疑似太陽
次の目的地への移動には1ヶ月も掛からなかった。2人が移動に慣れたと言うより、単に移動距離が短かったためだ。アリューが送電制御室で調べた天井の構造図によると、ここが第8中央制御室という場所らしい。
この部屋の扉も、簡単に開いた。使う者も居なくなって久しいとはいえ、“制御室”という重要だろう施設にこうも簡単に入れてしまうとは、天井に移り住んだ人々のセキュリティ意識はどうなっているのだろう、いや、どうなってしまったのだろう、とカイムは訝しんだ。自分たちにとっては有り難いことだが。セキュリティ対策も無駄なもの、と切り捨てられてしまったのだろうか。下層にほとんど何も残っていなかったように。
「どうだ? できそうか?」
天井人のセキュリティ意識についてあれこれ勘繰るのはやめて、カイムは、コンソール端末の1つを操作し始めたアリューに聞いた。相変わらず、照度を落としていても画面は明るすぎる。
「今調べてる」
アリューは画面と操作盤を交互に見ながら答えた。ここに到着したら、すぐにもパイクと連絡を取ろうと考えていたカイムだったが、アリューの目処がつくまで待つことにした。ここで天井の内側壁面へ太陽を表示する操作ができないとなれば、また移動しなければならない。パイクに連絡して、また別の部屋へ、と言うのは彼に悪い。性別がないらしいから“彼”と表現して良いものか悩むが。
部屋には、送電制御室よりもたくさんのコンソール端末が並んでいる。“中央”制御室という名前から考えると、より重要な施設なので残されている機材が多いのか、それとも、まだ解体作業がここまで及んでいないだけなのだろうか。
「操作はできそう・・・だけど、簡単にはいかないかなぁ」
コンソールを触っていたアリューの声に、カイムは物思いを中断した。
「すぐには無理か?」
「何日もかかるものでもないけどね。映すものと、どうやって映すかって言うプログラムがあるから、適当なのを選んで組み合わせればできそうだけど、この先ずっと映したままにできるかどうかとか、いろいろ調べないと」
「太陽の表示データと動作プログラムがあるならすぐできそうな気がするけど」
「とりあえず映すだけならね。でも、プログラムがみんな短くて、ずっと動かし続けるのは工夫しないといけなそう。簡単に来られる場所じゃないから、ミスがあったら不味いし。・・・うーん、やっぱりそうしよ」
アリューはコンソールから手を離し、バッグから工具を取り出した。
「何するんだ?」
「これでプログラムはちょっと面倒だから、ホロパッド繋ごうと思って」
「なるほどね。何か手伝えることは?」
「とりあえず大丈夫。あ、作業はここでやれそうだから、パイク呼んでもいいよ」
アリューは、カイムがこの部屋に来てから何もしていない理由を理解していた。
「知ってたのか」
「そりゃ判るよ」
「それもそうか。じゃ、呼んでみるよ」
カイムは、並んだ隣のコンソール端末へと漂い、操作を始めた。一度やったことだから簡単だ、と思ったが、送電制御室の端末よりもできることが多いためだろう、操作メニューが多くなっていて少し手間取った。それでも、アリューが悩んでいるほどには苦労することなく、上層への通信を送ることに成功した。
すぐにパイクから応答があり、ここに来てくれると言う。来るまでに、アリューの作業は終わるだろうか?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ドアの開く音にカイムがゆっくりと振り返ると、布切れが入って来るところだった。2枚。切れ込みの入った身体(?)を交互に動かして、ふわふわと漂ってくる。入口から真っ直ぐにカイムの前のコンソールに来た2枚は、コンソール横のパネルらしきところに重なった。画面に文字が出る。
《待たせたかな》
カイムはマイクに向けて声を出した。
「いや、それほどでもない」
《僕の上に重なったのがレザー。
彼は君たちの言葉は解らないから、
僕が通訳するよ。
〈よろしく〉ってさ》
「こちらこそ、よろしく」
とは言っても、2枚の布の違いなどカイムに判るはずもないが。
「それで、帰る時のために、外に置いて来た自動車を塔の中に入れたいんだ。それに、エレベーターも1基でいいから、動くようにして欲しい。できるかな」
《エレベーターの方は簡単だそうだよ。
自動車は、どの辺りにあるんだ?》
聞かれて、カイムは困った。どう示せば良いのだろう。
「ここから、隣の端末も見られるか?」
《見られるよ。
情報は共有されているから》
「解った。ちょっと待ってくれ」
カイムはアリューを振り返った。彼女はすでにホロパッドを繋ぎ終え、プログラムに苦心しているようだ。
「アリュー」
「なあに?」
「忙しいところ悪いんだが、自動車を置いた場所、ホロパッドからここの端末に移せないか?」
「うん、それならすぐできるよ。ちょっと待って」
アリューはホロパッドを操作して天井の画像を表示させた。自動車を置いて来た場所が光点で示される。
「これでいい?」
「パイク、隣のコンソール端末に繋いだホロパッドからデータを流した。見えるか?」
《これだね。判った。
そこにロボットを回してもらうよ》
問題なさそうだ。アリューに伝えると彼女はプログラミングに戻った。
パイクはこちらのコンソール端末から自動車を移動するために何かをしているらしい。やっているのはパイクではなく、もう1人(1枚?)の、レザーか。カイムは、何をしているのか確認したかったものの、それが邪魔になっては不味いだろうと、黙ったまま見守った。
突然、画面に映像が映った。外の映像のようだ。真っ暗な中、丸い光が天井を照らしている。いや、天井は真っ黒だったから、これは2人の昇って来た保守用のレールだろう。その光の輪の中、灰色の背景に異質な物体が映っている。カイムとアリューの乗って来た自動車だ。その前後に、何かがある。パイクの言っていたロボットだろう。
《君たちの自動車って、これかい》
画面の隅に文字が重なった。
「そうだ」
《判った。動かせるかな》
前後のロボットがアームを伸ばし、自動車を捕まえる。そのまま、しばらく変化がない。いや、よく見ると、ロボットが僅かに揺れているだろうか?
《動かせないらしい。
レールの凹凸にしっかり嵌っていて。
この、左右に伸びているアーム、
切断してもいいかい?》
「待った」
親方であるディルクの遺品に回復不能な加工を施すのは、カイムには躊躇われた。最終的にはそれも致し方ないとしても、アームはただ、縮めれば良い。
「その、今この映像を映しているロボット、大きさは? それと、腕みたいなものは付いてないか?」
《大きさは直径50cmほどの球状。
それにアームが2本、少し小さい収納アームも2本》
「それなら、運転席に入れるな。開けたままだから、そこのレバーで横に伸びたアームを収納できる。うん、その真ん中の。いや、それじゃなくてもう1つの方。そう、それ。それを奥に押し込む感じで」
画面が外から自動車の中に移り、手前から伸びた銀色の腕の先端の3本の爪が開いてレバーを掴んだ。動かそうとするが上手くいかない。ロボット本体の方が動いてしまう。しかしパイク、いやレザーは、ロボットを座席にアームで固定することで、レバーの操作に成功した。画面ががくんと揺れる。
「これで移動できるか?」
《すまない。言い忘れてたよ。
レザーと話していたから。
大丈夫だ。もう移動を始めている》
映像が、車内から外に出た。レールを離れた自動車が虚空を移動している。
「こっち準備できたよ。これで大丈夫だと思う。やるよ」
アリューがカイムを振り向いた。
「ちょっと待った。パイク、天井の内側の面に太陽を映したいんだが、今やって大丈夫か?」
《太陽を映す?》
「ああ。それがあれば天井からの電力送電がない場所でも、光の恩恵には預かれるからね」
《なるほどね。少し待って。
・・・・・・
いいよ。やってみてくれ》
「オーケーだ、アリュー」
「はい、やるよ」
アリューがホロパッドに手を伸ばした。途端に、カイムのコンソール端末に映っている外の画像が明るくなる。目が眩むほどではないから、それなりに離れた場所に映っているようだ。
《ああ、あれだね。
随分と暗くないかい?》
画面がパンして、天井の黒い面に映る光の塊が表示された。パイクは『暗い』と言うが、カイムとアリューにするとかなり明るい。
「あれくらいでいいの。突然明るくなり過ぎたら生活が一変しちゃうだろうから」
《なるほどね。それも考えているんだ。
ところで、君たちはこの後どうする?
すぐに帰るのかい?》
カイムは瞳に(どうする?)と言う思いを乗せて、アリューを見た。アリューは少し考えてから言った。
「うん、目的は果たしたし、一度、街に帰りたいな。変わった地上の様子も見たいし」
《一度ってことは、エレベーターは
動かせるようにしたまま?》
「あ、それはいい。来てみて解ったけど、天井の人と地上の人は違い過ぎるもん。同じ“人間”なのはパイクと話してて解るけど、生活とか全然違うだろうし。だから、私たちが帰るのには使わせて貰うけど、それっきりにしておいた方がお互いにいいと思う」
アリューが(それでいいよね?)と言うようにカイムを見た。カイムは力強く頷いた。
《でも、『一度帰る』ってことは、
また来る気なんだろう?
その時はどうするんだい?》
まるでパイクの悪戯っぽい笑みが見えるようだ。布地の表情など読みようもないのに。
「その時はまた、自力でなんとかするよ。今回みたいに」
アリューは力強く答えた。
《解ったよ。そのつもりで用意して貰ってる。
少し時間がかかるから、
その間、上層の見学でもしたらどうだい?》
「上層の見学?」
《ああ。
この近くの小さいエレベーターを使えば、
旧人類の君たちでも楽に行けるよ。
ここからそう遠くない場所にある》
カイムとアリューは顔を見交わせた。天井の中を見て回れるならそうしたい、ということは2人も話していた。
「できるなら、行ってみたい」
《なら、行ってみるといい。
こっちは進めておくよ。
終わったら君たちが戻るまで待っている。
エレベーターの場所はそっちの端末の、
ホロパッド、だっけ、そこに送った》
アリューはコンソール端末に繋いだままのホロパッドを見てから、マイクに向き直った。
「ありがとう。行ってみる。カイム、行こ」
カイムもマイクに向かって礼を言い、コンソール端末から離れた。
天井に来てから3ヶ月以上が経っているが、無人の下層と中層しか見ていない。布人間の生活する上層に向かって、2人は宙を漂い始めた。




