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第二十三話「ガルムと試練」

第二十三話「ガルムと試練」


 カルステンさんのガルムが売りものになると判断した理由は、幾つかある。


 まず、魚のにおいが酷かったのはガルムそのものじゃなくて、製造現場の漁師小屋だったとすぐに分かったことだ。


 貸家に帰ってガルムの栓を開けると、あの酷いにおいはなく、キューレも走って逃げたりしなかった。


 そして、肝心の味。


 ほんの少し、スープに垂らしただけなのに、味がいい方に変わった。


 このガルムは、試練を乗り越える決め手になる! 


 ……とまでは言い切れないけれど、ぽつぽつ売れるお品の仲間入りぐらいはしそうな気がした。




 ▽▽▽




 それは昨日の夕方、漁師小屋から帰ってきた時のこと。


「お嬢、三本も買って良かったの?」

「た、たぶん……」


 ハルくんは心配そうだったけど、どんな商品でも、試してみないと本当のことはわからない。

 それにさっきだって、味は悪くないような気がした。


 竃の熾きを掘り起こして薪をくべ、鍋を温める間にガルムをもう一度、味見してみる。


 今度は手元に水も用意して、小皿に少しとった。


「……あれ?」

「どうかしたの?」

「う、うん。……ハルくんも、もう一回、味見して貰えるかな?」

「それはいいけど……」


 ハルくんにも小皿を手渡し、わたしももう一度、舐めてみる。


「さっきと違って、においが気にならないと思わない?」

「……あ!」


 漁師小屋で味見をした時、キューレが逃げ出すほど強烈だった魚のにおいが、とても薄くなっていた。


 もしかすると、あれは魚を漬ける時のにおいだったのかな?


「お嬢、これを使った料理って、作れそう?」

「んー……ちょっと試してみるね」


 わたしは温めたスープをお玉に半量すくい、スープ皿にとった。


 ほんの少しだけガルムを垂らして、かき混ぜる。


「……」


 元から味付けはしてあるけど、海老と豆のスープだからか、ガルムの風味はあんまり邪魔にならなかった。


 もう二、三滴加え、一口。


 うん、悪くない、かな?

 そのままのスープよりは、コクがある。


 今のは出来上がりに混ぜただけだから、もしも調味料として使うなら、量だけでなく入れる順や火を通す具合まで、きちんと考えないといけなかった。


 けれど、ほんとに、『これなら悪くない』。


 ……『ものすごく美味しい!』にならないのは、たぶん、わたしの料理の腕前のせいだ。

 でも、見たことも聞いたこともない調味料をいきなり渡されて上手に使えって言われたら、一流の料理人だって困ると思う。


「どうかな、ハルくん?」

「うん。……これ、ほんとに売れる気がする」


 ハルくんも、これなら大丈夫だと頷いてくれた。


「でも、料理にかけるだけじゃ、売れるための『何か』が足りない気もするのよ……」

「詳しい人に聞いてみるとか?」

「でも、誰かいたかなあ? 海沿いの出身だと、それこそ一番最初に思い浮かぶのはカルステンさんだし」


 他にも数人いたような気もするけれど、料理に興味のなさそうな男性冒険者ばかりだった。


「そうじゃなくて。ほら、大奥様はアルールのご出身だよね?」

「あ!」


 身近すぎて、忘れてた。


 確かにアルール王国は海に面しているし、お婆様は干物などの海の幸を使った料理もお得意である。レーヴェンガルト領は内陸の山手にあるから干物や塩漬けがせいぜいだけど、まったく海産物が入ってこないわけじゃない。


 でも、試練の最中に連絡を取るのは、あんまり良くないなあという気もした。


 わざわざ実家を出されているのに、ほんの数日で頼るのも、なんだか恥ずかしい。


 但し、わたしがガルムを独占していいのか、決めかねている部分もある。


「……ねえ、ハルくん。もしかして、ガルムも試練の一つってことなのかな?」

「お嬢?」

「このガルムが本当にいいもの、つまりは領地の特産品として成り立つほどのものだった場合、如何に試練中でも、黙っていたわたしの責任は重くなりそうな気がするんだけど、どう思う?」

「ああ、なるほどね……」


 ハルくんはわたしの言いたいことを分かってくれたようで、頭を掻いてから、ため息をついた。


 ガルムはもちろん商品で、カルステンさんにお金を払えば売って貰えるのは、間違いない。


 今なら、独占も出来るだろう。……もしも売れなかった場合、全部わたしの責任になるけど、それは他の商品も変わらなかった。


 但しわたしには、試練に課された『他の商人の領分を荒らすような商売は認められない』という約束がある。


 ひと月後、行商を終えた時に残る評判は、金貨を倍に増やすという条件以上に、わたしのその後に影響してしまうのだ。


 それに、出来上がりまで数ヶ月も掛かるような商品を、商機に目敏いお婆様がまったく知らずに放置してたなんてことがあるのかな、っていう疑問も残る。


 選択肢は、伝えるか伝えないかの二つしかない。


 けれど、伝えるなら伝え方もよく考えないと……ああもう、流石は試練(・・)だよ!


「やっぱり、お伺いを立てた方がいいよねえ……」


 この試練での商いの結果は、巡り巡って『地竜の瞳』商会に戻ってくるものだし。


 試練中の利益を諦める代わりに、その後に店主としての評判が守られるなら、名分も立つ。


 ただ、面倒くさいことに、わたしは領主屋敷への立ち入り禁止を言い渡されている。


 そのお陰で、シャルパンティエに行くにもかかわらず、お婆様に手紙を書いてその返事を待つという二度手間を掛けないといけなかった。


「ねえ、お嬢。そのガルム、僕が一本買い取ってもいいかな?」

「それはいいけど……。ハルくんも料理するの?」

「僕じゃなくて、実家に。父上が喜びそうだなって」

「あ、そっちね」

「幾ら払えばいいかな?」

「そうねえ……」


 売値の決め方は、とても大事だ。


 お値段は決めていなかったけど、保存の利く食品は、仕入れ値に対して基本は倍から三倍ぐらいで売ることが多い。


 仕入れ値は当然として、領地に納める税金や働き手の給金、お店の家賃はもちろん、物によっては品物をお店まで運んできた運賃も計算して含めないと、赤字になる。


「じゃあ倍掛けから割引して五グロッシェンでいいかな? 仕入れ値を知っているハルくんには申し訳ないけれど」

「随分安いけど、いいの?」

「ハルくんは今、うちの見習いさんだもの」


 さっきの仕入れから半刻も経っていないけど、自分で注文を入れた品を『地龍の瞳』商会から買い物をする時も、わたしはこの原則を守っていた。


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