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忘却の天井  作者: 夢乃
第二部 ~天井への道~
14/28

上昇

 自動車は、順調に塔の外壁を昇ってゆく。歯車の振動が車内に響くが、予想したほど酷くはない。これなら、車内での睡眠もなんとかなりそうだ。運転席の上にある照明は、進行方向の数十m先までを照らしている。光の中に現れるのは、塔の壁だけだ。

 前方や下方は真っ暗で何も見えない。いや、よくよく注意して見ると、ところどころに光点が見える。光源が何かは判らない。


「それで、天井まで、どれくらいかかりそうだ?」

 外の様子を見るのは諦めて、カイムはアリューに聞いた。

「予定じゃ2ヶ月だったけど、今の速度だと、えーと」アリューはフロントパネルの速度計を見た。「3ヶ月ちょっとかかる、かな」

「でも、地表から離れれば速度はもっと上がるだろ?」

「そうだね。昇った方が遠心力が大きくなるはずだし。明日、どれくらい進んでいるか見て、もう一度計算してみる」


「だな。それより今は、この後の睡眠時間を決めておこう」

「睡眠時間? 今までみたいに夜に寝ればいいんじゃない?」

「いや、この先ずっと動きっぱなしだろ? だったら、2人の内どっちか1人は常に起きていた方が良いだろ。何が起こるか判らないし」

「あ、そっか。つまり、交代で睡眠を取って、私かカイムのどっちかが必ず起きているようにする、ってことね」

「そういうこと」

 2人は相談し、8時間の睡眠を交互にとることにした。どちらかが起床した後、4時間後にもう1人が眠る。つまり、1日8時間は2人とも同時に起きていることになる。


「今からどっちか寝ておこう。アリュー、先に寝るか?」

「え、うん、えっと、ちょっと興奮してて、眠れそうにない」

 カイムは笑った。苦労してやっと昇り始めたんだものな。

「いいよ、それじゃ、俺が先に寝る。最初は時間を調整するから、そうだな、3時間で起こしてくれ」

「解った。その後、4時間経ったらあたしが寝る番だね」

「ああ。それじゃ、お先に。お休み」

「お休みなさい」

 カイムは、座席を倒し、身体を固定するベルトの具合を確認してから目を閉じた。アリューは、カイムの睡眠の邪魔にならないように、フロントパネルの照度を最低まで落とした。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「結構あっちこっち、灯りがあるんだね」

 塔を昇り始めてから3日が経過していた。2人は浄化槽の作るペーストと水の食事を摂りながら、変わり映えのしない窓の外を見眺めていた。

「そうだな。常夜の領域に人が住んでいるなんて、今まで思いもしなかったけど」

「あれが人の灯りとは限らないけどね」

 高度が上がるにつれ、窓から見える景色のそこここに光点が見えるようになっている。


「あ、ね、あっちの結構大きい光、温泉に入らせて貰った火山の街かな」

 アリューが左側、北の方角を指差した。

「うん、そうかも。・・・いや、違うな。まだこの高度じゃ、あそこまで見えないよ」

「そっか」

 アリューは手元のホロパッドに目を落とした。

「今この辺で、あそこの街はこの辺りの緯度・・・まだ見えないね」

「見える高度まで昇っても、今度は遠過ぎて判別が難しいだろうし」

「そうだよね。あの光、何かな」

「色からすると、確かに火山ぽくはあるかな」


「そう見えるよね。あっちはなんか、人工的な感じ」

「誰か、住んでるのかな。住んでいるんだろうな」

「だよね。地上にはほとんど人が残っていないって言っても、結構いそうだね」

「ああ。しかも、常夜の領域なのにな。人が残っているとしても、高緯度地域だけかと思ったよ」

「私たちの街とか、結構緯度高いもんね。塔に来るまでに通った街だと、橋の街が一番低緯度だったね」

「うん。あの辺りが人の暮らしている限界だと思ったけどな」

「そうだよね。夏至に合わせて街を出たのに、あの橋を渡ってからはほとんど太陽見えなかったもんね。流石は暗黒大陸って呼ばれてるだけあるなぁ、なんて思ったもん」

「そうだよな。俺たちの街も冬は1日中真っ暗だけど、今の季節なら昼間は陽が射すもんな」

「その分、まだ暮らしやすかったんだよね。そうじゃなきゃ、街があれだけの規模にならないだろうし。ここから見えるところ、どれくらいの街なのかな」

「さあな。“街”とも言えないくらい、少人数かも知れないな」

「うん」


 しばらく、言葉が途切れた。

 自動車が塔を昇っていく音が車内に響く他は、何も聞こえない。

「西側もこんな感じかな」

 自動車が昇っているのは、塔のほぼ真東を向いている整備用のシャフト、と言うか、溝だ。視界は左右200°程度確保できているが、運転敵の後方に窓はないし、そもそも塔があるから窓があったとしても見られない。


「似たようなものだろうな。この塔を境に東西で劇的な違いがあるなんて思えないし」

「そうだよね。でも、あっちも見てみたかったな。この道、塔に巻き付いていれば良かったのに」

「そうしたら、昇るのに余計に時間がかかるんじゃないか」

「そうだけどね。2~3ヶ月かかるんだから、大した違いじゃないよ」

「まあね」


 ずっと見ていても、目に見える変化はない。光の数は増えないし、視覚的には動いているようには見えない。上を見れば真っ黒の天空・・・いや、天井があるのみ。

 それでも、寝て起きると、地上に光点が増えているような気がする。いや、実際増えている。高度が上がるにつれ遠くまで見えるようになり、昨日は確かに見えなかった場所に、確認できる光点がある。その1つ1つが人のいる証かどうかは判らないが、少なくともいくつかはそうだろう。


「人の暮らしているところって、近くに電力受電所あるのかな?」

「どうかな。いや、ないんじゃないか」

「どうして?」

「近くにそんなものがあったら、そこは鉱山になってるよ。動くものが残っているとしたら、そこには人は住んでいないだろうよ」

「あ、そうか。私たちか確認して来たところは、隠れていたから残ってたんだもんね」

「ああ。あの距離なら、見つかり易かったら街の連中にとっくに解体されていただろうな」

「うん」


 歯車の音を立てて、自動車はどこまでも昇ってゆく。無限にも思える塔の頂を目指して。

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