるだろうと勝手に判断している。


 体の欲望とそれに釣られる心が思い通りにならない反面、"ハル"としての冷静な意識は常に保たれていて、幸いなことに魔素は俺の味方だった。

 魔素は体と馴染むのに時間がかかる、という説が関係しているんだろうか。その辺はいずれわかるのかもしれないが、ともかく魔素は常に俺のコントロールを受け入れてくれたため、俺は意識的に魔素とできるだけ戯れることにした。ゆくゆくは無意識的にできるようになりたいが、かなり先の話だろう。

 ただ、まだ幼いせいか望み通りとまではいかないものの、体内の魔素は循環だけでなく、停止、貯留、拡散、分配、圧縮と、色々な方法で動かせそうだと気付いている。

 中でも循環は、体の不調を何やらいい感じで緩和してくれるだけでなく、傷もちょっと早く治る。

 前世では民間療法やおまじない、宗教等、科学的根拠のないものに体調をよくしてもらおうなんて考えたこともないが、こちらでは魔法でそれに近いことが実際におこなわれているかもしれないな、と思う。実際、魔法がファンタジーではなく現実なわけだし、やろうと思えば証拠を積み重ねることもできそうだ。

 そういうわけで体調はとてもいい。


 次に大事なことは、魔素の動きを体のどこか任意のところで操作できそうだ、ということ。

 さっきと何が違うのか。

 魔素をただ動かすことと、魔素を局地で動かすことは全然違う。

 例えばボウルの中の水を手で動かしてみたとする。水はボウルの中で、全体が手の動きに沿って動くだろう。これを前者とするなら、後者はボウルの中の水を、一箇所だけ周囲と隔絶させて動かせることになる。

 俺はこの点に、魔素の持つ無限の可能性をみた。

 ・・・これ、そのうちセーン文字を体内で描けるんじゃね?

 なんならザ・魔法陣もかけたりしない?

 という可能性だ。


 セーン文字は、俺の感覚では要するに魔法陣だ。

 ザ・魔法陣と仮に表現してみたのは、絵本に出てくる天使や悪魔に付随するいかにもな魔法陣で、セーン文字とは違う。

 ちなみに天使は六芒星、悪魔は五芒星の魔法陣を使うらしい描写が多い。


 家の中でもキッチンで水や火を起こすのにセーン文字を配した道具が使われているが、体内でセーン文字を起こせるなら、ありとあらゆることがこの身一つでできることになる。

 逆に言えば、それは魔素の種類が云々というのは間違いで、人それぞれの魔素との触れ合いが、セーン文字に類似する何らかの形で体内に記憶、保持されているのではないかと考えられる。

 多分同じようなことを考え、立証している人もどこかにはいるだろう。そういった説をまだ聞かないのは、俺が幼いからか、定説が根強く浸透しているからか、魔素の制御が実は難しいからか。


 魔素の制御が拙いため考察の域を出ないが、それだけに魔素制御の練習も楽しい。

 ちょっと前までは体を動かしながら魔素制御の練習をしようと毎日林を駆け回っていたが、林で遊ぶ楽しさに幼い心が躍りすぎるという理由と、文字を覚えたこともあり、最近図書館にシフトしたのだ。

 加えて魔素制御にはどういうわけか体力を使うため、それだけでも全身運動になっているというオプションもインドア生活を後押しした。

 こういった事情から、俺はこの考察の正しさを信じ込み、いつか訪れるはずの役割に備えてとりあえず図書館通いを続けることにした。



***


「あつっ!」

 ガシャッという音と突然のクレアの声に、向かいに座るグレンがクレアを向く。見れば、クレアのグラスが割れ、右手の人差し指から血が滴っていた。

 グレンはクレアに近付こうと席を立つが、足下にグラスの欠片がないか注意しつつ寄ると、すでにクレアの人差し指には傷がなかった。

「ごめんね母さん、グラス割っちゃった・・・」

 しょんぼりとするクレアの声は、怪我などなかったかのようだ。

 見間違いだろうか?そう思ってグレンがパルパの方を見ると、パルパの顔にも”?”の文字が見て取れる。


 食事を終え風呂から上がりクレアが眠ると、グレンはパルパに夕食時のことを話した。

「ねぇ、クレアは癒しの魔法が使えるようになるのかしら?」

「あぁ、そうかもしれないね。奔放で好き勝手になるかと思ってたけど、優しい心に育ってくれていると思うと嬉しいよ」

 パルパの答えにグレンも同意する。

「でも、流石にまだ早いわよね。私の子だから、って思うのは贔屓目かしら」

「流石に、な。まぁ、ちゃんと導いてやれるよう、心づもりだけはしておかないとな」

「そうね。そのうちヘイラーさんに話を聞いてみるのもいいかもしれないわね」

「そうだな、そのうちにな」

 我が子の成長に対する喜びと期待を分かちあい、パルパとグレンも部屋の灯りを消した。

主人公が主人公足り得る理由の大部分は、物語性というよりは恣意的な側面が占めているように思います。

元も子もないですが。

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