表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
忘却の天井  作者: 夢乃
第二部 ~天井への道~
12/28

改造

 2着の宇宙服と6個の酸素ボンベを持って塔の入口まで戻った時には、2人とも汗に塗れていた。宇宙服もボンベも軽い素材で作られているらしく、最初のうちは楽な仕事だと思っていたが、嵩張る荷物は1歩歩くごとに重みを増してくるかのようだった。

 漸く入口に辿り着いた時にはカイムもアリューも言葉を発する元気すら無く、自動車に戻って汗を拭い、浄化槽の吐き出すペーストと水で食事を簡単に済ませると、泥のような眠りに就いた。旅に出てから、これほどの肉体的疲労を感じたのは初めてだった。


 翌日、目覚めた時刻は正午に近かった。今の時期、街で過ごしていれば太陽の光が注いでいたことだろう。ここ、常夜の領域ではそのようなことは望むべくもないが。

「おはよ。ご飯にする?」

 カイムに少し遅れて目を覚ましたアリューは伸びをして言った。

「おはよう。うん、そうしよう。今日中に改造できればいいけどな」

「何日か、かかっても大丈夫だよ。期限が決まっているわけじゃないし」

「それでも、早いに越したことないだろ。朝食を済ませたら取り掛かるよ」

「うん。私も手伝うよ」


 代わり映えのしない食事を簡単に終えて、早速2人は浄化槽を宇宙服に繋ぐ工作に取り掛かった。アリューがカイムの座席から浄化槽を取り外している間に、カイムは工具を使って持ってきたボンベを分解する。主に必要なのはボンベと宇宙服を繋ぐパイプだ。

 簡単には取り外せそうになかったため、ボンベを強引に抉じ開けてパイプを取る。宇宙服側はクイックディスコネクターで容易に接続・取外しをできるようになっている。外見は1本に見えるが、切り裂くと、中は2本になっていた。吸気の供給と呼気の排出用のようだ。

 反対側はボンベに繋がり、中で2本に別れている。簡単には取り外せそうにない。通常、取り外す必要の無いものだから、当然だろう。この接続部分を外して、浄化槽に繋げれば良いわけだが。


「カイム、持ってきたよ」

 アリューが取り外した浄化槽を傍に置いた。

「ありがとう。じゃ、空気を出し入れするパイプの接続口があるはずだから、調べておいてくれ」

 普段は排泄物をペーストに戻すためにしか使わないので、カイムもどこに繋げば良いか知らなかった。

「うん、わかった。ホロパッドに入ってるデータにあるかなぁ」


 アリューが浄化槽を調べ始めるのを横目に、カイムは自分の作業を続けた。上手く外せば、パイプをそのまま使って浄化槽に繋げそうだ。口が合わないだろうが接続部分を工作して、後は密着テープで塞げばなんとかなるだろう。短時間、宇宙空間に出るだけならば。

 1個目のボンベを解体してその構造を把握したカイムは、2個目を今度は慎重に分解し始めた。分解といっても、カイムの持っている工具では密閉されたカバーを無傷で開くこともできない。最初のボンベから得た構造を頼りに、中味を、特にパイプを傷付けないように、電動鋸で開いてゆく。


 ボンベといっても、本体は内部の2つの円筒で、カイムが切り開いているのはそれを密閉するカバーの部分だ。中にはボンベ本体の他に、引き込まれたパイプや状態や内容量を示すために使うのだろう、簡単な機器で構成されていることを、1個目を解体した時に確認している。

 カイムは、それらの内蔵されたものを傷つけることなく、なんとかカバーを切り開いた。時間はかなりかかってしまったが。


「カイム、いい?」

 作業がひと段落したところで、アリューが話しかけた。カイムの邪魔をしないように待っていたようだ。

「何? 判った?」

「判ったって言うか判んないって言うか。多分。ここら辺にあると思うんだけど」

 アリューの指し示したのは、浄化槽の中程、左右の角だった。何もあるようには見えない。

「浄化槽って密閉されてるから、中は良く判んないんだけど、構造図見るとここみたい」

「構造図なんてあったのか?」

「ホロパッドに入れてあった。いつ入れたか判んないけど。って言うか、浄化槽って排泄物を入れるとことペーストと水を出すとこ以外に外に見える口ないんだもん、図面でもないと判らないよ」

 アリューの言うことも尤もだ。


 しかし、浄化槽は中の微生物で排泄物を分解、再生している。詳しい仕組みはカイムも知らないが。加えて、もともと閉鎖生態系を実現するためのものであり、基本的な仕組みや機能は昔から変わっていないのだから、吸排機構もあるはずだ。

「ちょっと図面見せて」

「はい」

 アリューから受け取ったホロパッドでカイムもそれを見た。

「ほら、ここのとこ、内側にパイプを繋げるようなのがあるでしょ」

「うん、確かに」


 立体表示される四角い箱の内部構造図にそれっぽいものが確かにある。

 下部のペースト取り出し口と同じ側、左右に外から接続するようだ。しかし、現物の浄化槽を見てもそのような、外から中に通じる口はない。不要なものとして取り払われたのか。

「アリュー、浄化槽のカバー、外してみてくれるか?」

「これ、開くの?」

「そのはず」

 カイムの働いていた、アリューの祖父、ディルクの修理工場に、浄化槽が持ち込まれることもあった。他のものの修理はカイムも任されていたが、浄化槽だけはディルクが1人で手掛けていた。密閉された浄化槽は壊れにくく、最近は持ち込まれたことはないが。

 しかし、修理できるということは、分解も可能ということだ。少なくとも、カバーを外すくらいはできるはず。アリューがホロパッドに保存していたデータにはメンテナンス方法は書かれていないが、構造からある程度の推測は可能だろう。そう言うと、アリューは頷いた。


「解った。やってみる」

「頼む。工具は好きに使っていいから」

 浄化槽をアリューに任せ、カイムはボンベに戻り、パイプを取り外しにかかった。最初に解体した時に確認した構造は、思いのほか簡易なものだった。宇宙服を着ている者の呼吸により弁が開閉して、吸気と排気を行うようだ。

 これなら、パイプだけを浄化槽に繋げばなんとかなりそうだ、とカイムは見当を付けていた。最前ホロパッドで見た吸排気口のサイズと、パイプの径は完全には一致していないが、そこは強引になんとかするしかないだろう。


 パイプも、繋ぎ目なくボンベ本体に繋がっていたため、結局は電動鋸に頼るしかなかった。他の部分を傷付けないように注意しつつ工具を操り、途中から二股に分かれたパイプを取り外すことに成功した。休む事なく、もう1つのボンベからもパイプを取り外す。

 2本のパイプを並べたところで、アリューも作業を終えていた。カイムの作業が終わるのを待っていたらしい。


「取れたよ。前半分だけど」

「おつかれ。さて、どうするかな」

 浄化槽の前半分、下部のペーストや水の取り出し口を除いて中が剥き出しになっていた。

 剥き出しといっても、ほとんどが緩衝用だろう、スポンジ状の詰め物で覆われている。その上下中央、左右の端にある円形の穴が吸排気口だろう。ホロパッドで見た構造図によれば、向かって右側が呼気用、左側が吸気用のはずだ。

 両方ともカバーが嵌められているが、表面は網目状になっていて密閉はされていない。必要な吸排気はこれで行なっているということで合っているだろう。二股に分かれたパイプの先をここに繋げば良いわけだが、カバーを外したまま、というわけにはいかない。

 それに、自動車の座席の下に納める必要もある。どうしたものだろう。


「どうやるの? カバー、開けたままじゃ拙いよね」

 カイムが考えていたことを、アリューが言った。

「それを考えてる・・・どうしたもんかな・・・」

 カイムは口を閉ざしたが、アリューが焦れる前に続けた。

「カバーに穴を開けてパイプを通す。パイプは吸排気口に密着テープで固定する。それでいこう」

「椅子の下に入らなくなるんじゃない?」

「パイプが足の下にはみ出すけど、大丈夫だろう。椅子の方も少し削らないといけないかもしれないけど」

「うーん、元の浄化槽からパイプが生えるだけだもんね。そうしてみようか」

「こっちの工作は俺がやるから、アリューはお前の浄化槽も下ろして、カバーを外しておいてくれ」

「解った、やっとく」


 2人はまた、分業に入った。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 浄化槽の加工には丸1日かかった。最初にカイムの浄化槽を済ませ、苦労して試着を行い、問題なく呼吸できることを確認した。パイプだけでは心許ない宇宙服との結合は、ロープを使って背負えるようにすることで解決した。ここでは強度的に問題があるが、地上を離れれば大丈夫だろう。


「こっち、終わったよ」

 カイムが、アリューの浄化槽の改造をしている間に、アリューは改造した浄化槽が再び座席の下に収まるように、自動車の方を弄っていた。余計なパイプの飛び出た浄化槽は、やはりそのまま収容はできなかったのだ。

「問題なかったか?」

「多分大丈夫。椅子の位置を少し後ろに下げたから倒せる角度がちょっと減ったけど、寝るのにも問題ないよ。あと、足元にパイプが転がるけど、この後は運転もほとんどないし」

「そうか。よし、こっちも丁度終わったから、アリューも着てみろ」

「宇宙服? 解った」


 エレベーターの籠には数種類のサイズの宇宙服があった。アリューのために持ってきたのはその中でも一番小さいサイズだったが、それでもアリューには大きかった。1人では着られないそれをカイムに手助けしてもらいながら身に着ける。

 宇宙服に入ったアリューを地面に座らせて──浄化槽を背負わせると重い上にバランスが悪く、立っていられないことは自分で確認済みだった──カイムはその背に浄化槽を取り付けた。パイプを接続してからヘルメットを密閉する。

「苦しくないか?」と口にしてから聞こえないことに気付いた。

 ヘルメットに接触して話しても良いが、聞き取りにくいだろう。カイムはホロパッドを手にして文字でアリューに状態を聞いた。宇宙服を着た手ではホロパッドの操作は無理なので、答えはヘルメットに耳を当てて聞く。

『大丈夫、息できてるよ』


《少しそのまま様子を見てろ。俺は車を見てくる。おかしくなったらこれをタップしろ》


 ホロパッドのタッチパネル全体にボタンを表示し、タップしたら呼び出し音が鳴るようにしてアリューに見せた。ヘルメットの中のアリューが頷くのを確認して、カイムは自動車の座席を調べる。

 アリューの工作は確かなようだった。カイムの座席には浄化槽が収まり、以前は無かったパイプが隅を這っている。ペダルを踏む時に少し邪魔になりそうだが、この後は塔の昇り口に移動するくらいしか使わないから問題なさそうだ。アリューの言った通り。


 アリューのところに戻り、彼女と宇宙服に異常がないことを確認してヘルメットを取る。

「ぷは、やっぱり外の空気がいいね」

「そうだな。なんだか、息苦しいわけじゃないけど、外と違うよな」

「浄化槽の空気もたいして変わらない筈だよね?」

「うん。空気より、閉鎖空間だからそう思うんだろうな」

「あ、そうだね。外も閉鎖空間って言えばそうだけど、広いし、1人っきりじゃないもんね」


 アリューは上を見上げた。暗闇の中、真っ直ぐに伸びる塔はすぐに見えなくなっている。その上には、真の暗闇。

 街だったら、北の空に星が見えていたが、ここ、常夜の領域ではその僅かな光も無い。ここでは全天が天井に覆われている。

「ま、いいや。カイム、これ脱がして。これで昇れるね」

「ああ。でもその前に、車の中でこれを着る練習をしておいた方がいいな」

「あー、そうだねー。車の中は狭いもんね。街で使ってる普通の車よりは広いけど」

「上に行ってから慌てることになったら拙いからな」

「うん。じゃ、脱いだら着る練習だね」


 カイムはアリューの背から浄化槽を外し、宇宙服を脱がせにかかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ