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その後のシャルパンティエの雑貨屋さん ~ヘンリエッテと『領地の精霊』~  作者: 大橋和代


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第二十二話「カルステンさんのガルム」

第二十二話「カルステンさんのガルム」


 夕方、荷物の仕訳を終えて、先に夕食の準備だけしていると、グーニラ姐さんが迎えに来てくれた。


「へえ、今夜は鱒のバター焼きに、海老と豆のスープかあ」

「ちょ、姐さん!?」

「思ったよりも頑張ってるねえ。包丁恐くて泣いてた子が、大きくなったもんだ」


 いやあ、安心した、なんて言われながら、スープを味見されてしまう。


「へえ、いいお味じゃないの。これって、昼に売ってた香辛料?」

「小分けする時、中途半端に余っちゃった分だから、今日の内に使い切ろうかなって。……ハルくーん! グーニラ姐さんが来てくれたから、出かけるよー!」

「すぐ行く!」


 ふぃあ!


 ハルくんは裏庭で、剣の稽古をしていた。

 竃の上の板窓は開けておいたから、ちょっと大きな声を出せば届く。


 ネズミ狩りのお仕事が長引いてるのかと思ってたら、キューレもそっちにいたのね。


「お待たせ、お嬢! こんにちは、グーニラさん」

「はい、こんにちは。先日はご苦労様、うちも助かったわ」


 グーニラ姐さんのお店『地竜の涙』商会は、ギルドの窓口を兼ねている。ルラックはギルド支部を出すほどの都会じゃないけれど、配達などの取りまとめ役も必要だ。


 少し前、ハルくんは討伐依頼でこの村に長逗留していた。


 聞いたところによると、雨で討伐がお休みの日は冒険者達も暇なので、倉庫の片づけや漁具の掃除に呼ばれていたそうだ。

 村の人も助かるし、軽作業のような小さな依頼もこなせば記録に残る。それは僅かながら、昇級試験の評価に繋がった。


「じゃあ、行こうかねえ」

「はーい。ハルくんも鍵持ってる?」

「うん、持った」


 竃の炭に灰を掛け、鍋は外しておく。

 火事になったら困るもんね。


 キューレを肩に乗せて外に出れば、夕暮れにはまだ少し早くて、西の空が僅かに赤く染まってた。


「でも、カルステンさん、何の御用でしょうね?」

「さあねえ。あたしも漁師小屋は、頼まれ物がある時ぐらいしか行かないし……」


 漁師小屋は、東の湖に面した浜にある。

 広場を抜けて漁師さんの家が並ぶあたりを通り過ぎ、船が繋がれている小さな漁港のまだ向こうだ。


「カルステンさん、いらっしゃいますか? ヘンリエッテです」


 口には出さないけど、結構、お魚のにおいがきつい。


 ……ふゅあああぁ!


 キューレは我慢できず、わたしの肩から降り、走って逃げた。わたしよりもずっと鼻が敏感だからね、ちょっと申し訳ない。


「おう、入ってくれ!」

「お邪魔しまーす」

「おやっさん、こんにちはー、っと」


 カルステンさんは漁師のまとめ役で、北海の漁村の出身だ。

 例に漏れずこの人も元冒険者で、故郷まで帰るのが面倒臭くなってここに住んでるんだ、なんていう笑い話を聞いたことがある。


 うちの領地は初代領主のお爺様からして元冒険者で、その縁があるのかどうか、引退後にそのまま居着く人が多かった。


「早速だが、これを見てくれ。前々から試しては失敗してたんだが、ついに納得できるやつが出来たんだ」


 封をされた大きな口の(かめ)が沢山並んだその奥の棚から、大事そうにワイン瓶が取り出される。

 瓶が緑がかっているので、中の色までは分からないけれど、半透明だった。


「えーっと、カルステンさん、それは……?」

「魚を塩に漬け込んで、溶けるまで寝かせた魚醤(ぎょしょう)だ。故郷じゃガルムとかリクアって呼ばれてたが、こっちじゃ殆ど知られてないだろうな。……東方辺境じゃ、料理屋どころか露店でも見たことねえ」


 魚が、溶ける……?

 思わず姐さんと顔を見合わせたけど、姐さんもよく分かってないみたいだ。


 でも、ハルくんはかなり驚いてた。


「え、ガルムですか!?」

「おお、ハルは知ってるのか!? 嬉しいねえ!」

「美味だが料理人を選ぶとか、なかなか手に入らないから人の口にも上らないとか、僕も二、三度しか味わったことがありませんよ」

「へえ、そんな噂があんのか! 地元じゃただのお袋の味なんだがな……」

「内陸の領地でガルムが作られてるなんて、想像もしませんでした」


 ハルくんが知ってるぐらいなら、そんなに怪しいものでもないのかな?

 その口振りからは高級品のような感じもしてきて、ちょっと興味が湧いた。……自分でも、現金だなあと思う。


 とりあえず、カルステンさんのお勧めに従って、ガルムを手の甲に垂らして貰い、おっかなびっくり味見してみた。


 ……。


 まず、塩味がきつい。

 調味料はそのまま飲んだり舐めたりするものじゃないから、これはまあ、使い方次第だ。

 塩の代わりに使えばいいのかな?


 それから魚の味は、するような、しないような……少なくとも、わたしの知ってるお魚の味はしなかった。もっと別の、干物の煮汁に近い感じがする。


「うーん……」


 でも最大の問題は、このにおいだった。


 魚のにおいが、悪い方向にきつすぎる。


 もうちょっと穏やかなら、魚料理の味付けにいい感じなんだけど……。


「でだ、これを売り出そうと思うんだが、商いやってるそこな二人に、ちぃっと意見を聞いてみたくてな」

「おやっさん、あたしはちょっと……。漁師小屋で売ってるって紹介するなら引き受けるけどさ、他の売り物にこの臭いが染みついたら、流石に困るよ」

「むう……」


 姐さんは、すぐに降参した。

 お店持ちとして、においのきつい商品が困るのはわたしも一緒だ。


「なあ、お嬢はどうだ?」

「そうですねえ……」


 わたしは……とりあえず、もうひと舐めして考えてみよう。


 そのままお断りするのも、なんか惜しい気がしてしまったんだよね。


 舌先で転がしていると、味は確かに悪くないって……。


 ワイン酢と一緒で、そのまま飲むのは遠慮したいけど……あ、そこも同じなのかな。

 調味料なら味付けに使うか、料理にほんの少し垂らすだけなので、濃くてもそれが普通だ。


 つまり、料理の腕次第。

 最初にハルくんが言った『美味だが料理人を選ぶ』って、そういうことなのかもね。


「お嬢、何とか上手い方法考えつかねえか? 母ちゃんにも料理に使ってくれるよう頼んでるんだが、うちのは山育ちでなあ、どうも上手く行かねえ」

「うーん……。そうだ、売り物にするとして、卸値ってどのぐらいになります?」 

「お嬢、買ってくれるのか!?」

「と、とりあえず、一本は、お試しで買っても――」

「よっしゃあああああ!!」


 結局わたしはカルステンさんの勢いに飲まれ、ガルムの入ったワイン瓶を三本買うことになった。


「え、一本三グロッシェン!?」

「まあ、塩代が結構高くつくんでな。そのあたりの値段で取引してくれると、俺も助かるんだが……」


 思ったよりも値段が安かったんで、そっちに驚いたんだけど……まあいいか。


 仕込んでから出来上がるまでに一年近く掛かるって聞かされたから、もっと高いかと思ったよ。




 そして、次の日。


「ハルくん、仕入れよろしくね!」

「手紙も預かったし、大丈夫。任せて!」


 ザムエルさんの馬車で仕入れに向かうハルくんを見送ったその足で、わたしは漁港に走ってカルステンさんをつかまえた。


 昼過ぎに出るシャルパンティエ行きの馬車には間があるけれど、やらなきゃいけないことが増えている。


「カルステンさーん!」

「おう、お嬢! 昨日はありがとな! 試してみてくれたか?」

「あのガルム、わたしが全部買い取りたいです!」

「お、おう!?」


 ガルムは十分、売り物になる。……なるはずだ。


 わたしは、勝負に出ることにした。


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