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忘却の天井  作者: 夢乃
第三部 ~忘却の天井~
22/28

次の目的地

「これで当初の目的は達成、だな」

 カイムがアリューの後ろから声をかけた。

「うん。でも、折角だから、他にも生きてる受電所があったら、そこにも送電してみる」

 コンソールをそろそろと操作しながら、アリューは答えた。

「残ってるとこ、あるかな?」

「大抵は壊れたり鉱山になっちゃったりしてると思うけどね、私たちの街の近くにだって人知れず残っていたんだから、地上全体なら何個か残ってるかもしれないよ」

「確かにな」

「うーん、でも、確かに残ってないね。応答があるのが、他に3箇所だけ」

 表示されている世界地図の中に、無数の赤い光点が現れた。そのうちの3つが点滅している。


「点滅しているのが、生きている電力受電所か」

「そう。光ってるだけなのは、受電所があるはずなんだけど応答がないところ」

「なら、その3箇所に送っちまおう。無駄にはなるかもしれないけど、困ることはないだろ?」

「多分ね。植物に覆われてたりしたら火事になるかもしれないけど」

「植物なんて、ほとんど生えてないからな」

「うん。だから、送っちゃうね」

 アリューがコンソールに指を這わせる。再び画面に文字の羅列が流れてゆき、それが終わった時には点滅していた3箇所の赤い光点が緑色に変わった。


「これでよしっと。あと1つ、やりたいことがあるんだよね」

「地上に電力を送る他にか? 天井のあちこち見て回りたいってなら、俺も賛成」

「ううん、それもいいけど、塔を昇りながら考えてたんだ」

 アリューはカイムを振り返って続けた。

「天井に、太陽を映せないかなって」

「太陽を?」

「うん。天井の内側ってコンソール画面みたいになってて、昔は色々なものが映し出されているって話を読んだことがあるんだ」

「それは俺も聞いたような」

「それなら、太陽を映し出せば、地上だって今よりずっと明るくなるし、少しは暖かくもなるんじゃないかな。受電所がないところでも、光発電できるようになるし」

「明るくはなるだろうけど、暖かくなるかな? 可視光と一緒に赤外線まで放射すれば大気は温められるだろうけど」

「本物の太陽ほどにはならないだろうけどさ、でもほんの少しでいいんだから。いきなり暑くなったらそれでみんな体調崩しちゃうし」

「確かにな。それに、どっちにしろ光があるに越したことはないし。それで、それもここから操作できるのか?」

「わかんない。ちょっと試してみる」


 太陽の表示はアリューに任せ、カイムは別のコンソール端末へと空中を移動した。

(次のことも考えておかないとな)

 さっきまで見ていたアリューの操作方法を思い出しながら、コンソール端末の電源を入れて文字を自分の読める言語に変える。問題はここからだ。

 良く理解できないまま、コンソールを操作する。それでも、言語設定を変えたお陰でほどなく目的の機能を見つけることができた。上手くいくかは判らないが、試しては見るべきだろう。


「こちらカイム。パイク、聞こえたら応答してくれ」

 マイクロフォンがどこにあるのか判らないので、コンソールに向けて話しかける。パイクは、こことは別の部屋のコンソール端末から、上層にいると言う知り合いと連絡していた。それならここからも通信は可能だろう。ただ、自分のメッセージが本当に上層まで届いているかどうか、確認のしようがない。そもそも、発した声をコンソールのどこかにあるはずのマイクロフォンが拾っているかどうかすら判らない。

(いや、声が拾われていることくらいは判るかな)

 カイムは改めてコンソールに触れる。画面に音声インジケーターと思われるものが表示された。もう一度声を出してみるが、まったく反応しない。どこか設定が間違っているのか、それともここにはマイクロフォンがないのだろうか。それにしては、表示されている内容を信じる限り、入力として音声が選択されている。


 しかし、すぐに音声がミュートされている可能性に思い至り、再びコンソールを手探りで操作すると、音声インジケーターが反応した。改めて、パイクに呼び掛ける。声を拾っていることは判るようになったが、依然として、上層まで声が出て届いているのか判らない。それに、届いていたとしてパイクが上手く受け取ってくれるか。さらに、カイムやアリューの名前を覚えてくれているか。不確定要素ばかりだが、やってみないことには始まらない。適当に時間を開けて、同じ言葉を何度も繰り返した。

 音声を録音しておけば楽に繰り返せるとは考えたものの、方法が解らない。通信手段と同じように手探りで見つけることはできるかもしれないが、せっかく起動できた通信機能を止めてしまうことにもなりかねないので、やめておいた。


「カイム、何してるの? 何か喋ってたけど」

 空中を漂ってきたアリューがカイムに後ろから声を掛けた。カイムが振り返る途中で、アリューはコンソールに手をついて体を静止させた。

「アリューの方は終わったのか?」

 返事の前に質問を返したカイムに、アリューは気分を害した様子もなく首を横に振った。

「ううん、ここからだと天井に何かを映すのはできないみたい。でも、天井の構造図はあったから、映せる場所も判ったよ。ここ」

 アリューがホロパッドに表示した場所は、今いるこの部屋よりだいぶ外側寄り、上層に近付く方向だった。丁度、天井の厚みの中央辺りだろうか。水平方向の距離は、ここからあまり無い。


「じゃ、そこが次の目的地か」

「うん、そう。それで、カイムの方は?」

「ああ。パイクに連絡を取れないかと思ってね」

「パイクに? 何で?」

 アリューの顔に疑問符が浮かんだ。

「外に置いてきた自動車、あれを天井というか、塔の中に入れられないかと思って」

「え? どうして?」

「どうしてって、ここでやることが終わったら地上に帰るだろ? その時、また2ヶ月も密閉されるのは避けたいからな。帰りはエレベーターを動かしてそれで降りようと思って。でも、自動車がないと降りた後が困るからさ」

(それに、アリューにとっては親方の遺した大切な形見だしな)

 心の中で、カイムは付け加えた。


 アリューは腑に落ちた様子で頷いた。

「ああ、そうか。私はまた自動車で降りる気でいたよ。でも、エレベーターってまだ動くのかな?」

「判らないから、それも聞こうと思って。でも、連絡できているのかいないのかも判らないんだよな」

「しばらく頑張ってみる? 最初の目的は達成したから今日はここで休んでいいし、何なら何日か待ったっていいし」

「何日も待って応答がなかったら無理だろ。明日いっぱい待って駄目だったら諦めよう」

「わかった。じゃ、そうしよう。その間に天井のことできるだけ調べておくね」


 アリューはまた、さっきまで操作していたコンソール端末の前に空中を戻って行った。コンソールのコネクタ部分から細いケーブルがはみ出している。天井の図面をボロパッドに写すために、また改造したようだ。カイムから道具を借りる必要がなかったことから、最初の改造で慣れたのだろう。


 アリューのやることは彼女自身に任せて、カイムはパイクへの呼び掛けを再開した。連絡が取れることを祈りながら。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 カイムの心配を余所に、パイクからの応答は思いの外、早かった。そろそろ食事にしようかという頃合いに、画面に返事が表示されたのだ。


《カイムって、少し前に下層で会ったカイム?》


「ああ、そうだ。聞こえるか?」


《うん。“聞こえる”のとは違うけど、届いてるよ。

 まさかそっちから連絡が来るとは思わなかったな。

 何か用かい?》


「聞きたいことと言うか、お願いしたいことがあるんだが・・・」

 カイムは、自分たちが地上に戻る時のために考えていることを説明した。パイクは言葉を挟まずに聞いていた。向こうからの言葉は文字だけなので聞いているかどうかは確認できないし、たとえ当人を目の前にしても布の表情など読みようがないので、どんな態度を取っているか解りようもないが。


《わかった。力になれると思う。

 レザーにも相談しよう》


「レザー?」


《ああ、名前は言っていなかったか。

 その部屋への道を聞いた、僕の友人だよ。

 彼なら天井のことに詳しいし、

 相談にも乗ってくれると思う。

 このまま続けてもいいが、直接会った方がいいな。

 今からそっちへ行っていいかい?》


 肯定の返事をしようとしたカイムの横から、アリューが割り込んだ。

「あ、待って。私たちこれから、別の部屋に行くから、そこからまた連絡するよ。その時に来て欲しいな」

 アリューは天井から地上に向けて太陽の映像を映すこと、そのために部屋の移動に1ヶ月ほどかかりそうなことを説明した。


《なるほど。

 時間を決めて待ち合わせても、数日の誤差は出そうだな。

 わかった。次の連絡を待ってるよ》


「場所は判るのか?」


《連絡をもらえれば、送信元は判るよ》


「そうなのか。それじゃ、その時に頼むよ。悪いな」


《旧人類の乗り物の実物を実際に見る機会なんて

 ここで暮らしていると、ないからね。

 レザーも、リングの機能を使えるとなれば

 張り切るだろうさ》


 地上に戻るための話をつけたカイムとアリューは、肩の荷を一つ下ろした気分で食事を摂れた。いや、下りた荷は二つだ。地上への送電再開もできたのだから。


 天井に入ってからと言うもの、食事と睡眠と排泄の時間以外はほとんど移動に費やしていたが、この日は睡眠時間になるまで、送電制御室で体を休めた。二人とも意識はしていなかったが、慣れない生活に疲労が溜まっていたらしく、普段よりも早い時間に眠りについていた。

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